東日本大震災からまもなく12年。原発事故が起きた東京電力の福島第一原発では、放射性物質「トリチウム」を含む処理水を海に流す計画が今年の春から夏にも始まる予定だ。

海底トンネルなどの施設がまもなく完成するなど着々と準備が進む中、福島県新地町でヒラメ漁などを行う漁師・小野春雄さんに、地元が抱える苦悩と海洋放出が長期間に渡ることへの影響を聞いた。

回復した漁業がまた売れなくなる

ーーこの1年で東電や国との向き合いで変わったことは?
東電と経済産業省からはまだ納得できる説明はありません。

その中で、今年の春から夏に海に放出するという話を国がしたものだから、今アメリカ、中国、韓国などの世界のメディアから私に取材が来ています。

小野春雄さん
小野春雄さん
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海は我々の仕事場なので、まだ何一つ解決していないのだから今後のためにもいろいろと聞きたいことがあるんです。

廃炉がいつ始まるのか東電や経産省に再三聞いても「わかりません」という回答。
廃炉が決まって、我々の本格操業が始まってから処理水を流すならいいけど、処理水が先なのはおかしいでしょ。

ーー漁師の間では不安が大きい?
震災から11年の昨年は、魚の値段が相当上がったので、努力すれば福島県の魚は売れるんです。

トリチウムを流すのも1~2年で終わるならいいんです。これが廃炉まで流すとなると永遠に風評被害が続き、魚が売れなくなる。これが心配で、いろんな問題で漁師になる人がいなくなっちゃう。

すでに漁師になる人が少ないのに、先が見えないところで働いてくださいと今の小学生や中学生に言うことはできません。

福島県民のことを第一に考えるのが国の仕事だと思うんですよ。

東電は“処理水”でヒラメを飼育

使用済み核燃料の冷却で日々溜まり続ける汚染水は、ALPSと呼ばれる装置を通して処理され、ほぼすべての放射性物質を取り除いたものが「処理水」となるが、「トリチウム」だけは取り除くことができない。

そのため国は、「処理水」を「海水」と混ぜて、トリチウムを国の基準よりも大幅に薄めた上で海底トンネルを通じて海に流す計画だが、その“安全性”をアピールするために東京電力は、ALPS処理水を使ったヒラメとアワビの飼育を行っている。

ーー東京電力が処理水を使ったヒラメの飼育を行っているが?
それは1種類の魚。海にはさくさんの魚がいて、どんな大きさの魚でもプランクトンが豊富な沿岸に寄って産卵をします。

処理水を混ぜた海水で飼育中のヒラメ
処理水を混ぜた海水で飼育中のヒラメ

福島県では、いまだに「クロソイ」と「スズキ」から基準を超える放射性物質が検出されて出荷が解除されていません。

放射性物質トリチウムをどんだけ希釈しても毒は毒です。
それが放出された福島県の魚とそうでない魚が店頭に並んでいたら、福島県の魚は売れないでしょ。

私からは「処理水を海に流されたら困るんです。絶対にやめてください」ということです。

処理水放出で90%“風評被害”出る

政府と東電は地元の漁業者に「関係者の理解なしには、いかなる処分も行わない」と約束しているというが、小野さんは「まだ何一つ解決していない」と強調する。

今月行われた福島県民への世論調査では、「処理水の海洋放出で風評被害が起きると思うか」との質問に、90.5%の人が「風評被害が起きる」と答えている。(福島テレビ・福島民報社 県民世論調査 3月4日実施より)

ーー風評被害については?
処理水が放出されれば90%に風評被害が出ると言われているので、本当に困ります。

私は毎年手紙を書いていて、これは『漁師から魚への感謝の手紙』です。
我々は海を借りて消費者においしい魚を提供しているんです。海で育って、海のありがたみを知っているから、海を汚してはいけないと思うんです。

小野さんが書いた『漁師から魚への感謝の手紙』
小野さんが書いた『漁師から魚への感謝の手紙』

海は魚の住み家であって人間のものではないんです。海を人間が汚すのはおかしい。ゴミ箱でないのに何で流すんですか、ということです。

相対的には影響ないかもしれないけど、実害が出ればどうするんですか。我々はここで一生暮らすんです。

この辺りは魚の宝庫なのに、今の福島の現状に誇りが持てません。

「放射性物質がなくなるまで我慢」

「100歳まで生きて廃炉を見届けるのが目標」と話す小野さん。処理水については、放射性物質がなくなるまでタンクに貯蔵し、我慢して待つしかないと話す。

ーー処理水放出計画への気持ちは?
今までのようにタンクに貯めて悪い物質がなくなるのを待つしかない。

事故を起こしたのは人間なんだから我慢するしかない。

処理水が貯められたタンク
処理水が貯められたタンク

人間にとっては100年は長いけど、海や宇宙を考えたら100年なんて微々たるもの。我々の理解無しに流すことは、法治国家として許されないでしょ。

海洋放出のための地下トンネルの工事も、我々が知らないうちに始まっていた。我々が納得していないのに市町村の許可が下りたからトンネル掘りましたというのはおかしな話です。

今は東電から補償をもらって粛々とやっているから生活は出来るけど、福島県民は本当に大変なんです。