14年ぶりにJAXAが実施した宇宙飛行士選抜試験で、見事選ばれたうちの1人、米田あゆさん。

宇宙への憧れのきっけかけは、日本人女性として初の宇宙飛行士・向井千秋さんの伝記を子どもの頃に読んだことだと伝えられています。

誰かが、誰かの人生の道しるべになる。どんな分野でも「目指すべき先輩、ロールモデルが具体的に見える」ことは大切です。

「数学ってこんなに楽しい学問なのに、共感し合える女性が一向に増えないのは、悲しいです」

そう語る女性数学者がいます。東京大学・数理科学研究科の佐々田槙子准教授。

OECD加盟国の中で理系分野の女子学生の割合は、日本が最下位。

「数理女子」というHPを起点にワークショップを実施し、数学という学問の楽しさを伝える佐々田氏に、なぜ理数分野に女性が増えないのか、どうすれば増えるのか、その道筋を聞きました。

東京大学・数理科学研究科の佐々田慎子准教授
東京大学・数理科学研究科の佐々田慎子准教授
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“45人クラスで女性は1人”が変わらぬ現状

ーーまず、東大の数学科には女性はどのくらいいるのでしょうか。

佐々田准教授:
私が数学科に進学した2004年当時、クラス45人の中に女性は1人でした。それが今も変わらず45人に1人、というのが実態です。
教える側は60人以上いますが、そのうち女性が現在5人にまで増えました。それだけでもかなり画期的なことだと思っています。

理由①理数系選択をする上での情報格差

子どもの頃、数字というより「論理パズル」が大好きだった佐々田さん。
思春期に“受験のため”というより、大学で教えるような高度な数学を習うため塾に通うと、そこでも女子はほぼ1人。それゆえに居心地悪い想いをしたこともあったそうです。

高度な数学を習うために塾に入ると女子はほぼ1人で居心地の悪い思いをしたことも(写真はイメージ)
高度な数学を習うために塾に入ると女子はほぼ1人で居心地の悪い思いをしたことも(写真はイメージ)

佐々田准教授:
中高時代にも、「数学」に関する情報量が圧倒的に違うのですね。一部の男子校にはとても活動が盛んな「数学部」という部活があり、先輩の中には数学科に進む人もいます。縦の関係でも横の関係でも「数学」でつながり、情報を得ることができます。

一方、女子にはそういうネットワークがなかなかありません。
だからこそ、進路選択をする前の世代に、理数系の分野、特に「数学」の学問の魅力が何か、また数学を学んだ女性が将来どんな人生を歩んでいるか、情報発信をしたいと考えるようになったのです。

理由②進路選択に影響するのは「母親の価値観」

HPで情報発信、イベント、小学生対象のワークショップをする中で、大切なのは“母親を巻き込む”こと。進路選択には、母親の価値観が大きく左右するといいます。

佐々田准教授:
ワークショップにいらっしゃるときに、不安そうなお母さまに何度も出会いました。
「女の子なのに、算数が好きなんて…変わっていて心配しているんです」と。なので一緒に参加してもらうことを必須にしています。
 

母娘は分かれて別の教室で大いに自由に発想し、発言してもらう場を作ります。たとえば、多面体のサイコロを手に取ってもらい、「これ、何に使うのだろうか?」から始めていきます。とにかく自由な発想が出てくるのを待ちます。

正解が一つではない、という問いかけ自体がとても大事だと思っているのですね。

こういった多面体のサイコロを使って、自由な発想をしてもらうという
こういった多面体のサイコロを使って、自由な発想をしてもらうという

自由に発言してもらい、段々場が温まってきたら、流れの中で「この多面体のサイコロで1~100まで表すにはどうしますか?」と聞くこともあります。最初は「どうやって100面体を作れるの?」というような話が飛び交う。でも、10の位のサイコロと1の位のサイコロ2つあれば、100まで表現できるとふと気づく。

これは一つの遊びを通した例ですが、算数・数学が単に数式や一つの正解を追い求める学問ではなく、ある“ルール”を決めて、そのルールを前提に世界の事象を見るとどう捉えられるか、という本質を体験してもらいます。

ルールはあくまで「こう決めてみます」という定義であって、本来作り方は自由でいいんです。すると…帰る頃には口を揃えて、「子どものときにこの楽しみを知りたかった!!!」と笑顔でおっしゃいます。

理由③職業につながるのかどうかが、見えにくい

ただ、せっかく理数系分野が好きで得意に育っても、そこにはさらなる壁が立ちはだかるといいます。それは、学んだ結果、どんな職業に就けるかが見えにくいということ。

佐々田准教授:
進路選択の上で女子が理数系が得意であると、学校も塾も親も「お医者さんになれるね」となりがちです。職業として見えやすいですから。
本当に本人自身にその志望があればいいですが、なんとなく流されて成績優秀だから医学部へ、というのはもったいないように思います。

