2025年9月3日、中国・北京の天安門広場で、「抗日戦争勝利80周年」を記念する大規模な軍事パレードが開催された。

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この式典には、中国の習近平国家主席、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領、そして北朝鮮の金正恩総書記が揃って出席し、世界の注目を集めた。特に、金正恩氏の参加は約6年半ぶりの訪中となり、国際社会に強いメッセージを発信する場となった。

この軍事パレードの背景には、中国が米国を牽制し、自身の地政学的影響力を強化する狙いがある。特に、トランプ政権の対北朝鮮政策と米中関係の緊張を背景に、習近平氏が金正恩氏を招待した理由と、中国が絶対に避けたいシナリオについて見ていきたい。

軍事パレードの象徴性と中朝関係の再確認

天安門広場に集まった数万人の観衆、無数の鳩と気球、そして最新鋭の兵器。この軍事パレードは単なる記念行事以上の意味を持っていた。
中国共産党は、第二次世界大戦における日本の降伏から80年を祝う名目で、習近平国家主席を中心にロシアや北朝鮮の首脳を招き、米国主導の国際秩序に対抗する姿勢を鮮明にした。

中国の新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)DF-61の自走発射装置
中国の新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)DF-61の自走発射装置

パレードでは、極超音速兵器や大陸間弾道ミサイル(ICBM)、対艦ミサイル、戦闘用無人機など、中国人民解放軍の最新兵器が披露され、軍事力の強化を誇示した。習氏は演説で「人類は再び平和か戦争かの選択に直面している」と述べ、「世界一流の軍隊建設」を加速する決意を表明した。

金正恩氏の参加は、この式典のハイライトの一つだった。中国と北朝鮮は歴史的に「血盟」と呼ばれる緊密な関係を築いてきたが、近年は関係が低迷していた。2023年4月に中国共産党序列3位の趙楽際氏が平壌を訪問して以降、両国間の高官往来が途絶えていた背景もあり、金氏の訪中は中朝関係の再活性化を象徴する出来事となった。

軍事パレードでの「三雄揃い踏み」
軍事パレードでの「三雄揃い踏み」

中国国営中央テレビは、習氏を中心にプーチン氏と金氏が親しげに会話する様子を中継し、3カ国の結束を強調する演出を施した。この「三雄揃い踏み」は、米国に対する明確なメッセージだった。

トランプ政権と米朝関係の動向

金正恩氏の訪中を理解する上で、トランプ政権の存在は無視できない。トランプ氏は2017年から2021年の第1期政権時代に、金正恩氏と3度の首脳会談を行い、北朝鮮に対して友好的な姿勢を示した。

シンガポールで行われた米朝首脳会談 2018年6月
シンガポールで行われた米朝首脳会談 2018年6月

特に、2018年のシンガポールでの初の米朝首脳会談は、歴史的な出来事として注目された。しかし、2025年1月にトランプ政権が二期目に突入して以降、対北朝鮮政策は明確な動きを見せていない。それでも、トランプ氏は最近の米韓会談で、金正恩氏との再会に意欲を示している。

トランプ氏の対北政策は、予測不可能な側面を持つ。過去の会談では、北朝鮮の非核化を求める一方で、経済支援や制裁緩和をちらつかせ、劇的な外交を展開してきた。
もし米朝関係が再び接近し、米国が北朝鮮に対する影響力を強めるような事態になれば、中国にとって重大な脅威となる。中国は、北朝鮮を米中覇権争いにおける「緩衝地帯」として位置づけており、米国の影響力が北朝鮮を通じて中国国境付近に及ぶことを絶対に避けたいと考えている。

北朝鮮をめぐる地政学的戦略

北朝鮮は、中国にとって地政学的に極めて重要な存在だ。中国と北朝鮮は約1400キロメートルの国境を共有し、北朝鮮は中国東北部と米国を中心とする西側勢力との間に位置する戦略的要衝である。

 双方が板門店の軍事境界線を越え互いの手を握った 2019年6月
 双方が板門店の軍事境界線を越え互いの手を握った 2019年6月

現状では非現実論に過ぎないが、もし北朝鮮が米国寄りの姿勢を強め、米朝関係が劇的に改善した場合、米国やその同盟国(特に韓国)の影響力が中国の国境近くまで及ぶ可能性がある。これは、中国にとって安全保障上絶対に避けたいシナリオだ。

