広島・福山市で人気の「お坊さんスナック」。仏教を身近に感じてもらおうと月に一度、僧侶がスナックを貸し切って開催している。ほろ酔い気分の夜10時、店内が急に静まり返った。全員が一斉に始めたこととは一体…
僧侶と気軽に話せる“坊主スナック”
午後8時、福山市の繁華街に五色幕を掲げたスナックが開店した。
この記事の画像(13枚)「ようこそ、お参りくださいました~」
カウンターでお酒を注ぐのはスナックのママさんではなく、お坊さん。“坊主スナック”とも呼ばれる「煩悩寺」は月に一度、福山市のスナックを貸し切って開催される。
店内は超満員。「お坊さんがいるってすごく興味わきません?」「敷居の高いイメージがあったけど普通にお坊さんと出会える」と客に人気のスナックだ。
発起人は僧侶の枝廣慶樹さん(39)。普段、仏教に接する機会がない人とご縁づくりをしようと、2022年にオープンした。
「私たちが街に出てつながりが持てないかと。そこで悩みを聞かせてもらったり、いろんな情報交換ができたらなと思って活動を始めました。正直、お寺に行くのはなかなかハードルが高い」
枝廣さんは福山市にある浄土真宗の「崇興寺」で 23歳から住職を務めている。檀家の自宅に直接出向いてお経を読む「月参り」の法要は大切な仕事の一つ。
寺の住職としての務めを守りながらも、仏教離れが進む現状に思うことがある。
「お坊さんの本分は布教伝道。仏様の教えを聞いていただく、教えを知っていただくっていうのが、僧侶としてすべきこと。宗教者でありますからそこは大切にすべきですが、ただ、それだけではないよねっていうのはすごく思います」
お坊さんだって「悩みしかない」
月に一度の開店日。カウンター越しに接客をするのは浄土真宗の僧侶だけではない。日蓮宗の僧侶に神社の禰宜。宗派の垣根を越えている。各々が無償で参加し、お酒は飲まず、客の声に耳を傾ける。仏教や寺の疑問に答えることが多いようだ。
客の中に、大阪から来た男女がいる。
「付き合って3年になるけど、私の親せきが亡くなったお正月に言われた一言目が『俺の旅行どうしてくれるんや』って」
彼氏は反論する様子もなく「未熟やったな…」とぼそり。
「今、その話をすると『俺が間違っとった』と反省してくれてありがたいけど」
カップルの話を聞いていた枝廣さんは、穏やかに語りかけた。
「3年間で魅力的な彼氏に育てたんですよ。私と一緒にいるとどんどん成長している。その成長を見守る中で好きなんですよ」
彼女はハッとしたように「ああ、私の自慢やね」と言ってうなずいた。
となりに居合わせた客同士で盛り上がることもある。カウンターに座っているのは、おしゃれでチャーミングなおばあちゃん。初対面の女性客と何やら話している。
「81歳になったからね」
「すごいね。私ら80まで生きられんけえ」
「90代のおじいさんからお誘いが来るの」
「まー、うらやましい」
「どういうお誘いが来ると思う?『施設へ一緒に行こうや』って。冗談じゃない、私にも選ぶ権利がある」
その場が笑いに包まれた。真面目な話から砕けた話まで、店のあちらこちらで会話が弾む。
一方、お坊さんにも悩みはあるようだ。小学生の子どもが2人いるという枝廣さん。
「いやもう、悩みしかないみたいな…。父親としての立ち居振る舞いは毎日悩みます。何が正しいのか?教育って難しいじゃないですか。でも、子どもが楽しそうにしている姿を見るとこれで良かったのかなと自分を納得させているような感じですね」
急に静かになった店で一体何が?
盛り上がりがピークに達した午後10時。にぎやかだった店内は一気に静まり返った。
「南無阿弥陀仏~」
読経である。お酒で顔を赤らめた客もみな、声を出してお経を唱えている。さらに僧侶による法話が始まった。
「煩悩は別名で“有漏”(うろ)といいます。できる人だと思われたい、すごい人だと思われたい、全部自分にとらわれている。その思いで苦しくないですか?それはウロウロしている状態。『有漏をなくしてしまおう。そうすれば苦しみはないですよ』というのが仏教です」
この日、深夜0時の閉店までに20人が来店。お酒を飲みながら心の憂さを晴らし、あすへの活力につなげていた。
「偏りのない真っ当な意見を聞けました」
「法話が良かったですね。ウロウロしないように」
81歳のおばあちゃんも「良かった~。楽しかった~」と笑顔で店を後にした。
次回のお坊さんスナックは12月22日に開催。クリスマスナイトということで“牧師さん”も接客に加わる予定だ。
(テレビ新広島)