マインドコントロール
翌4月25日、石室が、どうして話に一貫性がないのか尋ねると、Xは「当時のことを思い出そうとすればするほど、イニシエーションの光が出てきて光の方が強くて深く考えることができません。記憶はポコッと出てきますが繋がらないんです」と訴えた。

石室が「『当時、自分自身がオウムだった』と言っていたけど、それはどういう気持ちだったの?」と聴くと、Xは「私は事件の頃、パブロフの犬状態でした。鈴が鳴ると条件反射的によだれを流す犬の様に、尊師や井上に対する忠誠心が強かったんです」と、自分がオウムの犬であったかのような話を恥ずかしげもなく話す。

4月27日には、井上との接触状況について石室は聴いた。
「地下鉄サリン事件の特捜本部に派遣されてから、井上から捜査状況について報告を何度も求められている中で、会いたいとも言われていたよね?どうして実際に会わなかったの?」

「オウムの人たちに会って、警察官としての身分がバレて、オウムに迷惑がかかり、マスコミに流され、それが反オウムに利用されることが心配でした」
Xは教団そのものに心酔しきっており、強力なマインドコントロールがかけられた状態であることがはっきりしていった。
「記憶が繋がらないんです!」
供述を素直に受け取れば、Xは完全にオウム側の人間であり、それを包み隠そうともしていなかったのである。
しかし栢木が署にあった住所録から国松長官の住所を入手したのではないかと尋ねた時「仮にも私は本官ですよ!」と怒ったXの姿は何だったのか。
X供述の1つ1つははっきりしているが、それぞれが自然と辻褄をしっくり合わせていく、そういう力がXの供述になかった。
ちぐはぐで場当たり的な供述の羅列に見える。取調官3人はX供述のどこに整合性があるのか探り続ける。

石室が事件前日(3月29日)の行動について尋ねると「寮に帰って来た直後に井上からポケベルが鳴ったので外に出て、酒屋さんの前の公衆電話から電話しました。午後9時半ごろだったと思います。井上から『明日(事件当日の30日)会うことはできませんか?朝早い時間で良いですから一緒に出かけてもらいたいんです』と懇願されました。嫌だったので、私には尾行がついていますと言って断ったんです」と話した。
事件当日はオウムと行動を共にしていないと、この時点でははっきりと主張していたのである。
4月27日から29日にかけての取り調べは、話が事件当時に及ぶ。
朝は東大病院に行って簡単な診察を受け、事件については署の公安係に電話して結城巡査部長から聞いたという話に完全に変わった。

行動全体の流れや供述の詳細を尋ねると「よく分からない」「思い出せない」などと供述に一貫性がない。
石室が「作り話はダメだ」と注意するとXは「していません!記憶が繋がらないんです!」と顔を紅潮させ、興奮気味に否定する。
「何月何日の行動について時間的な流れを聞かれるとわからないんです。オウムは時間的観念がないので、私自身も時間的観念を持っていなかった。詳しく思いだそうとすると頭の中が白くなり光が出てきて思い出せないんです」などと声高に主張するようにもなってきた。
Xの部屋で見つかった双眼鏡
4月29日の午後4時すぎ、Xは「長官事件当時の行動を記したメモが寮にあるかもしれない」と言い出した。
さっそく石室らは一緒に寮を確認しに行く。