ーー実際、数学を学んだ先にどんな職業があるのでしょうか。

佐々田准教授:
研究者や、学校の先生はもちろんですが、企業からも引く手あまたです。以前は金融や保険業界で最先端の数理ファイナンスを使う人も多かったのですが、今はデータサイエンスやAIの業界も全ては数学です。「最適化」のサービス提供で起業する人や、IT業界でアルゴリズムを駆使する等、活躍の場もたくさんあるし、面白い仕事はたくさんありますよ。
 

聞けば納得ですが、そもそも…
私自身も「数学」を生業とする女性にお目にかかるのは人生初めてです。企業に理数分野の専門職として就職する人も周りには少なかった。
そんな話をぶつけてみると…。

佐々田准教授:
そうなんです。だから「見える存在」になることが大事だし、メディアにも日本の各研究室でどんなことが進んでいるのかもっと取り上げてもらえればと願っています。ファッションやグルメを語るのと同じくらい、「へ~、こんな研究があるんだ」という身近な情報発信が増えてほしい。

なでしこジャパンの活躍でサッカー女子が増えた。理系分野でも格好いい女性がいるということを伝えたいという
なでしこジャパンの活躍でサッカー女子が増えた。理系分野でも格好いい女性がいるということを伝えたいという

なでしこジャパンの活躍のおかげで、今や子どもの通うサッカーチームには複数の女子が当たり前のように通っています。だからこそ、佐々田氏は、理数系分野にも楽しくキャリアを積み上げている女性の先達が確かにいることを、伝えたいといいます。

佐々田准教授:
数学の魅力は、「数学」を共通言語として、世界とも、そして時代を超えた昔の人ともつながれることなんです。昔の人も同じことを考えていたんだな、同じ悩みがあったんだな、と「数学」を通して感じることができます。

また、博士課程を終えてポストドクターとして不安定な時に、ちょうど出産や育児を考える年代になって、その期間は大変なのですが、「ここで働き続けたい」と思えた場を得た後はかなり働きやすい環境です。
数学は身一つでいい、ラボで日々実験結果を確認する必要もない仕事です。
そういう意味では、“時空を自由に行き来できる仕事”と言えるかもしれません(笑)。
 

8歳と2歳のお子さんを育てている佐々田氏ですが、「よっぽど特別な算数の教育をしているのか聞かれますが、そんな余裕もなく、いたって普通です(笑)」とのこと。

最後に、次世代へのメッセージを伺いました。

佐々田准教授:
好きで楽しいと思うことをどんどん突き詰めていってほしい
ですね。周りから違う道がいいのでは?と勧められることがあったとしても、生きるのは自分自身です。自分が興味のあること、ほんの少しでも「ちょっとやってみたい」と思うことがあれば、それを本当に大事にしていってほしいと思います。

ジェンダーギャップ格差世界116位のこの国で

改めて、国際女性デーをめぐって考えたいことの一つとして、理系分野の女性の進出の少なさを取り上げました。

2022年のジェンダーギャップ指数が依然116位のこの国で特に課題となっているのは、3点。
①女性管理職の割合が少ない
②女性の政治参加割合が低い
③理系学部に進学する女性が少ない

③においても、生来の能力以上に、「自信」や周りからの期待感が将来の選択に影響を及ぼしているのがわかります。

男性、女性、といった性別を超えて、「誰であれ」、意欲の翼を折られないように。
そのような社会のために大人として私が行動できることを諦めてしまったら…メディアの一員としての矜持が果たせないように思っています。

ジェンダーにまつわる課題が「自分ごと」になるために、フジテレビアナウンス室から引き続き情報発信をしていきます。

【取材・執筆:フジテレビアナウンサー 佐々木恭子】

佐々木恭子
佐々木恭子

言葉に愛と、責任を。私が言葉を生業にしたいと志したのは、阪神淡路大震災で実家が全壊するという経験から。「がんばれ神戸!」と繰り返されるニュースからは、言葉は時に希望を、時に虚しさを抱かせるものだと知りました。ニュースは人と共にある。だからこそ、いつも自分の言葉に愛と責任をもって伝えたいと思っています。
1972年兵庫県生まれ。96年東京大学教養学部卒業後、フジテレビ入社。アナウンサーとして、『とくダネ!』『報道PRIMEサンデー』を担当し、現在は『Live News It!(月~水:情報キャスター』『ワイドナショー』など。2005年~2008年、FNSチャリティキャンペーンではスマトラ津波被害、世界の貧困国における子どもたちのHIV/AIDS事情を取材。趣味はランニング。フルマラソンにチャレンジするのが目標。