『添乗指導』とはベテラン職員が営業中の車両に乗り込んで乗務員の技能を監査し教育するもの。熊本市電は運行トラブルが相次ぎ、安全への態勢立て直しが求められていて、強化しているものの一つが『添乗指導』だ。今回、初めてその現場にカメラが入った。
監督職員・江口さんと松下運転士
10月22日、『添乗指導』を担当するのは江口靖夫さん(52)だ。21年間、市営バスの運転士を務め、バス廃止後は市電の運転士に。近年は時刻表、いわゆるダイヤの作成も担当した。
この記事の画像(18枚)--どういうところを見るのですか
監督職員・江口靖夫さん:インシデントが多いので確認呼称ですね。あとは状況に応じた運転速度。きょうは特に若い方を指導しますので、発車やブレーキの際の衝動がないか、そして戸閉めですね
添乗指導は原則、事前通告はない。場合によっては運転士が気づかないうちに監督職員が乗り込み、始まっていることもあるという。新人・松下運転士(26)がこの日に乗る電車は、使用年数69年、熊本市交通局で2番目に古い車両だ。
--運転士になってどのくらいですか
松下源運転士:10月1日に独り立ちをしましたので、まだ1カ月たたないです。頑張ります
松下運転士が「動きますのでご注意ください。交通局前で乗務員交代いたしました。松下がご案内いたします。よろしくお願いいたします」とアナウンスした。お客さんを乗せた営業車両内での添乗指導スタートだ。
2024年10月までに計12件のトラブル
熊本市電の運行を担う熊本市交通局では、2024年5月までの5カ月間で重大インシデント2件を含む7件のトラブルが発生し、5月には外部の有識者による検証委員会が発足。
しかし、その後もトラブルは続き、7月には脱線という重大事故が起きてしまう。2024年10月までに発生したトラブルは計12件。交通事業管理者が職員との面談を兼ねた点呼を行ったり、全職員を対象とした研修を実施するなどしている。
検証委員会は、運転士へのヒアリングから「運行遅延への潜在的なプレッシャーがあった」など、課題を挙げました。『添乗指導』は、検証委員会が中間報告の中で必要性を指摘したものの一つだ。
熊本市交通局・運行管理課の荒木敏雄副課長は「(添乗指導は)以前からやっていたがインシデントが続くことから強化して、回数とかその辺も見直して体制も整えてやっているところです」と述べた。
経験を生かした細かなアドバイス
交通局前を出発した熊本市電の車両は市中心部を通り上熊本までのルートを走る。
松下運転士:閉まるドア、ご注意ください。左後方よし、気圧よし、戸閉めよし、動きますのでご注意ください。次は水道町でございます
監督職員・江口さん:直線はあんまり速いと電車が揺れるから、できるだけゆっくりいこう。よしオッケー
松下運転士:ご乗車ありがとうございました。水道町でございます。お降りの際はお足元の段差にご注意ください
監督職員・江口さん:(降りる乗客へ)ありがとうございました
松下運転士:停止信号でございますので発車までお待ちください
監督職員・江口さん:(運転操作レバー)こんな感じで中立にしとかんと、止まらんけんね。少し残しとった方がいい。でないと、もし車が来たときにガシャンと当たる
松下運転士:はい
監督職員・江口さん:そして、こう握った方がいい。何かあったときにこうできるから
松下運転士:はい、分かりました。上熊本行き発車します。ドア閉まります。左後方よし、動きますので、ご注意ください
監督職員・江口さん:中立、中立、そうそう
松下運転士:次は通町筋でございます
監督職員・江口さん:オッケー
車との事故を避けるためのアドバイスも
熊本市役所付近、カーブを前にした交差点で松下さんが運転する車両が信号停車した。
監督職員・江口さん:電車と離合する(すれ違う)とき、もう少しここら辺に来たとき、ブレーキをかけとった方がいい。ブレーキがかかっとらんと(右折してくる車と)当たるけん。特に交差点は離合するとき、用心しとかんと車がバーッと来るけんね。お願いしますね
松下運転士:はい
すれ違う電車の後ろから車が出てくることがある。早めにスピードを緩め、接触事故回避に務める。上熊本行きの電車が新町を過ぎたあたりで雨が降り出した。
監督職員・江口さん:ちょっと滑りやすくなるけん、電停に入る前に少しエア(ブレーキ)を1本入れてから入ってごらん
松下運転士:はい。次は段山町でございます
監督職員・江口さん:少しエア(ブレーキ)入れて。そしたらいつでも止まれるけん
松下運転士:分かりました
監督職員・江口さん:車が方向指示器出した時は『来る』と思っとかないかん。そしたら絶対当たらんけん
松下運転士:はい。動きます。次は杉塘でございます
監督職員・江口さん:この先は『抜け道』が多いけん、左右キョロキョロして横断歩道に歩行者がいたりしたら、ブレーキかけようね
松下運転士:はい
細い道から入ってくる車や人への注意、江口さんの経験に基づくアドバイスだ。
松下運転士:次は終点の上熊本でございます。お降りのご支度をお願いいたします
監督職員・江口さん:(左からやってきた車が)大丈夫かな。ふとく(大きく)回るかもしれんけんね。よし
松下運転士:本日も市電のご利用ありがとうございました。お忘れ物がないよう、お手回り品いま一度ご確認ください。雨のためお足元滑りやすくなっております。この先もお気をつけてご移動ください。終点上熊本でございます
監督職員・江口さん:はい。おつかれさまでした。緊張したろ?隣におったけん
松下運転士:緊張しました
運行トラブルゼロの安全運行へ
江口さんは松下運転士に「この役は人から恨まれる役だけん。でも恨まれてもいいと思うとよ。それは何でかと言うと、松下くんが事故を起こして傷つかんために言いよるとだけん。大丈夫、大丈夫。案内(アナウンス)もいいね」と声をかけ、いいところをほめることも忘れなかった。
松下源運転士は「まだまだ緊張して運転することに精いっぱいなんですが、お客さまへの感謝の気持ちを忘れずに、丁寧な接客を心掛けたいと思います。安心安全で目的地までお運びすることはもちろん、乗ってよかったなと思われるような運転士になれるよう頑張りたいと思います」と話す。
監督職員の江口さんは「行けないと思ったら止まる勇気も必要と思います。もし、そこで1分遅れたらその1分はどこで取り戻すかというと、次またチャンスがあると思うんですよね。効率のいい運行をしていけば、遅延回復にもつながると思うんですけど、今から彼も若いから、これからどんどん経験して、次につながることと信じています」と若手に期待を寄せた。
運行トラブルゼロの安全運行へ。一歩ずつ。着実に。
(テレビ熊本)