「美容大国」韓国で今、「身長」に関するビジネスが急拡大している。学歴や資格、職歴などに加え、外見も重要な要素となっているためで、過熱する動きに韓国政府が警告する事態となっている。
憧れの職業に就きたい…身長を伸ばしたい子どもたち
天井からつるされた特殊なベルトを装着した女の子がランニングマシンの上を黙々と歩く。
上から引っ張ることで重力の負担を軽減させ、背筋を伸ばしたまま歩くための訓練だと言う。
一見、スポーツジムのようなこの場所は、身長を伸ばすことを目的に子どもたちに運動を指導する教室だ。

教室では定期的に体を測定し、成長の度合や関節の角度などを分析してその子に適した運動をサポートしている。
また、食事の管理や睡眠指導などトータルで成長管理を行っていて、主に小学生が通っている。施設では、個人差はあるものの成長期の子どもで1年に8センチ以上の成長を目指しているという。

「TALLnFIT」 イ・スギョン代表:
子どもたちの多くは、身長が伸びなくて悩んで来たり、少しでも隠れた身長を探すために通う子もいます。キャビンアテンダントやアイドルになりたい、中には陸軍士官学校に志願したいという子もいて、希望する職業に就くために1センチ、2センチでも大きくなりたいという子もいます。
40万円以上でも通わせたい親の切実な思い
料金は1回1時間半で、日本円で7000円から8000円ほど。基本的に60回以上通うので、総額40万円以上と高額になるが、こちらの企業は7つの教室を相次いでオープンさせるなど急拡大している。
韓国ではこうした「身長」に関連した教室や施設が増えている。

一方、子どもを通わせる親たちの思いは切実だ。
小3と小6の娘を通わせる母親:
長女が低身長の子だったので、成長して欲しい思って、一生懸命ネットで探してきました。
身長が低いと結婚市場で不利?韓国に根強く残る「高身長神話」と親の焦燥感
親が焦燥感を募らせる背景にあるのが、韓国に根強く残る「高身長神話」だ。
身長が低いと社会に出てから苦労する――
韓国では「身長が高いことが魅力や成功につながる」という考え方が今も根強く残っている。
特に成長期の子どもを持つ母親たちは、大きなプレッシャーを感じるという。
20歳と22歳女性の母親(40代):
男性の場合は、身長が低いと結婚市場で不利になるかもしれません。
女子中学生の母親(50代):
(韓国は)社会全体で高身長を望んでいるようです。だから日本よりすごく敏感に考えます。
大学生の母親(50代):
息子の男の子の友達は背が低いんですが、その子は合コンで座っている時は分からないけど、立ち上がった時にどうしようと悩み始めたそうです。その深刻さはものすごいので、親たちは身長について本当に悩みます。
韓国では「180センチ」が男性の理想の身長の1つの目安となっている。
これは2009年にバラエティー番組に出演した女子大学生が「身長が180センチ以上の男性がいい。背の低い男性はルーザー(敗者)」と発言したことで物議を醸したものだが、今も女性が身長の高い男性を求める傾向は強いという。
10年で平均身長が7.4センチ伸びた韓国 栄養剤市場は8倍に急拡大
日本と韓国の中学生(12歳~14歳)の平均身長を比べると、日本は10年前からほぼ横ばい(男性:プラス1.3センチ、女性:プラス0.3センチ)なのに対し、韓国は男子中学生が7.4センチ、女子中学生が3.3センチ伸びています。
(日本の平均身長:文科省「学校保健統計」より計算、韓国の平均身長:韓国・国家技術標準院)
こうした中、韓国では今、身長に関連するビジネスが過熱している。
韓国のポータルサイトで「高身長」などをキーワードに検索すると、子ども向けの栄養剤がずらっと出てくる。
価格は1カ月分で2万円から3万円ほどの物が多く、少し前までテレビCMも盛んに放映されていた。
売上額は日本円で2023年が約55億円と、この6年で8倍に急増している。
(韓国・食品医薬品安全処調べ)

