侍ジャパンの世界一奪還に沸き、かつて無い野球熱の中で開幕したプロ野球。日本シリーズでは、阪神タイガースが38年ぶりの日本一を果たし、大阪が熱狂に包まれた。

そんな2023年シーズンを、12球団担当記者が独自の目線で球団別に振り返る。

最終回は、監督1年目の松井稼頭央新監督が率いる埼玉西武ライオンズ。チームスローガン“走魂”を掲げ、そこに立ちはだかった様々なハードルとは何だったのか回顧する。

走魂!松井稼頭央ライオンズのスタート

今シーズン、辻発彦前監督(65)から一軍監督を引き継いだ松井稼頭央新監督(48)。新たに打ち出したチームスローガンは「走魂」だった。

松井稼頭央新監督(新人合同自主トレ)
松井稼頭央新監督(新人合同自主トレ)
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監督就任会見で「常勝復活」「育成」をテーマにあげ、昨シーズン、チーム打率最下位に終わった得点力を上げるため、「走ることが原点、そこからすべてを変えていく」とチーム変革の意思を示した。

さらに我々のインタビューで「ファンの皆さんも共に走りきって頂きたい」と語った松井監督。今思えば先に待ち構える困難を覚悟しての発言だったのかと思う。

迎えた春季キャンプ。他の11球団が例年通り2月1日からスタートする中、2月6日にキャンプイン。松井監督は「今の選手は自分で考えて練習できる」と選手たちの意識の高さを理解し、やらせるのではなく、自主性を重んじ、より内容が濃い練習を目指した。

南郷キャンプ初日のインターバル走を終え倒れ込む選手たち
南郷キャンプ初日のインターバル走を終え倒れ込む選手たち

キャンプ初日、午前の練習メニューラストを飾ったのはインターバル走。ダッシュとジョギングを繰り返す、いわゆるキツいメニュー。これをしっかりとこなした選手たちを見た監督は、「選手たちがしっかり自主トレ期間で準備をしてきてくれた」と明るい表情浮かべた。

初日から「走魂」漲るキャンプとなった。

その中で、他とは違う緊張感を漂わせ練習に取り組む2人がいた。

WBCメンバーに選ばれたキャプテン源田壮亮(30)と、山川穂高(32)だ。

日本代表の勝利に貢献した源田と山川

2人は大会公式球に慣れるため、公式球を使いキャッチボール。WBCの注目度が日に日に上がって行く中、2人は約一カ月早い開幕に合わせ、全体練習後も汗を流していた。

侍ジャパンのキャンプ直前にインンタビューに答えた源田
侍ジャパンのキャンプ直前にインンタビューに答えた源田

侍ジャパン・キャンプ合流前のインタビューでキャプテン源田は「子供の頃に見て夢をもらった、出られることが不思議。すごく嬉しい」、山川は「出来ること全てを準備して、一戦必勝で挑む。バッティングは何も変えない」と、日本代表への想いを語り、侍ジャパン・キャンプへと向かった。

松井監督は「とにかくケガなく帰ってきて欲しい」と語り2人を送り出していた。

南郷キャンプでインタビューに答える松井監督
南郷キャンプでインタビューに答える松井監督

3月、サムライジャパンの勝利に沸く日本。しかし、監督が恐れていたことが起きてしまった。

10日の韓国戦。二塁走者の源田が牽制時に相手選手と接触し、右手小指を骨折したのだ。

その時のことを本人は、「最悪。何やってんだ?って感じでした」と振り返る。普通ならここで代表離脱となるが、「何度か国際大会に出たけど、ベンチから見ることがほとんどだった。今回は栗山監督からも軸として考えているって言ってもらえたので。こんなところで代わるわけにはいかない。WBCにずっと憧れてましたし」と代表に残った心境を語っていた。

夢を与える側になった者の、日本代表への決意に胸を打たれた瞬間だった。

日本の快進撃は続き、準決勝メキシコ戦。

8回、2点を追う日本はランナー1・2塁で源田がスリーバントを決め、2・3塁のチャンスを作る。代打に送られたのは、山川。昨シーズンのパ・リーグHR王に期待せざるを得なかった。結果としてはホームランにはならなかったが、1点差となる貴重な犠牲フライを放ち、9回、あのサヨナラに繋いだ。

2人のプライドと意地が侍ジャパンの歓喜に貢献したのは間違いないだろう。

シーズン開幕に向けイメージトレーニングする山川
シーズン開幕に向けイメージトレーニングする山川

今シーズンから制限なしの応援が復活。いつものプロ野球開幕が近づく中、松井監督は源田を治療に専念させると決め、開幕にキャプテンを欠くこととなった。
WBCから帰国した山川は開幕戦前日の全体練習終了後。一人、誰もいないバッターボックスでイメージトレーニングをしているのが印象的だった。

