侍ジャパンの世界一奪還に沸き、かつて無い野球熱の中で開幕したプロ野球。日本シリーズ2023では、阪神タイガースが38年ぶりの日本一を果たし、大阪が熱狂に包まれた。
そんな2023年シーズンを、12球団担当記者が独自の目線で球団別に振り返る。3回目は、セ・リーグ2位に終わった広島東洋カープだ。
響き渡る打球音が語った今年の姿
10月20日。レギュラーシーズン2位の広島は甲子園で行われたクライマックスシリーズ・ファイナルステージで3連敗。チャンピオンチームの阪神に、手も足も出ないような完敗で今季の最終戦を終えた。
この記事の画像(16枚)一夜明け、静まり返ったマツダスタジアム。打球音が聞こえてきた。悔しさを込めるような無言のスイング。前夜最後のバッターとなった、西川龍馬だった。
“異例”とも言える行動だったが、今年の西川に関しては“らしい”行動なのかもしれない。
プロ8年目 代名詞は『天才的』な『曲芸打ち』
社会人からプロ入りし、8年目の28歳となった西川龍馬。
ルーキーイヤーから代打で出場を重ね、4年目の2019年に巨人にFA移籍した丸佳浩の穴を埋める形で外野のレギュラーを掴んだ。
年齢的には中堅。通算でも3割近い打率を残しており、名実ともにチームの顔となった。
【プロ通算】試合821 安打815 本塁打64 打点341 打率.299
(敦賀気比高校~王子~広島ドラフト5位 プロ8年目)
その西川が持つ代名詞は“曲芸打ち”。どんなボール球でもヒットゾーンに飛ばしてしまう、ずば抜けたバットコントロールは“天才”と称される。
「低めワンバン(ワンバウンド)打つくらいの決め球のフォーク打ってやろうというのはある。本来見逃せばボールなんですけど、相手の決め球を打てば相手もガクッとくる」と言うが、狙って打てるものではない。
「体が勝手に反応する」と、本当に打ってしまう技術は“天才”と言われる所以である。
そんな“天才”と言われる打撃技術にあまり多くを語らない姿。クールな印象の強い男に今年は明らかな変化が見られた。
『マジ』で頂点を目指した2023年
2月1日、シーズン始動のキャンプ初日。円陣を組んだ中心で声を出したのは、これまでなら目に見えて先頭に立つようなことをしてこなかった西川だった。
「全員が日本一を描きながら、家族一丸で戦えば絶対に強いチームになる。今年は『マジ』でいっちょやったりましょう!」
この『マジ』が今年の西川のテーマだった。
「『本気』と書いて『マジ』」
キャンプ初日の練習後、足早に車に乗り込もうとした西川を止めると、「ただ勝ちたい、それだけ」と声出しの役割を担った理由が返ってきた。
西川には今年『マジ』になる意味があった。
去年はFA権を取得し、「はきそうなくらい悩んだ」というが行使せず。新井貴浩新監督の就任が、最後は残留の決め手になった。
さらにはこれまでシーズン中のケガが多く、昨季も6月に下半身のコンディション不良で離脱し、規定打席未到達。
【規定打席】(※試合数×3.1で算出される)
2016 (シーズン)143×3.1=443.3打席 (西川)58打席
2017 (シーズン)143×3.1=443.3打席 (西川)220打席
2018 (シーズン)143×3.1=443.3打席 (西川)361打席
2019 (シーズン)143×3.1=443.3打席 (西川)585打席
2020 (シーズン)120×3.1=372打席 (西川)328打席
2021 (シーズン)143×3.1=443.3打席 (西川)551打席
2022 (シーズン)143×3.1=443.3打席 (西川)424打席
2023 (シーズン)143×3.1=443.3打席 (西川)443打席
チームが3連覇を果たした2016~2018年もレギュラーではなかった西川にとって、現役時代もともにした新井監督と一緒に、「主力として優勝を目指す」。
これがチームに残った西川の決意だった。
西川が見せた『マジ』な姿
言葉通り、今年の西川は『マジ』で違った。
キャンプでは、初日の声出しに始まり、若手に身振り手振りでアドバイスする姿が目立った。シーズンが始まると、毎試合後の整列でも一歩前に出て先頭で挨拶した。
「今はある程度上と下をしっかり見ながらやる世代かなと」
プレーでも有言実行。
6月、開幕当初の4番・マクブルームに代わって4番起用されると、打線の中心として4割近い打率をマーク。
【6/13~7/11】 試合22 82打数32安打 打率.390
シーズンの個人成績をリーグで見ても、この時点での安打数は両リーグ最多、打率も高い数字をキープしていた。
【7/11時点】 試合80 安打99 打点40 本塁打8 打率.327
(※打撃4部門でチームトップ)
比例するかのようにチーム順位も2位につける好調ぶり。開幕前の下馬評を覆す逆襲のチームにおいて、攻撃の要だった。