さらに、韓国では2025年6月に李在明政権が発足し、米韓関係のさらなる強化が進められている。李在明大統領は、従来の保守派政権とは異なり、独自の外交路線を模索する可能性があるが、米国との同盟関係は依然として強固だ。

李在明大統領
李在明大統領

こうした状況下で、中国は北朝鮮との関係を強化することで、米韓同盟に対するカウンターバランスを構築しようとしている。金正恩氏を軍事パレードに招待し、中朝の友好関係を誇示することは、米国に対する牽制と同時に、地域の勢力均衡を維持するための戦略的な一手だったと言えよう。

中国が避けたいシナリオ:米国の北朝鮮接近と地域の不安定化

中国が最も恐れるシナリオは、米朝関係の急激な改善による北朝鮮の「離反」だ。
仮にトランプ政権が北朝鮮との交渉を再開し、経済支援や制裁緩和を通じて北朝鮮を米国側に引き込むことに成功した場合、中国の地政学的影響力は大きく損なわれる。北朝鮮が中国の「後ろ盾」なしで米国と直接対話する状況は、中国の地域支配力を弱体化させ、台湾問題や南シナ海問題での中国の立場にも影響を及ぼす可能性がある。

また、北朝鮮の核開発やミサイル開発は、米中関係だけでなく日韓を含む地域全体の安全保障に影響を与える。
金正恩氏は近年、ロシアとの軍事協力を深めており、ウクライナ侵攻を続けるロシアに兵士や兵器を提供しているとされる。この動きは、中国にとって二重の意味を持つ。

ウクライナで捕虜になった北朝鮮兵士
ウクライナで捕虜になった北朝鮮兵士

一方で、ロシアと北朝鮮の接近は、中国が主導する「反米軸」を強化する材料となる。だが、他方で、北朝鮮がロシアに過度に依存することで、中国の影響力が相対的に低下するリスクもある。習近平氏は、金正恩氏を北京に招くことで、北朝鮮を中国の影響圏内に引き戻し、ロシアとの関係を牽制する意図もあったと考えられる。

国内向けのメッセージと国際社会へのアピール

軍事パレードは、対外的なメッセージだけでなく、国内向けの政治的ショーとしての役割も果たした。

中国経済は現在、景気低迷や失業率の上昇に直面しており、習近平政権は国内の支持を固める必要がある。抗日戦争の勝利を強調し、愛国心を高揚させることで、国民の団結を図る狙いがあった。
また、プーチン氏や金正恩氏といった国際的な指導者を招くことで、習近平氏が世界の舞台で主導的な役割を果たしていることを国内にアピールした。

国際社会に対しては、米国主導の国際秩序に代わる「中国中心の秩序」を構築する意図が明確に示された。パレードには、中央アジアや東南アジアの首脳ら26カ国が参加したが、米国や欧州の主要国は出席を見送った。この対比は、中国がロシアや北朝鮮と結びつき、独自の勢力圏を形成する姿勢を象徴している。

今後の米中関係と北朝鮮の役割

今回の軍事パレードは、米中関係の緊張が続く中で、中国が北朝鮮を戦略的に利用する狙いが読み取れる。中国は、北朝鮮を「緩衝地帯」として維持しつつ、米国との対立において有利な立場を確保しようとしている。

トランプ政権が今後、どのような対北政策を展開するかは不透明だが、米朝対話が再開された場合、中国は中朝関係の強化を通じてその影響力を維持しようとするだろう。

同時に、北朝鮮の核開発やロシアとの連携は、地域の不安定化を招くリスクを孕んでいる。中国としては、北朝鮮が暴走せず、一定のコントロール下に置かれることを望んでいる。金正恩氏の訪中は、そのための重要な一歩だったといえる。習近平氏は、金氏との会談を通じて、北朝鮮の行動をある程度牽制しつつ、米国に対する共同戦線を形成する意図を持っていたと考えられる。

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415