「出国を拒否する外国人はコロナ禍でも着実に増加している。このまま入管法を改正しなければ、重大犯罪者やテロリストも送り返せない国になってしまう」。政府関係者は、取材に対して、深刻な面持ちで、こう打ち明けた。重大犯罪者やテロリストを送り返せないとはいったいどういうことなのか?

「出国を拒否する外国人」の実態

出入国在留管理庁は、今月12日に「入管白書」を公表。“送還忌避者”と呼ばれる「出国を拒否する外国人」が去年末時点で3224人、一昨年末よりも121人増えていると明かした。また、そのうち約3分の1に当たる1133人が過去に薬物、窃盗、傷害、中には性犯罪や殺人などの重大事件を起こし、有罪判決を日本で受けているという。

「送還拒否」の外国人の約3分の1は、何らかの事件に関与し、有罪判決を受けているという。
「送還拒否」の外国人の約3分の1は、何らかの事件に関与し、有罪判決を受けているという。
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なぜ、こうした外国人は増加しているのだろうか。政府関係者は困惑した表情で口を開いた。「前科のある“送還忌避者”のうち、約4割の424人が現在、“難民申請中”。今の入管法では、“難民申請中”は強制送還を回避できる。しかも申請回数に上限は決まっていないので、“真の難民”でなくともひたすら申請を繰り返すことで、結果として日本に滞在し続けられる」。

つまり、現在の入管法の”ぬけ穴”をつき、制度を“悪用”することで、強制送還を免れているのだ。仮に、重大犯罪者やテロリストも、この”抜け穴”を悪用すれば、結果として退去させられない国となってしまっているのだ。なぜこの問題は放置されているのか?

「安全に暮らせる社会」の実現に必要なこと

入管法の改正は何年も前からその必要性が議論され続けており、「日本人と外国人が安全安心に暮らせる社会の実現」を目指し、その法案成立が求められてきた。

そして去年2月、①難民申請3回目以降や3年以上の実刑判決を受けた外国人を強制送還可能とする、②「監理制度」を導入し入管施設における収容の長期化を解消する、③「準難民」を認定し保護する、などを主なポイントとした改正法案が、閣議決定された。

亡くなったスリランカ人のウィシュマ・サンダマリさん
亡くなったスリランカ人のウィシュマ・サンダマリさん

しかしその翌月、名古屋入管の施設で、スリランカ人のウィシュマ・サンダマリさん(当時33)が、収容中に死亡する問題が発生。入管施設における収容の在り方などに批判が集中し、“改正入管法”は廃案となった。

その後、半年以上にわたり死亡問題の調査が行われ、真相の究明、有識者による改善策が示された。そして、今年の通常国会で改めて“改正入管法“の再提出がなされると見込まれていたのだが、蓋を開けると、その雰囲気は全く感じられなかった。

また、その後の臨時国会においても、法案提出の気配さえなく、先日、閉会となった。なぜ、あれほど温度感の高かった法案は見送られてしまったのだろうか?

“改正入管法“の裏に、政権の意向が

政府関係者によると、今年の通常国会、臨時国会ともに、法務省は“改正入管法”を国会に提出する準備をすすめていたが、政局に翻弄された末、結果として提出には及ばなかったという。

政府関係者は「今年の通常国会は岸田政権が発足したばかりで、夏には参院選も控えており、対立法案になりうる入管法は出せなかった」と、一連の経緯について打ち明けた。新政権一発目の国会ということもあり、法案の通過率を重視して、慎重な姿勢になっていたのだろうか。

通常国会を終え、記者会見に臨む岸田首相(今年6月)
通常国会を終え、記者会見に臨む岸田首相(今年6月)

そして迎えた臨時国会では、「会期が限られた中で、負担の大きい入管法はなかなか出せない。ましてや内閣改造があったばかりの国会でもあるし」、こう内情を語った。臨時国会は旧統一教会問題で政権に批判が集中しており、大きく動けない事情もあったようだ。

ただ、法案こそ出せなかったが、新任の葉梨康弘法務大臣(当時)は、過去に法務副大臣や衆院法務委員長を経験したことから、法務行政に精通して入管法に対する意識は高く、その修正作業に積極的に関わる姿勢があったという。

そんな大臣の下で、来年の通常国会では、必ず提出したいという雰囲気や期待が、法務省内では広がっていた。しかし11月、またしても問題が起きた。

「死刑ハンコ」発言で また逆風 

11月9日、葉梨氏が、自民党議員のパーティーにおいて「法務大臣は朝、死刑のハンコを押して、昼のニュースのトップになるのはそういう時だけという地味な役職だ」と法務行政を軽視するような発言をした。

その後、発言の撤回・謝罪をしたが、葉梨氏は、事実上の更迭となり、急きょ、齋藤健・新法務大臣が就任することになった。この一連の辞任劇に対し、法務省内では、「言葉がない。重要法案を数多く抱えている状況でどうするんだろう」「また入管法は1からの段階となってしまったのか」など、落胆の声が聞かれたそうだ。

岸田首相に辞表を提出後、記者団の取材に応じた葉梨前法相(11月11日)
岸田首相に辞表を提出後、記者団の取材に応じた葉梨前法相(11月11日)

齋藤法務大臣は“改正入管法”に意欲的であり、停滞した法務行政をなんとかしなければいけないという思いでいるようだ。果たして、来年の通常国会で、“改正入管法”は提出されるのか。政府関係者は「三度目の正直。熱量は全く変わっていない」と意気込む。

ただ、ウィシュマさん問題、大臣の失言。いずれも、法務省サイドにとって、「身から出たサビ」とも言える。よもや、あの名古屋刑務所で、また受刑者に対する暴行事件が起きるとは。厳格さが求められる法務行政に、緩みが生じている気がしてならない。

名古屋刑務所で発覚した受刑者に対する暴行は、事件に発展する見通しだ
名古屋刑務所で発覚した受刑者に対する暴行は、事件に発展する見通しだ

(フジテレビ社会部・司法クラブ 森将貴)

社会部
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今、起きている事件、事故から社会問題まで、幅広い分野に渡って、正確かつ分かりやすく、時に深く掘り下げ、読者に伝えることをモットーとしております。
事件、事故、裁判から、医療、年金、運輸・交通・国土、教育、科学、宇宙、災害・防災など、幅広い分野をフォロー。天皇陛下など皇室の動向、都政から首都圏自治体の行政も担当。社会問題、調査報道については、分野の垣根を越えて取材に取り組んでいます。

森将貴
森将貴

社会部警視庁クラブ捜査一課担当。 
2023年春まで、司法クラブで東京地検特捜部を担当し、日大背任事件や五輪汚職を取材。
岐阜県出身、大学時代は応援部主将。