これまで見せてこなかった精神的支柱としての存在感に、さらにエンジン全開となったバッティング。
何が何でも勝ちたいという、今年にかける強い覚悟と責任を感じた。
初めて感じた「離脱」した「悔しさ」
そんなときにアクシデントが起きた。
7月5日、阪神戦の最終打席で違和感を感じた右わき腹。存分にスイングができない中、ごまかしながら試合に出続けていたが、11日には負傷箇所が遂に悲鳴をあげ、途中交代することに。そして翌日、登録抹消。西川にとって最も避けたい戦線離脱だった。
今までは感情的にならなかったというケガも「今年に関しては『悔しさ』」。
開幕前にはシーズン通して「テレビの前から消えずにプレーする」と語り、体のケアやストレッチの方法をこれまでとガラッと変えていた。それにも関わらず、繰り返したケガに「野球をやめたい」とまで思ったという。
全ては『マジ』でやると決めた1年だったから。
「『今年はケガせんとこ』って決めて挑んだシーズンやったんで、もう人と会いたくなかったです」
一方、4番の離脱という大きな穴を埋めようと必死で戦い、結束力を高めたチームは西川が登録抹消となった7月12日から27日まで、10連勝と破竹の勢いを見せた。
4番には菊池涼介や上本崇司といった、初めて4番に座る選手たちが起用される、まさに『全員野球』。
西川は「俺がおらん方がいい」と率直な思いをこぼすも、その好調なチームの輪に入りたいという思いが原動力ともなった。
戦線復帰も…届かなかった頂点
西川が復帰したのは、離脱からおよそ1か月たった8月8日。この時点でチームは首位・阪神と2.5ゲーム差の2位。逆転優勝は十分可能で、この8月中旬を指揮官が勝負所と位置付けていた。
待望の復帰戦。
4番で先発出場すると、初打席でいきなりタイムリーを放ち、復活を印象づけた。
その後も4番として毎試合打席に立ち続けたが再び衝撃が走ったのは9月2日。第2打席で早くも代打が送られ、何らかの異変が起きたことは明らかだった。翌3日からベンチ外。再発しやすいと言われる右わき腹の痛みを再び感じていたのだった。
違和感の程度としては「20%くらい」と、9月8日からスタメン復帰するなど、何とか出場を続けようとするも指揮官はすでに決まっていた5年ぶりのクライマックスシリーズでの戦いを優先し、11日、今シーズン2度目の登録抹消となった。
その3日後。独走を許した阪神がリーグ優勝を決め、残された道は、クライマックスシリーズでの下剋上、そして日本一だけとなった。
『マジ』な一年 西川龍馬が目指してきたその結末は
10月14日。広島にとって5年ぶりのクライマックスシリーズが幕を開けた。
西川もシーズン終盤からチームに再復帰し、『マジ』で日本一を目指す最後の戦いが始まった。
3位・DeNAと戦ったファーストステージでは、初戦から「3番」でスタメン出場すると、翌2戦目にホームラン。バントも決め、短期決戦の采配にも応えた。
この日、チームはサヨナラ勝利でファイナルステージへの進出を決め、DeNAに連勝して甲子園に乗り込んだ。
優勝チームに1勝のアドバンテージがある中、4戦先勝が必要なファイナルステージ。確実に勢いをつけてきた広島の流れもあったが、それでも王者の壁は厚かった。
リーグ優勝の阪神に2連敗で迎えた10月20日の3戦目。もう1試合も落とせなかった。しかしこの日もリードを許すと、2点を追いかける9回。2アウトとされながら、ランナー1、2塁と一発出れば逆転の望みがあった。
打席には人一倍、勝利への思いを強くしてきた西川。
8球粘ったフルスイングも打球は無情にもグラブの中へ。
レフトフライで最後のバッターとなった。
今年『マジ』で頂点を目指した西川。阪神の日本シリーズ進出を見届け、外野へ最後の挨拶に出たナインの中で、1人、深々と頭を下げた。
注目を集める去就とその決断にかける理由
今シーズンは個人成績では2年ぶりに規定打席に到達、さらには打率も首位打者・DeNAの宮﨑敏郎に次ぐ.305をマーク。初めて規定打席到達での打率3割にのり、プロとしてまた一つ一流バッターへの階段をのぼった。
そんな西川の1つの決断が、今注目を集めている。去年取得したFA権の行方である。
個人成績からのチームへの貢献度か、それとも、もう一度広島で優勝したいという思いか。
離脱しながらも残したバッティングの結果。優勝できなかったという事実。西川の心は再び揺れている。
それでも、悩んでいることが証であるように、決してチームを去ることが目的ではない。
「僕は(チームを)出たいとかじゃないんですよ」
ケガで離脱している今年7月、リハビリを行う2軍施設でそう話していた。
他球団を見て勉強したい気持ちも、巨人にFA移籍した丸に代わってレギュラーを掴んだからこそ思う、後輩への気持ちもある。
FA行使か残留か、そしてその決め手は何になるのか。西川龍馬が下す『マジ』な決断は、果たして…。
(文・高瀬晴菜)