食の雑誌「dancyu」の元編集長・植野広生さんが求め続ける、ずっと食べ続けたい“日本一ふつうで美味しい”レシピ。
植野さんが紹介するのは「ハヤシライス」。
埼玉県・川口市にある「洋食フジイ」を訪れ、ちょっとリッチで、どこか懐かしい洋食店の人気メニューを紹介。忙しい時には常連客がこぞって手伝う、愛される店づくりにも迫る。
宿場町や鋳物産業の名残、川口市
洋食「フジイ」があるのは、埼玉県・川口駅。東京駅まで約25分、電車で1本と好アクセス。駅前には商業ビルが立ち並び、通学、通勤のしやすい人気のベットタウン。
「駅の方には繁華街がありますが、この辺は普通の住宅街」と、駅から少し離れた住宅街を歩く植野さん。

「川口って『キューポラのある街』ですよ。吉永小百合さんの出世作。鋳物工場がたくさんあったり、その名残が…」と話し、店に向かう。
「洋食フジイ」がある本町1丁目付近は、江戸時代に宿場町として栄え、近代には鋳物産業の中心地として賑わった街。今も、その名残といえる古い建造物が点在し、当時の面影を残している。
料理人歴50年の味に長年通う常連客
川口駅から徒歩14分の場所にある「洋食フジイ」。1950年に開店し、今年で75年。昭和レトロな風情が漂う店内には、懐かしさと温かな雰囲気が広がる。
75歳の店主・藤井幸雄さんは、料理人歴50年の大ベテランだ。

常連客も「12年くらいお邪魔しています。胃袋つかまれちゃった」「どれも美味しいけど、しょうが焼き」「オムライスが美味しい」と絶賛する。

ほかにも、卵がトロトロで、デミグラスソースで食べる「特製オムライス」や熱々のマカロニグラタンなど、リーズナブルで食べ応えのある洋食を求め、地元の常連だけでなく遠方からも多くの人が訪れる。
開店時は出前が絶えない繁盛店
「洋食フジイ」を作ったのは、店主・藤井幸雄さんの父、福太郎さん。川口駅前の食堂で修業し、戦後まもない1950年、現在の地で「洋食フジイ」を開店する。
藤井さんは「相当もうかったみたい、こんなに小さい店で(従業員を)4人も5人も雇っていた」と語る。

この場所は当時、銀行や多くの商店が並ぶ目抜き通りで、近くに鋳物工場も多く、工場への出前が絶えないほどの繁盛ぶりだった。
そんな歴史を持つ「洋食フジイ」を引き継いだ2代目店主・幸雄さん。結婚を機に、妻と二人三脚で店を切り盛りするようになった。
配膳も手伝う、常連客でサポート
洋食フジイの1日は、午前8時からはじまる。
妻・美智子さんが7年前に他界してしまったことで、現在は幸雄さんと、ランチの時間にパートの従業員が一人いる。
11時30分開店すると、お客さんが次々と入店し、いっせいに注文が入る。そして料理ができあがると、お客さんが立ち上がり、手伝い始めた。
自分のテーブルだけでなく、他のお客さんへの配膳も行う。
手伝っていた地元の常連客は「オーナーシェフも若くないから、長くやってもらうために手伝ってみんなで盛り上げていこうって」と温かいエールを送った。

時代の変化とともに、川口駅周辺が発展し、駅から少し離れた本町エリアは次第に寂しくなっていきた。鋳物工場も減り、かつては40軒ほどの商店が立ち並んでいた本町エリアで、現在飲食店はこの店だけに。
そこで、子供の頃から「フジイの味」で育ったお客さんは、店のインスタグラムを開設。「藤井さんのおいしいご飯を知ってもらおうと思って始めました」と語る。
SNSで料理を発信したことで、それまで地元客が中心だった店に、県外からも訪れる人が増えていった。植野さんが「本当に地元の人に支えられているんですね」と話すと、藤井さんは「感謝しないといけないだけど、心配してるんじゃないの?ウチが潰れるの」と笑って答える。
みんなで支え合う「洋食フジイ」は、長い年月に渡って地域の人たちに愛され続けている。

こちらが本日のお目当て、洋食フジイの「ハヤシライス」。
一口食べた植野さんは「深い味わい 軽く香ばしい ビシッとシャキッとしたハヤシライス」と称賛。
洋食フジイ「ハヤシライス」のレシピを紹介する。