シーズン開幕で見せた采配

3月31日の開幕戦。昨シーズン日本一のオリックスと3年連続、所沢での試合となった。

開幕投手を務めたのは3年連続で髙橋光成(26)。髙橋は8回1失点の力投を見せ試合作ると、9回、松井監督がマウンドに送ったのは、これがプロ初登板となるドラフト4位ルーキー・青山美夏人(23)だった。

気さくにインタビューに答える青山
気さくにインタビューに答える青山

先頭をファーストゴロ。続くバッターをドラフト6位ルーキー児玉亮涼(25)が守るショートゴロに抑え2アウトをとると、3人目のバッターは、昨シーズン西武からオリックスに移籍した森友哉(28)。

初球、表情を変えず投球モーションに入る青山。第一打席でブーイングと拍手で迎えられた森は、それに合わせてタイミングをとると、代名詞のフルスイング。バットがボールに当たった瞬間、「あっ…」と記者席から声が漏れた。一瞬でそれと分かる同点ホームラン。西武はその後延長で敗れ開幕黒星スタートとなった。

次の日も敗れ連敗となった西武。

3連敗は避けたい西武は第3戦、リードで迎えた9回、松井監督がここでマウンドに送ったのは再び青山だった。チャンスをもらった青山は2死1・2塁のピンチを背負うも無失点で抑え、青山はプロ初セーブ。松井監督に一軍初勝利をプレゼントした。

試合後、松井監督は「きょうも青山で行くと決めていた、これで地に足が着くと思う」とコメント。「育成」を印象付ける采配だった。

二軍調整を続けるキャプテンとまさかの事態…

4月下旬、二軍で調整を続ける源田は何を想っているのか。練習をするトレーニングセンターに向かうと、ケガした小指でも力が入るように工夫したバットをハニカミながら隠す源田。明るい表情を見せてくれた。

二軍で調整を続ける源田
二軍で調整を続ける源田

そこで後日インタビューを申し入れ、話を聞くとある想いに気付いたという。

「一軍の試合は全部見ていて、やっぱり一軍の試合に出たい。野球選手として一軍の試合に出なくちゃいけない。一軍で試合に出なくちゃいけないという想いは前より強くなった。貪欲さ、燃えているものはある」(源田)

源田は自分の中にある一軍への「渇望」について語った。

4月を終え、西武は「走魂」を体現し盗塁数リーグトップタイの16。チーム打率もリーグ2位とスローガンの意識がチームに活力を与え躍動していた。まさにスタートダッシュを決め、このまま加速すると予感していた矢先、まさかのことが起きる。

バッティングゲージを見つめる山川
バッティングゲージを見つめる山川

5月11日。いつも通り試合前練習を取材していると、山川と一人の記者がずっと話し込んでいた。

我々テレビ担当記者の間でも「何かあったのかな?」と話していたのだが、その後すぐにスキャンダルの知らせが入り記者たちは慌ただしく動いた。

翌日に登録を外れ。キャプテンに続き、主砲も不在となった。

不惑の40歳の2人と源田の復帰

主軸2人を欠く中、気を吐いたのが稀代のホームランアーチスト中村剛也(40)と、2000本安打のヒットマン栗山巧(40)だった。2人は今年不惑の40歳を迎えた。

中村が第1回「走魂賞」を獲得写真
中村が第1回「走魂賞」を獲得写真

今シーズンは代打・指名打者で出場する機会が多かったものの、勝敗を分ける場面でさすがの一打を放った。スローガンにちなみ新設された「走魂」に見合うプレーなどを表彰する「走魂賞」の初代受賞者は、おかわり君こと中村だった。

2人の練習を取材して感じたのは「集中力の高さ」だ。

栗山は記者が球場に入る頃には一人身体を動かし始め、いつものストレッチ。ホームのベルーナドームでは一塁側の赤と青の芝の境目にそって、前進しながら息を吐いて素振り。そしてフリーバッティングでは一球一球に高い集中力を注ぎスイング。

不惑の40歳を迎えた栗山
不惑の40歳を迎えた栗山

「数々の先輩もそうだった、古風かもしれないけど早めに準備して。それをうまく引き継げたという感じ。必要になった時に出遅れないように」(栗山)

私の主観になるが、中村のフリーバッティングでは力感は感じられないが、スタンドインを狙っていると思われる時はほとんどがスタンドまで届く。その日の調子を確かめながら一球一球を大切に取り組んでいるように感じる。

2人のその集中力に、名打者の凄みを感じた。

栗山に憧れを抱く蛭間拓哉(23)に聞くと、「今日はこういう意識で練習をやっているのだなとすごく感じるし、そうならないと活躍できないんだなと思う。聞くだけじゃなくて見て学びたい」と答えた。

偉大な先輩達の背中は言葉で語らずも、大事なものは確実に引き継がれているのだと感じた。

5月26日。ついに一軍復帰の情報を得た私はグラウンドへ向かう源田に声をかけた。「いやー、帰ってこれたなと、もう全力で頑張ります」と、噛みしめるように答えてくれた。

