Xは瞬きが激しくなり、今まで見せたことのない動揺を見せた。
平岩が迎えにきたという話を何度もしてきたからだ。井上もその車にいたとも話してきた。
さすがに言い訳はすぐに見つからず、動揺を隠しきれずにいた。
「なぜ一貫性のない話ばかりをするんだ?君は仮にも警視庁警察官だろう?きちんと責任を持って正直に正確なことを言えないのか?」
石室は追い込んだ。窮地に立たされるとXは何かを思い出そうとするように目を細める仕草と、黙り込むという態度をほぼ交互にやった。

石室も栢木も、石室の補助役だった山路巡査部長も、こういう態度をとる人間は極左暴力集団の被疑者では見たことがなかった。
思想犯であれば黙秘を貫く。時に正確なことを言ってみたり、ちょっと調べればめくれてしまう嘘をつく人間は全く新しいタイプの容疑者だった。
まるで何かに迷っているかのように。どこまで話すべきなのか、ここまでか、いやそこまでだと、自分の考えが行ったり来たりしている様子にもとれる。
なおも石室は追及の手を緩めなかった。
Xの葛藤
「Xくん、人生にとって一番大事なことは、自分でやってしまった失敗の責任を自分で取ることだよ。やってしまった醜いことから目を背けたくなる気持ちは分かる。
でも、隠していたって、全て結局自分に返ってくる。
責任を取っていないがために、後ろ暗いと感じる自分の心が、自分の将来をも晴れないものにしてしまうからだ。
自分のやった失敗を、自分の口で全てを包み隠さず説明し、どうしてそんなことが起きてしまったのか一緒に考えよう。それが責任を取るということなんだ。
一度失敗したとしても、そんなもの、責任さえ取れば何度だってやり直せるんだ」
石室は言葉の限りを尽くし、もはやXを励ました。
熱が入ったこの日の聴取は、すっかり日をまたいで5月4日の午前1時半をまわっていた。
すると、しばらく沈黙していたXが突然話し始めた。
「あの日の朝7時半過ぎに、井上さんからポケベルで呼び出されました。寮の近くにある電話ボックスまで行って井上さんに電話したら『これから長官を撃ちに行こう。手伝ってくれ』と言ってきたんです」

ボソリボソリと蚊の鳴く様な声だった。
その後、Xは思い詰めたようになり再び沈黙が続いた。
貧乏ゆすりが激しくなり何かに葛藤し苦しんでいるように見える。
石室には何かを言い出したいが、言い出せない、言葉をのみ込んでは吐き出したくなる、そんな苦しみに見えたという。
産みの苦しみではないか、そう思って追及を止める。
ずっと黙って待った。