会社や公共施設などで、トイレの個室に入った時に気になるのは自分の“音”ではないだろうか。
筆者はトイレに手動の「音姫」が設置されていたら手をかざす癖がついていて、用を足している途中で音が消えそうになると、なんだかそわそわしてしまう。
流水音や鳥のさえずりの音が流れるTOTOのトイレ用擬音装置「音姫(R)」は、“音のプライバシー”を守ってくれることから、使ったことがある人は多いことだろう。
別に恥ずかしがることではないのかもしれないが、音姫が鳴っていないときにおならがふいに出てしまったら、個室を出るとき気まずくて仕方ない。また設置されていない場合は、トイレの水を流しながら用を足すこともある。
TOTOの担当者によると、音姫は水を使わずにわずかな消費電力で音消しができるよう開発された。女性400人が働くオフィスにおける節約効果の試算では、節水金額約238万円/年、節水量約3392kL/年の効果があったという。
ほとんどの女性が使っているのではないかと思うが、そういえば個室が多いトイレで音姫が同時に鳴っていてもうるさいと感じたことはないし、なんなら聞いていて心地よさすらある。
では、爆音ではないのにしっかり音が消えているのはどのような仕組みなのだろうか。同社の担当者に聞いた。
「聞かれたくない音」を消す仕組み
――トイレにいるとき、音を気にする女性は多い?
日本の女性は「トイレにいる気配を消したい」という心理から、「様々な音を消したい」というニーズがあることが分かっています。
1988年の初代「音姫」は音を重ねて「聞かれたくない音」を消すマスキング効果が高く、かつ「トイレから鳴っても違和感なく使える音」として、トイレの洗浄音である「フラッシュバルブの流水音」を使用していました。
しかし社内外の女性へのアンケートで「機械的で不自然だ」という声があがり、懸案事項となっていました。
そこで、音姫の「音」について徹底的に追求すべく、社内の女性たちとディスカッションをしたところ、排便以外にもおなら、衣擦れ、生理用品の音など「聞かれたくない音」が様々あることが判明しました。
――「聞かれたくない音」を消すためにどのような実験をしたの?
実際のトイレブースで、「聞かれたくない音」と音姫の音源を同時に流し、ドア外と洗面所の2カ所を想定した場所で効果をチェックしました。
――排泄音などを聞こえなくするのはどのような仕組み?
「聞かれたくない音」の発生時に、周波数帯が広い音を発生させることで、様々な音をマスキングしやすいようにしています。
マスキングとは、同じ周波数の音が重なると、一方の音が聞こえにくくなる現象のことです。
「聞かれたくない音」は様々あり、それぞれが違う周波数の音ですが、音姫で使用している音は周波数帯が広く、様々な「聞かれたくない音」の周波数と重なるため、マスキングが可能なのです。
あの流水音を収録したのは…
――消しやすい音、消しづらい音はある?
TOTOの音姫の音源は流水音を採用しているため、小便の音のような水の音はマスキングしやすく、それ以外の音はマスキングしにくい傾向があります。
――現在の流水音や鳥のさえずりが採用されているのはなぜ?
トイレが静穏化、かつフラッシュバルブ方式が少なくなったことなどから、元々採用していたフラッシュバルブの流水音では「機械的で不自然」という声があがっていました。 そこで、パブリックトイレで流れていたら心地よいと感じる音についてアンケートを実施しました。
その結果採用したのが、川のせせらぎ音のような自然な「流水音」。周波数帯が広く、マスキングしやすい音源です。開発担当者が九州の山の中で収録した、高音質の「流水音」を使用しています。
ちなみに「鳥のさえずり」は、マスキング効果向上のためではなく、癒やし効果を高めるためです。
なお、単品の音姫は現在、「流水音」「流水音+鳥のさえずり」の2つから音を選ぶことが可能です。
――音量を調整できないものは、最適な音量がすでに設定されているの?
単品の音姫は初期設定を約75dB(A)としています。
音が大きいほどマスキング効果は高くなるのですが、環境等の要因によってその空間内での最適な音量は変わるため、音を大きくしすぎるとうるさく不快に感じてしまう可能性があります。
そのため、環境等にあわせて最適な音量を調節できるよう、約60~80dB(A)で5段階、管理者のみ音量調整ができるようになっています。
――音が流れる時間は25秒に設定されているイメージがあるが?
具体的な内容は社外秘なのですが、初代音姫開発の際に実施した社内でのモニター試験の結果、「25秒」に設定しています。ただし、人によって希望する時間は異なるため、手かざしによる時間延長機能(23秒)を設けています。
今は便器に近づくと、人体を感知して自動で流水音が流れるオートタイプの品揃えもあります。
日本人特有の恥じらいの文化
――男性も音姫を使っているようだが、どのような背景で設置されるようになったの?
音姫は男性用・女性用で商品が分かれておらず、現場に納品後どのように使われているかも把握していないため、正確なタイミングは不明です。
例えば2016年に実施した弊社の調査によると、男女兼用の個室トイレなど外出先のトイレブースで擬音装置が設置されていた場合、利用する人が約5割(48%)いることが分かっており、男性からの要望も増えていました。
また、最近ではFtM(心が男性、身体が女性)の方が男性トイレで用を足す際に、排泄音の違いが他者に分からないようにするなど、性的マイノリティ配慮としての設置例もあります。
――排泄音を気にするのは日本人だけなの?外国での導入事例はある?
海外の日系企業からの要望で音姫を輸出したことはありますが、日本人特有の恥じらいの文化であり、海外では音消しのために水を流す慣習がほとんどないと思われます。
高音質の川のせせらぎや鳥のさえずりで、癒やし効果もあるという音姫。「聞かれたくない音」を消すために、時代に合わせて現在の音になったようだ。