スターティングメンバー発表。「2番・源田壮亮」と名前がコールされるとベールーナドームにWBC優勝のねぎらい、そして復帰を待ちわびた気持ちを乗せた拍手と歓声が球場に溢れた。

チームは5月に入り失速し5位に落ちていた。キャプテンの復帰に巻き返しの期待がかかるのは必然。

源田復帰を喜ぶ外崎
源田復帰を喜ぶ外崎

ファンから「トノゲンコンビ」と呼ばれるセカンドの副キャプテン外崎修汰(31)は復帰について、「待ち望んでいました。これをきっかけにチームの調子上がればいいかなと思います」と、喜びを隠せない様子だった。

源田にとっての開幕戦。早速タイムリーヒットを放ち打撃で貢献するも、得点はこの1点しか奪えず敗戦。

打てなかったライオンズは「走魂」できず…

源田の復帰戦を勝利で飾れなかった西武。5月の打撃陣は不振を極めた。月間チーム打率が.210と、リーグ最下位をたたき出してしまう。

そして迎えた6月の交流戦。投手陣の奮闘は光るものの、点が入らない西武は3連敗を喫すると、2年ぶりの単独最下位となり、翌日の試合ではファンから物議を醸すコールが起きるなど、不穏な空気が漂っていた。

結局、連敗は7まで続き、交流戦は球団初の最下位で終えることになった。

チームを鼓舞する松井監督(9月30日 vsロッテ)
チームを鼓舞する松井監督(9月30日 vsロッテ)

8月18日のソフトバンク戦では、石川柊太(31)に史上88人目となる、ノーヒットノーランを献上。その月、2度目のチーム打率リーグ最下位となってしまい、9月12日に優勝の可能性が消滅。それでもクライマックスシリーズ進出を目指し戦ったが、30日にそれも消滅し、シーズンを5位で終えた。

「走魂」をチームスローガンに戦ったが、それを発揮するためには当然、塁に出る必要があった。
打って出塁か、ファーボールなどで出塁するのか。

シーズン終了後の数字は、チーム打率がリーグ5位の.233。さらにファーボールなどを加味した出塁率はリーグ最下位の.296。月別で言えば5月、6月、8月と3度もリーグワーストを記録していた。これはつまり、「走魂」を体現するチャンスがあまりにも少なすぎたのだ。

若手に与えた経験と成功体験

しかし、もちろん明るい話題もあった。まず、明るい笑顔が印象的なドラフト1位ルーキーの蛭間拓哉(23)は、開幕一軍とはならなかったが、6月に一軍初昇格すると56試合に出場し、打率.232、2本塁打、20打点をマーク。

開幕前のインタビューで「とにかく全てが実力不足で…今はとにかく慣れることに…」と暗い顔で話していた蛭間だったが、見事にプロのスピードへ順応してきた。

インタビューに答える古賀
インタビューに答える古賀

そして2年目のキャッチャー古賀悠斗(24)は100試合に出場し、盗塁阻止率.412。これは12球団トップの数字。実は昨シーズンは盗塁阻止率.000と辛酸をなめ、オフから取り組んできたことが実を結んだ。そして育成上がりの長谷川信哉(21)、豆田泰志(20)など、威勢のいい若手が一軍で経験を積み、躍動しつつある。

層の厚い先発陣(左から隅田・高橋・今井・平良)
層の厚い先発陣(左から隅田・高橋・今井・平良)

一方、ここまで触れてこなかった投手陣は、髙橋光成がリーグ2位の防御率2.21。平良海馬(24)は先発転向1年目でリーグ2位タイの11勝。今井達也 (25)は10勝。勝ちに見放されていた隅田知一郎(24)は9勝をあげた。

チーム防御率は2.93と優勝したオリックスに次ぐ2位。昨年に続き投手力は安定している。

必ずやってくる常勝ライオンズ

今年から西武担当記者に任命された、30代半ばの元内野手野球少年の私にとって「松井稼頭央」は憧れのショートであった。あのスナップスロー、ユニホームの着こなし方、そんな憧れの人が監督をするチームの担当という、高揚感を抑えつつ、取材をしてきた。

その取材の中で気がついたのは、松井監督が今シーズンを通して、常に前向きな言葉を述べていたということだ。

森が去り、チームの主軸の源田、山川がいない中、監督がその責任を全て負う覚悟で若手に積極的に経験を踏ませた。

先に述べたように、数字だけを見れば、来シーズン出塁率だけでも上がれば、順位は大きく変わるように思える。

投手力はある。あとは眠れる獅子打線が目を覚ました時、その目の前には“常勝”と“日本一”の文字が、想像できる。松井監督が胴上げされ、涙ぐむインタビューの姿。それを見て胸を熱くする自分の姿が…。来シーズン、打撃陣の獅子奮迅の活躍に期待して今年の取材を締めくくることにしたい。
 

(文・菊地 祐)