女性に毎月生じる生理現象、月経。月経と大事な仕事や予定が重なり苦労することは、多くの女性が経験したことがあるだろう。

私自身アナウンサーという仕事をしていて、長時間立ちっぱなしの仕事中や生放送中に不調や異変を感じて冷や汗をかいたことは数多くある。

それでは、身体を使って競い合い、身体的コンディションがパフォーマンスに影響する女性アスリートは月経とどのように向き合い、対処しているのだろうか。

ハンマー投げでアテネオリンピックに出場した室伏由佳さん。現在は、大学の教員・研究者として活躍
ハンマー投げでアテネオリンピックに出場した室伏由佳さん。現在は、大学の教員・研究者として活躍
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今回、女子ハンマー投げでアテネオリンピックに出場し、現在は、順天堂大学スポーツ健康科学部の准教授を務める室伏由佳さんに話を聞いた。

月経についての誤った知識が将来のリスクに

中学部活動で陸上を本格的に始めた頃に初経を迎えたという室伏さん。それから数年は月経による不調は特に感じていなかったという。

「大学生ぐらいまでは毎月生理が来て『出血する』という程度の知識しかありませんでしたし、歩けないほどの生理痛などもなかったために、そこまで悩むということはなかったです。後年、大きなトラブルに直面するまでの間は月経に関する知識やリテラシーはほとんどないままスポーツをしていたなと思いますね。学校でも月経を詳しく学ぶための授業はありませんでした」

特に困ることがなければ、ただやり過ごしてしまう毎月の月経だが、実は1カ月の間に女性の体の中ではホルモンバランスの変化に伴い、心身が大きく左右されているのだ。アスリートにとっても、月経周期による心身の変化は、パフォーマンスの発揮に大きな障壁ともなり得る。 

出典「東京大学医学部附属病院女性診療科・産科女性アスリート外来提供」
出典「東京大学医学部附属病院女性診療科・産科女性アスリート外来提供」

「排卵期を境に、黄体ホルモンが優位になり(黄体期)、基礎体温も上がっていきますが、この時期に身体の不調を感じる女性が比較的多いとされます。また、月経の数日~1週間ほど前に月経前症候群(PMS:premenstrual syndrome)が生じる人は、それがスポーツパフォーマンスに大きく影響します。

主な症状として、むくみや腹痛、腰痛など身体的な症状だけでなく、イライラなど心理・精神的側面への影響等、様々な症状が出現します。個々に出現症状は異なりますが、私の場合、月経の直前から足のむくみなどで敏捷性が低下したり、体が思うように動かず繊細な動きができなくなってしまうことがありました」

他にも、黄体期は体重増加する人もいて、痩せにくくなるケースもあり、体重別階級のスポーツでは減量に難航する時期。

そして、この時期の身体の不調や心理・生理的コンディションの変化に向き合わずトレーニングを続けてしまうと、動作不良が起こり、特定の部位に負荷がかかることにも。場合によってはスポーツ障害に直面するリスクもあるというのだ。

長距離の場合、不調で走れなくなることから「生理なんてこなくていい」となってしまうという。しかしそれが一生の問題に…
長距離の場合、不調で走れなくなることから「生理なんてこなくていい」となってしまうという。しかしそれが一生の問題に…

「長距離の選手ですと、体重が軽い方がパフォーマンスが良くなるということから過度な減量をしたり、食べなかったりします。生理が来ると不調になり走れない。そうなると『生理なんて来ない方がいい』となってしまうのです」

月経がある人に生じるトラブルとは別に、女性アスリートの三主徴として、「利用可能エネルギー不足・無月経・骨粗しょう症」の問題がある。エネルギー不足による無月経は骨粗しょう症を続発させ、その結果、疲労骨折を起こす危険性もあるのだ。 

さらに、最も骨量を獲得できる10代前半のうちに過度な食事制限をすると骨量を低下させてしまう。そして骨量の最大ピークである18歳あたりを過ぎると、それ以降は最大骨量を高められなくなるため、骨がもろいまま一生を過ごすことになってしまうのだ。

