いまだ着工できていないリニア中央新幹線 静岡工区について解決の糸口が見えてこない。国の有識者会議の議論が終結する中で、静岡県、とりわけ川勝知事は反発を強める一方だ。

会見?独演会?平均所要時間は1時間

全国紙の記者が静岡県に赴任すると一様に驚くことがある。それは月に2回行われる知事定例会見の“異常”な長さだ。1時間を超えるのは当たり前で、長い時には1時間半。30分程度で終わることはまずない。

だからといって内容が充実しているかといえば、そういうわけでもない。川勝平太 知事が質問に正面から答えず論点をずらしたり、脱線したりする場面が散見され、真意を測りかねた各社から“似たような”問いが繰り返されるからだ。

定例会見では”似たような”質問が繰り返される
定例会見では”似たような”質問が繰り返される
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11月9日も午後2時に始まった会見が終わったのは午後3時25分過ぎ。このうち66分間は長年にわたって懸案事項となっているリニア中央新幹線 静岡工区に関連する質疑が占めた。

田代ダム案めぐりJRを痛烈に批判

この中で川勝知事がまず “田代ダム案”に噛みついた。

静岡工区のトンネル工事をめぐっては、掘削した際に湧き出る水が山梨県側に流出することになるが、川勝知事は「水を一滴たりとも県外に流出させないこと」を求めている。

このためJR東海は2022年4月、東京電力ホールディングスの再生可能エネルギー発電事業会社・東京電力リニューアブルパワー(以下、東電RP)が管理する田代ダム(静岡市葵区)の取水を抑え、流出する水量と相殺する案を東電RPの内諾を得た上で提案。これがいわゆる“田代ダム案”と呼ばれるものだ。

”田代ダム案”を提案したJR東海(2022年4月)
”田代ダム案”を提案したJR東海(2022年4月)

2023年10月には、田代ダムを管理する東電RPとの協議が大筋でまとまり、大井川流域に位置する10市町からも賛同が得られたとJR東海が発表した。

公表した案によれば、JR東海が県外への流出量を1週間単位で測定し東電RPに報告。これを受け、東電RPは測定の翌週にダムの取水抑制を行うという。仮に流出量に対し取水抑制量が足りない場合は、翌々週以降に調整することになっている。

田代ダム(静岡市葵区)
田代ダム(静岡市葵区)

だが、川勝知事は「提案から1年半を要して、ようやく実施案が示された。ですから、提案が十分に練られた形で出されなかったという印象」と斬り捨て、「JR東海がいかに準備不足で2022年4月にこの発言をしたのかと。私はひょっとすると、その責任は金子社長(当時)にあると。ここまで遅らせたのは、まさに準備不足。そのため、どれほど振り回されたか。それゆえに責任を痛感してもらいたい。しかも、この間の遅れはJR東海自身にあり、それを“どこかの県”になすり付けるような発言を一貫してなされているが、我々は誠に遺憾」と語気を強めた。

また、この案について国土交通省は「水利権の目的外使用に当たらない」との見解を示しているが、「目的外使用にあたる可能性があるのではないか。グレーだと私は思っている」との私見を述べた川勝知事。

さらには「我々が求めている掘削中の全量戻しとは違う」との発言まで飛び出した。

時間を要した一因は県にあり?

では、なぜ提案から実施案の公表までに1年半もの時間がかかったのか?

その一因は県にもある。

川勝知事は“田代ダム案”が示された直後、「乱暴な議論」と一蹴。2022年の県議会6月定例会の本会議では「流域の健全な水循環を維持すべきとする水循環基本法の基本理念に反している」と答弁している。

加えて、2022年8月に田代ダムを視察した際も「広い意味での地域貢献と受け止めているが、県が求める全量戻しの案にはなり得ない」と取り付く島もなかった。

田代ダムを視察した川勝知事(2022年8月)
田代ダムを視察した川勝知事(2022年8月)

その後、大井川流域の市町のトップが“田代ダム案”について前向きな姿勢を示し、リニア新幹線の工事に関する課題を議論する県の専門部会でも委員から一定の評価が下されたことで、県も“田代ダム案”は検討に値する案であると考え直すように。

ところが2022年12月。定例会見で川勝知事が再び「南アルプストンネル工事と田代ダムの取水抑制は別の事柄」「原則は南アルプストンネルと結びつくものではない」と発言し、すぐさま副知事以下の事務方が火消しに走る事態となった。

こうした状況に、JR東海の幹部が「全量戻しの案として認められるのか、静岡県のスタンスが定まらないことには東電RPとの協議も入りようがない」と頭を抱えていたのも事実だ。

有識者会議の報告書の“スルー”も示唆

一方、前述した11月9日の定例会見で川勝知事が苦言を呈したのは“田代ダム案”だけではない。国交省が設置したリニア新幹線のトンネル工事が南アルプスの生物や環境に与える影響を議論する有識者会議もやり玉にあげられた。

定例会見の2日前に開かれた14回目の有識者会議では、県が「対話の進まなかった課題、解決されていないものがある」として議論の継続を求めたが、JR東海に更なる調査や検討の実施を促しつつも、JR東海のまとめた環境保全策を“追認する”報告書案を委員が大筋で了承し、取りまとめを座長に一任することが決まった。

このことについて川勝知事は「今後も議論が必要な課題が残されていると認識している。十分な議論がなされないまま、取りまとめられようとしていることについては非常に残念」と非難。

定例記者会見(11月9日)
定例記者会見(11月9日)

そして、「有識者会議でまとめようとしている報告書は環境保全の取り組みの進め方の大枠を示されただけと受け止めている。当初の目的であったJR東海に対する具体的な助言・指導まで踏み込まれていない」と指摘した上で「有識者会議の議論は尊重するが『それに従う』と一度も言ったことはない」という驚くべき発言もあった。

かつて、リニア新幹線をめぐる問題を解決させるための「腹案がある」と語った川勝知事。だが、時が経ってもその腹の内は一向に見えてこない。

(テレビ静岡)