アメリカの大統領選挙で共和党のトランプ氏が132年ぶりに大統領経験者として返り咲きを果たした。世界の首脳が相次いで祝意を示す中、ロシアのプーチン大統領も7日、トランプ氏の勝利に触れた。
この記事の画像(10枚)「アメリカ合衆国大統領に選出された彼(トランプ氏)に祝意を表したい」
ロシア南部のソチで開かれた国際会議でこう述べたプーチン大統領は、トランプ氏との対話に「応じる用意がある」とした。
そうした中、沈黙を保っているのが北朝鮮の金正恩総書記だ。かつてトランプ氏と相対した金総書記がトランプ氏の勝利をどのように受け止め、今後どのように動くのか、日韓の専門家の分析を交えながら読み解く。
トランプ氏「正恩とは良い関係」正恩氏は…
「私がホワイトハウスに戻れば、金正恩(総書記)とまたうまくやる」
「金正恩(総書記)とは非常に良い関係だ」
トランプ氏は大統領選挙の期間中、金総書記との良好な関係を繰り返し強調していた。金総書記を「ヒトラーのような独裁者」と批判した民主党のハリス氏とは対照的だった。
トランプ氏は歴代のアメリカ大統領の中で唯一、米朝首脳会談に応じた大統領だ。
2018年6月にシンガポールで初めて金総書記と向き合い、2019年2月にはベトナム・ハノイで2回目の会談を行った。そして同年6月に南北の軍事境界線にある板門店(パンムンジョム)で38度線を越えて金総書記と握手を交わした。
かつて、金総書記について「私の友人」と語ったトランプ氏の勝利を金総書記はどのように受け止めただろうか。北朝鮮に厳しく向き合ってきたバイデン政権に比べれば、米朝交渉を再開しやすく、経済制裁の解除と体制保証に向けた交渉を期待しているとの見方もある。
しかし、韓国の「統一研究院」チョ・ハンボム主席研究員は「北朝鮮がトランプ政権の発足を待ちわびていたと考えるのは“錯覚”だ」と分析し「トランプ氏が正恩氏と個人的な親交があり、トップダウン方式の交渉をしたのは事実だが、北朝鮮が得たものはない。むしろ政治的な打撃ばかりを受けた」と語った。
3回行われた米朝会談は、当初こそ双方が会談の成功に期待感をにじませたものの、非核化とその見返りである制裁解除を巡る主張の隔たりは大きく交渉は決裂。金総書記は大きなショックを受け、失望したと言われている。
チョ主席研究員は「金正恩政権はトランプ政権1期目の時のような下手な交渉はしないだろう。一度(トランプ氏に)やられたことがあるから、前回よりはるかに北朝鮮も準備をするだろう」と話し、事態が早期に動くことはないとみている。
一方、北朝鮮政治外交が専門の慶応義塾大学の礒﨑敦仁教授は、北朝鮮の論評にヒントがあると分析している。朝鮮中央通信は7月23日に「朝米対決の秒針が止まるかは米国の行動いかんにかかっている」と題する論評で「国家の対外政策と個人的感情は厳然と区別すべきである」としている。礒﨑教授は「旧知のトランプ氏であっても、北朝鮮側から譲歩することはないという強気の姿勢を示した」と話した。
「完全な非核化」から「一部核凍結」へ?
北朝鮮がアメリカと対峙する上で「核・ミサイル開発」で譲歩することは考えづらい。
まずは北朝鮮を「核保有国」と認めさせた上で、アメリカと交渉するのが北朝鮮の思惑とみられるが、礒﨑教授は「問題は、トランプ氏が(ノーベル平和賞の受賞など)レガシービルディングなどを狙って北朝鮮に譲歩の姿勢を見せるかどうかだ」と指摘する。
東国大学北朝鮮学科のキム・ヨンヒョン教授も「トランプ氏は最高指導者個人のキャラクターを重視する。“I Love金正恩”という考えは今も残っていると思う。トランプ氏は完全な『非核化』まではいかずとも核問題をこれ以上悪化させない大統領を目指すという考えもあると思う」と話す。
韓国の通信社「聯合ニュース」はトランプ氏が北朝鮮の核保有を認め、これまで各国が求めてきた「北朝鮮の完全非核化」の目標を捨てる懸念が出ていると報じている。アメリカ全土を攻撃できるICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射中断など一部の「核凍結」の対価として制裁を緩和するというシナリオも一部で取り沙汰されているとしている。
つまりアメリカを守る代わりに韓国や日本は危険にさらされるという、米韓同盟や日米韓協力態勢の根幹まで揺らぎかねない危険性をはらんでいるというわけだ。
トランプ政権発足前に7回目核実験の可能性
一方で、2期目となるトランプ政権にとって北朝鮮問題は優先度が高くないとの見方も多い。
チョ主席研究員は「2期目の政権は再選挙の負担がないため、トランプ氏が北朝鮮問題をそれほど重要と考えるだろうか。今はむしろロシアのウクライナ侵攻や中東情勢の方がアメリカにとって大きな事案だ」と話す。
また、礒﨑教授も「そもそも国内外に問題山積のアメリカにとって対北朝鮮外交の優先度は高くない。そのため北朝鮮はトランプ氏の関心を引く行動が必要になるかもしれない」と語った。
そこで気になるのは、北朝鮮がいつ7回目の核実験に踏み切るかだ。
韓国の国防省は北朝鮮北東部の豊渓里(プンゲリ)にある核実験場の準備はすでに完了していて、アメリカ大統領選前後に実験に踏み切る可能性があると分析していた。
キム教授は、2025年1月にトランプ政権が発足する前に、北朝鮮が核実験に踏み切る可能性を指摘し「アメリカが新しい政府を構成する過程で、北朝鮮が核能力を誇示することで交渉のためのアドバンテージをより大きくするのです。そしてアメリカと対話する可能性を打診するでしょう」と話す。
中国とさらにギクシャクしてもメリットあるなら…
一方で礒﨑教授は、核実験を実際に行うかどうか「そのタイミングを読み取ることはできない」とした上で、実験に踏み切るとすれば中国との関係が影響すると分析する。
北朝鮮は金総書記が初めて習主席と会談した2018年以降は核実験を自制してきた。核実験に強く反対してきた中国の習近平政権の意向を尊重してきた形だが、礒﨑教授は北朝鮮がロシアに急接近し、中朝に「すきま風」が吹く現状に留意が必要だと指摘する。
さらに礒﨑教授は「北朝鮮が習政権との関係を一層ギクシャクさせてでも核実験に踏み切るメリットがあると考えるか、すなわち核開発を着実に進めると共にワシントンの気を引くことができると考えるかどうかが(核実験に踏み切るかの)ポイントだ」と話す。
トランプ氏が北朝鮮を事実上の「核保有国」としてディール(取引)に乗り出すとすれば、日本や韓国の安保体制にも大きな影響を及ぼすことになる。韓国メディアは「“アメリカ第一主義”の嵐がやって来る」と警戒感を隠さない。金総書記とトランプ氏の「最初の一手」に注目が集まる。
(FNNソウル支局長 一之瀬登)