競技をしている間だけでなく、その後にも繋がる問題。若いうちから月経のメカニズムやそれに伴う不調について、正しく理解し対処することが重要になる。

うまく付き合う方法の一つとしての「ピル」 

女性アスリートの場合、月経困難症で何かしらの症状があると、パフォーマンスに大きな影響を及ぼす。対症療法として鎮痛剤を服用するケースもあるが、大事な大会に月経が当たらないように月経を早めたり遅らせたりする月経移動では、ホルモン療法として「超低用量ピル」や「低用量ピル」が使いられることも多くなってきている。

室伏さんは月経開始後から排卵期に向かう期間が最も調子が上がっていたという。大会などに合わせてコンディションを調整しているアスリートこそ、ピルの使用率は高いのではないかと想像していたが、2022年に行った大学生女性アスリート104人を対象とした生理月経に関連するアンケートから、ピルを「常に服用している」または「試合のためにピルを服用する」と回答した人は、1割に満たないという結果が明らかとなった。

資料提供「UNIVAS」 UNIVAS・順天堂大学共催 アスリートのコンディションについて考える「女性アスリートのためのシンポジウム」より抜粋

「ピルを服用したことがない人は全体の約8割という状況が明らかになりました。当然、生理痛に悩まされていないために使用していないケースも考えられます。一方で、競技活動に影響することを自覚している場合には、迷わず婦人科医に相談する必要があります。

低用量ピルは月経周期の調節だけでなく、月経困難症やPMSの治療、将来的な子宮内膜症などの発症を予防する効果も期待できます。しかし、自分に必要な状態であるかどうか見当がつかず、そこまでの悪い状態ではないと自己判断してしまうケースや、ピルの使用は不妊につながるといった誤った情報のインプットがみられ、使用に至らないケースも多くあると考えます。

私のように、毎月順調に生理が来ているから大丈夫と思っているパターンもあるかもしれませんが、実は月経を繰り返すことにより発症する、器質性月経困難症という病気があります」

今では、オリンピック・パラリンピックに出場するようなトップアスリートは、ハイパフォーマンススポーツセンターなどによるサポートもあり、アスリート自身の月経に関する知識も向上しつつある。実際、トップアスリートのピル使用率は6割~7割ともいわれる。

月経の悩みの相談は専門家よりも家族や友人

しかしその一方で、レクレーションレベルのアスリートの間では月経に関する知識やリテラシーを向上させるためのサポート体制は未だ十分とは言い難いのが実情だ。

例えば、大学生アスリートの場合、どこから情報を得て、誰に月経の悩みを相談しているのだろうか。

資料提供「UNIVAS」UNIVAS・順天堂大学共催 アスリートのコンディションについて考える「女性アスリートのためのシンポジウム」より抜粋
資料提供「UNIVAS」UNIVAS・順天堂大学共催 アスリートのコンディションについて考える「女性アスリートのためのシンポジウム」より抜粋

「昨今、スポーツ系の大学では月経に関するテーマを授業で取り上げることもあり、教員から教わることもあるかもしれません。しかし、何か不調を感じた時に相談する相手としては、『教員』はとても少ないことが実情です。男性の教員や部活動指導者が多いことが影響していると思います。

せっかく授業で教育を受ける機会があっても、相談する相手は話しやすい家族や身近な仲間に留まっていると思います。もしかすると知識が十分でじゃない人同士で相談してしまっているということも考えられます」

学生アスリートとトップアスリートの間でこれだけの差があるのは驚きだが…。

「大学生アスリートは、勉学として学んでいても、自身がどのような行動に移せばよいのか、正しく理解するチャンスがない可能性があります。トップアスリートの場合、適切に医療の指導を受けて正しく理解すれば、上手く活用できることをわかって使っています。

ピルは医療用医薬品なので医師の診断と処方箋が必要です。体質的に服用ができない人もいますが、不妊につながる、コンディションを崩す等の誤った情報を受け取ってしまうと、病院を訪れるなどの間口が狭くなってしまう恐れがあります。正確に情報を捉えられるように学び、医師に自ら相談できるようになることがベストかなと思います」

