侍ジャパンの世界一奪還に沸き、かつて無い野球熱の中で開幕したプロ野球。日本シリーズ2023では、阪神タイガースが38年ぶりの日本一を果たし、大阪が熱狂に包まれる中、シーズンは幕を閉じた。
そんな2023年シーズンを、12球団担当記者が独自の目線で球団別に振り返る。今回は、今世紀初のパ・リーグ3連覇を果たしたオリックス・バファローズ。エースとしてチームを牽引し続けてきた山本由伸投手への約7年間の取材を基に、その歩みを振り返る。
1年目で見せた“危機感”とこだわり
「周りから何と言われようと構いません。今やっている取り組みが正しいと自分は信じているので。信じてやらないと正解も正解にならないと思っています」
今や日本球界のエースに上り詰めた山本由伸(25)。

当時19歳ながら言い放った芯のある言葉に、担当記者だった私はひどく狼狽した。全体練習が終わるや否や、自らのバッグからジャベリックスローで使われる槍を取り出し、誰もいない練習場で黙々と投げ続ける。
プロ1年目のオフシーズンに始めた前例のない独自の練習メニューに、周囲からは否定の声も多かった。取り組むことに不安や迷いはないのかを問うと、冒頭の言葉が返ってきたのだ。さらにこう続けた。
「プロ1年目の時、投げ終わったら肘がパンパンで、もう伸びないし曲がらないしちょっと痛くて…。1年目は凄く“腕だけ”で投げていたイメージが自分の中でもあって、これじゃ駄目だなと思って。シーズン1年間投げるには、もっともっと身体を使えなきゃいけない。だからこの練習をやるんです」

この時は、長くプロ野球生活を続けられないかもしれないという危機感とも戦っていたのだ。
野球ボールは槍に比べて小さくて軽いので、細かい身体の使い方を意識しないでも遠くに投げられる、というのが山本の理論。

それに対し槍投げは“誤魔化し”では投げられない。身体をうまく使えている時にしか遠くへ投げられないと肌で感じたからこそ、この練習で投球フォームの礎を築くことを決心した。
槍投げを通じて、全身を使って投げるフォームを徐々に体得したことで、肘への負担も和らぎ、確かな手応えを掴んでいった。
【プロ1年目成績:5試合 1勝1敗 防御率5.32】
10代でのシーズン30ホールドポイント
それでもプロ2年目の時には、こだわっていた先発投手ではなく、セットアッパーを任されることになった。チームが勝っている試合で、主に8回に登板する勝利の方程式を担った。
当時はチーム内で“山本は体力に課題がある”と言われていたことも、配置転換の要因だった。
NPB史上初の「10代でのシーズン30ホールドポイント」を達成し、自身初のオールスターにも出場。大きく飛躍を遂げたシーズンとなったが、シーズン後に本音を明かしてくれた。
「やっぱり先発投手に戻りたい思いが強いですね。チームを勝たせたといえるのが先発の特権なので。自分もチームを勝たせるピッチャーになりたいと思っています。もう1年目の頃の自分とは違うのでやれると思っています」
【プロ2年目成績:54試合 4勝2敗 防御率2.89 36ホールドポイント】

プロ3年目の2019年。先発再転向を直訴し、春季キャンプとオープン戦で結果を残し、先発投手を勝ち取った。先発復帰後、初めての公式戦となった4月3日のソフトバンク戦。
8回途中までノーヒットノーランを記録するなど9回100球を投じ無失点。被安打わずか1本に封じる圧巻の投球で、周囲の不安を一掃した。
12球団で唯一防御率1点台を記録し、最優秀防御率のタイトルを獲得。先発投手として十分な成績を残したものの、口にしたのは意外な言葉だった。
「今年もケガで1軍を離脱してしまったし、野球の練習は勿論ですが、私生活も含めて見直していきたいと思います」
【プロ3年目成績:20試合 8勝6敗 防御率1.95】
球界最高峰の投手に進化した山本
そして、オフシーズンから食生活を改善。以前は肉を中心とした食生活で胃もたれすることが多かったが、油ものを極力避け、消化にいいものを選択し、栄養のバランスも考えるようになった。

「暴飲暴食をすると身体の中が疲れちゃうので、それが筋肉の疲労にも繋がり、ケガに繋がっていると思っています」
プロ4年目は二桁勝利に期待が寄せられていたが、惜しくも届かなかった。それでも、チームは最下位ながら最多奪三振のタイトルを獲得。コロナ禍で外出自粛のムードが高まったことも逆手に取り、管理栄養士を雇い食事面で大きなバックアップを得た。

どこまでも野球に真摯な右腕は、グラウンド外でも本当に余念がない。山本に聞くと、高校生の頃から、日々の身体の感覚から練習中に得た気付きを野球ノートに記していると言う。こうした緻密で繊細な努力がついに大輪を咲かせるのである。
【プロ4年目成績:18試合 8勝4敗 防御率2.20 奪三振149】

プロ5年目の2021年、エースとしてチームを25年ぶりのリーグ制覇に導いた。そして、最多勝・最優秀防御率・最高勝率・最多奪三振の投手4冠に輝き、沢村賞も受賞。名実共に球界トップの座に君臨した。
それだけではなく、東京五輪の金メダル獲得にも大きく貢献。プロ6年目の2022年には、史上初2年連続投手4冠を掴み取り、オリックス26年ぶり日本一の立役者になった。
【プロ5年目成績:26試合 18勝5敗 防御率1.39 勝率.783 奪三振206】
【プロ6年目成績:26試合 15勝5敗 防御率1.68 勝率.750 奪三振205】
進化を止めない“普通の人”
今シーズンの春季キャンプでも、山本は周囲の度肝を抜いていた。球界最高峰の投手の座を確立しながら、更なる進化を求めて投球フォームを変更したのである。
クイック投法とも呼ばれるが本人の感覚は違う。

「クイックに見えるかもしれませんが、自分の中では着地までゆっくり間を感じられている。その時が一番いいボールが投げられるんです。とにかく体重移動にこだわって、少ない力で高い出力のボールを投げるために、フォームを変えました」
日本中を歓喜に包んだWBCでも世界一の原動力に。チームに戻ると、WBC組が不調に悩まされる中で、山本はこれまで通りのパフォーマンスを披露した。

終わってみれば前人未踏の3年連続投手4冠&沢村賞。戦後初となる2年連続ノーヒットノーランを果たし、防御率もキャリアハイの数値を記録。リーグ3連覇の偉業も成し遂げた。
【プロ7年目成績:23試合 16勝6敗 防御率1.21 勝率.727 奪三振169】
シーズン終了後、ついにオリックス球団はポスティングを利用してのMLB挑戦を承認。その動向に世界中が熱い視線を注ぐ存在になったが、山本はいつでも自らを“普通の人間”と表現する。

平均身長は180センチを超えるプロの世界で、その平均にも満たない178センチ。都城高時代、憧れ続けていた甲子園への出場も叶わなかった。ドラフトでは他球団が指名を避け、下位指名4位でオリックスに入団。成長を加速させたのは、生まれ持った才能だけではなく、決して揺らぐことのない信念があったからではないだろうか。
反骨心を抱き、誰よりも自分自身を信じ続けてきた山本由伸、25歳。海を渡っても、きっと眩い未来が待っている。
(文・山城慶志郎)