一方、韓国政府は2025年2月、一般の食品を健康機能食品と混同させる不当広告など200件以上を摘発。消費者に注意を喚起する事態となっている。
また専門医は、成長に必要な栄養素を補う意味で栄養剤は一定の効果はあるものの、すでに食事で十分に取っている栄養素を栄養剤で摂取しても意味は無いと指摘する。
予約殺到で半年待ち…それでも「大きくなりたい」
めぐみさん(仮名・10歳):
他の子と比べて小さくて、スポーツとかする時に出番がないから、身長の治療を受けて大きくなりたい。
父親の仕事の関係でソウルに住んでいる小学5年生のめぐみさんは身長が伸びずに悩んでいると言います。
めぐみさんの母親(40代):
娘が今10歳で、そのうちに成長が止まってしまった段階で後悔するよりは、ある程度治療の大変さも分かち合いながら進めていくしか…。

めぐみさんは5月上旬にソウル市内の子ども病院を訪れた。
専門医がいる大規模病院は予約が殺到していて、めぐみさんも受診まで半年以上待った。
「予想身長」を数値化 韓国の低身長治療
韓国では身長がどのくらい伸びる可能性があるか、明確な数値で示す。
10歳のめぐみさんの現在の身長は126.9センチ。
身体測定や両親の身長などから専門医が算出したところ162センチまで身長が伸びる可能性があるという。
しかし現時点で身長が約16センチ低いと診断された。

セブランス病院 キム・ソジョン教授:
身長は1000人いたとすると下から3番目です。
医学的に『低身長』と診断するので成長ホルモン治療を検討しなければなりません。

医師は体重が少ないことも原因の可能性があるとした上で…
(1)午後10時までに寝る
(2)肉などタンパク質をよく取る
(3)毎日、汗が出るまで30分以上運動をする
3点が重要だと指示した。
その上で、副作用の可能性がないか精密検査を受けた後、成長ホルモンによる治療を検討することになった。
“背が伸びる注射”年間100万円の成長ホルモン治療
韓国では「低身長」と診断された場合、成長ホルモンを注射する治療が一般的で、健康保険も適用される。
韓国の保健当局「疾病管理庁」は、「低身長症」と診断された子どもに成長ホルモン治療を行った場合、約5センチから7.5センチ伸びる傾向があるとしている。

一方で治療という本来の目的ではない、自費による使用も広がっている。
成長ホルモン注射の処方数は2024年で26万9000件。6年前と比べ5倍近くに急増している。
(韓国・健康保険審査評価院調べ)
“背が伸びる注射”として広がり、市場規模は約470億円に達している。
セブランス病院 キム・ソジョン教授:
成長ホルモン治療は美容目的の場合は健康保険が適用されませんが、そうした患者が90%です。それだけ美容目的の使用が多いんです。
ホルモン注射の費用は自費の場合、1カ月で7万円から10万円ほど。
年間では100万円前後かかる上、数年間、毎日自宅で注射を打つ必要がある。
それでも成長期の子どもを抱える母親のたちの多くが、注射を打たせるべきか悩んでいる。
女子中学生の母親(50代):
子どもの背が大きくならなかったらどうしようかと悩んで、病院で検査をして注射を打つか考えました。
女子中学生の母親(40代):
子どもの身長が高くならず、ホルモン注射を受ける子も多いんですよ。
過熱ビジネスに韓国政府が警告 行き過ぎた「外見至上主義」
こうしたビジネスの過熱を受けて、韓国政府は2024年10月、成長ホルモンを過剰に投与すると副作用が発生する可能性があると警告。
“背が伸びる注射”という認識は誤りだと注意喚起している。

行き過ぎた「外見至上主義」は韓国の“ひずみ”を象徴しているとの指摘もあり、国民的議論が必要との声も上がっている。
(ソウル支局長 一之瀬登)