室伏さん自身の苦い経験

2004年、アテネオリンピックの直前に一度、子宮内膜にできたポリープの切除術を行い、婦人科の扉を開いた室伏さんだが、その後、腰痛症等スポーツ障害との闘いに奮闘し、婦人科検診を怠ってしまっていたという。

そして4年後、ついにとてつもない痛みに襲われ病院を受診することに。 

「オリンピックに出てから4年間は大きな婦人科トラブルがなく、またそのうち検診に行こうと思っていたら、いつの間にか子宮内膜症という器質性月経困難症に陥っていました。生理が来ている人に発症する病気の一つです。まさに“サイレントキラー”。

子宮内膜症になっていることも全然気づかず、そして卵巣にできた腫瘍(チョコレート嚢胞)が肥大して、卵巣が破綻。子宮内膜症を発症しても、進行スピードは個人差がありますが、いつどうなるか非常に恐ろしい病気です。当時は競技活動が続けられるかとても不安でした」

競技活動を継続しながら治療を進め、最終的に2009年に卵巣内の腫瘍を摘出する手術を無事に終え、2012年に現役引退するまで競技を続けられた。その間、手探りで自分の身体に合わせたトレーニング方法で乗り切ってきたが、その道のりは簡単なものではなかった。

そんな自身の経験から、室伏さんは特に若い世代の現役アスリートに強く伝えたいことがある。という 。

「もっと気軽に婦人科受診を」

「年代が若い人は分からないことや経験していないことが多いので、保護者や学校の先生や指導者とうまく連携していただきたい。大学生ぐらいまでは経験不足で、直面する健康課題を正しく理解できていないかも知れないので、大人の関わりが重要です」

そのためには周りのサポート体制の向上も大切だ。 

「月経に関する不調やトラブルについて『家族に相談する』という人が大学生の調査でも非常に多かったですよね。なので本人に任せるだけではなく、ぜひ家族の人にも知識を高めていただいて、親子でレベルアップし、幼少期からこういうときはこうしようというやりとりをアップデートしていければいいと思います。その先に、万が一に備えて婦人科医の受診を検討しておく必要があります」

そして、月経に関する困難を抱えるアスリートが、例えば、定期的な歯科検診を受けるくらい、気軽に婦人科を受診するようになってほしいという。 

「10代から不調があるという人は迷わず婦人科に行っていただきたいなと思います。自分でお腹をじっと見ていても中身は絶対見えませんからね(笑)。月経の前後にコンディションが崩れるのは当然と思っていても、生理痛が強いなどの症状が顕著であれば、将来健康を害してしまうことがあり得ます。若いころに生理痛がひどかった人は、子宮内膜症に進展するリスクが高まることもわかっています。

とにかく専門家と話すことを躊躇(ちゅうちょ)しないでほしいんです。そこを後回しにしたり、回避して後年に苦労するとライフプランの障壁にもなりますので、そこに至る前に予防していくことが大切。自分自身で積極的に情報収集して問題に対処し、楽しく競技生活やその後に人生を送っていただきたいと思います」

今回は女性アスリートと月経についてお話を伺ったが、スポーツをしていない学生にも、そして私を含め全ての女性にとっても、とても大事な視点を教えていただくことができた。ささいなトラブルから目をそらさず、積極的に専門家の扉を叩くことを意識していきたい。

【室伏由佳さん】
女子ハンマー投げでアテネオリンピックに出場し、婦人科疾患やスポーツ障害を抱えながらも35歳で現役を引退するまで第一線で活躍。現在は、順天堂大学スポーツ健康科学部の准教授を務め、スポーツ医学(アンチ・ドーピング)の研究者として研究活動を推進。スポーツと健康に関連する講義なども精力的に行う。

 (取材・執筆:フジテレビアナウンサー 宮澤智)

宮澤智
宮澤智

フジテレビアナウンサー 2012年早稲田大学卒業後、フジテレビ入社。アナウンサーとして『すぽると!』『めざましどようび』『グッディ!』などを担当し、現在は主にBSフジ『プライムオンラインTODAY』を担当。趣味は愛犬と戯れること、ドラマを観ながらお酒を飲むこと。