トランプ政権が発足して2ヶ月が経過する中、その保護主義やトランプ関税に対して既に諸外国の間では混乱や動揺が走っている。

今後もトランプ節が炸裂することは間違いないが、今後の日本経済にとって大きな懸念材料の1つは、トランプ政権下の半導体覇権競争の行方だろう。

同調圧力強化で日中経済に暗雲

トランプ政権は1期目の際、中国への技術輸出規制を強化し、ファーウェイなどの企業を標的にした実績がある。

その後、バイデン政権がこの路線を継承しつつも多国間協調を重視したのに対し、トランプ政権は再びアメリカ・ファーストの観点から、より強硬かつ一方的な政策を展開する可能性が高いだろう。

日本への同調圧力強化が予想
日本への同調圧力強化が予想
この記事の画像(8枚)

この文脈で、日本への同調圧力がバイデン政権以上に厳しくなり、日中経済関係がさらに難しいものになることが考えられよう。

実際、2月下旬に米ブルームバーグ通信などの報道によれば、トランプ政権は日本とオランダの当局者と会談を行い、半導体製造装置に関する対中規制の強化を求めたとされ、具体的には、東京エレクトロンやASMLホールディングといった企業が中国で実施する半導体製造装置の保守・点検業務を制限する案が協議されたという。

半導体は米中覇権争いの“核心”

トランプ政権が掲げる対中政策の核心は、中国の技術的台頭を抑え、米国の産業覇権を維持することにある。

特に半導体は、人工知能(AI)、5G、次世代軍事技術の基盤であり、米中覇権争いの核心となる。
トランプ政権1期目では、商務省の輸出管理規則(EAR)を活用し、米国の技術や装置を使用する外国企業に対しても規制を適用する域外適用を拡大した。

2020年にはファーウェイに向け規制
2020年にはファーウェイに向け規制

例えば、2020年のファーウェイ向け規制では、米国のソフトウエアや技術を用いた半導体の供給が事実上遮断された。
バイデン政権はこれを踏襲しつつ、2022年のCHIPS法による国内半導体産業支援や、オランダ(ASML)・日本(東京エレクトロンなど)との同盟国間協調を進めた。

しかし、今回のトランプ政権でも、多国間調整よりも米国主導の強硬策が優先され、同盟国にいっそう足並みを揃えるよう求めるだろう。特に、中国への半導体製造装置や先端チップの輸出制限を強化する方針が考えられ、その場合、日本企業への影響は避けられないだろう。

日本は製造装置などで世界的強みも

日本は半導体産業において、製造装置や材料で世界的な強みを持つ。
東京エレクトロン、SCREENホールディングス、信越化学工業などは、半導体製造プロセスの上流で不可欠な役割を担う。

日本の半導体産業は中国市場への依存度が高い(イメージ)
日本の半導体産業は中国市場への依存度が高い(イメージ)

しかし、これらの企業は中国市場への依存度も高く、2023年時点で中国向け輸出が売上高の30~40%を占める企業も少なくない。
米国が対中規制を強化すれば、日本企業は米国技術を含む製品の輸出を制限せざるを得ず、中国との取引が縮小する。

“脅し”用いた二国間交渉好むトランプ政権

トランプ政権下での同調圧力は、バイデン政権時よりも直接的かつ強硬になる可能性がある。

バイデン政権は日米豪印(QUAD)やIPEC(インド太平洋経済枠組み)を通じて協調的な枠組みを構築したが、トランプ氏は二国間交渉を好み、経済的、貿易的報復などをちらつかせて同盟国を従わせる姿勢に徹する。

トランプ政権1期目では日本に貿易赤字是正の圧力
トランプ政権1期目では日本に貿易赤字是正の圧力

例えば、トランプ政権1期目では、日本に対し貿易赤字是正を求める圧力がかけられ、自動車関税引き上げが脅しとして用いられた。
半導体分野でも同様の手法が予想され、日本が米国の方針に全面協力しない場合、経済、貿易上の規制が科されるリスクも排除できないだろう。

日本の対中輸出は減少傾向…

日中経済は既に米中対立の余波を受けている。
2023年の日本の対中輸出は前年比で減少傾向にあり、半導体関連装置の輸出規制が一因と見られる。

トランプ政権が規制をさらに強化すれば、この傾向は加速するかも知れない。
中国は半導体自給率向上を目指し「中国製造2025」を推進しているが、先端技術へのアクセスが制限されれば、日本からの装置や材料に依存する状況がしばらく続く。

半導体自給率向上を目指す中国
半導体自給率向上を目指す中国

しかし、長期的に中国が国産化を進めれば、日本企業の市場シェアは縮小し、日中経済の相互依存関係は弱まるだろう。

一方で、日本企業は米国市場への依存を強める可能性がある。
CHIPS法による米国内生産拡大に伴い、TSMCやサムスンの米国工場向けに装置や材料を供給する需要は増えるが、米国からの監視も厳しくなる。

米国の「外国直接製品規則(FDPR)」により、日本企業が中国向けに製造した製品が米技術を含む場合、輸出許可が必要となり、企業はコンプライアンスコストの増大に直面する。

新興市場へ進出強化などリスク分散が急務

日本にとって、米中の板挟みは避けられないジレンマである。
米国との同盟関係を維持しつつ、中国との経済的結びつきを完全に断ち切ることは現実的ではない。

政府や企業としては、半導体産業の国際競争力を維持するため、Rapidusプロジェクトなど国産技術の開発を進め、政府の補助金を活用し、民間投資を促進する必要があろう。

半導体産業の中国依存を減らす必要性が
半導体産業の中国依存を減らす必要性が

また、リスク分散の観点から中国依存を減らし、東南アジアやインドなど新興市場への進出を強化するという地政学リスクの分散が急務である。

また、トランプ政権の圧力に対し、日本の戦略的価値を強調し、過度な規制負担を回避する外交努力も必要だろう。

トランプ政権下での半導体覇権競争は日本の試練に
トランプ政権下での半導体覇権競争は日本の試練に

いずれにせよ、トランプ政権下での半導体覇権競争は、日本にとって厳しい試練となろう。
バイデン政権以上に強まる同調圧力は、日中経済のさらなる複雑化を招き、日本企業に戦略転換を迫るだろう。
短期的には中国市場の縮小とコンプライアンス負担が課題となり、長期的には米中双方との関係再構築が求められる。

日本は技術力と外交力を駆使し、この危機を乗り越える必要がある。
半導体産業の未来は、米中対立の行方と日本の選択に大きく左右されるだろう。

【執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹】

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415