アメリカの有力紙・NYタイムズが選んだ「2026年に行くべき52カ所」で長崎が選ばれた記事に「グラバー園」が紹介されている。長崎観光を支える「グラバー園」は、居留地時代から戦後復興へと長崎の街の発展を語るときに欠かせない観光スポットだ。

長崎といえば「グラバー園」

長崎を代表する観光スポット「グラバー園」。居留地時代から残る外国人の住まいと、長崎市内に点在していた洋館を移築・復元して、1974年に開園した。

グラバー園の「旧グラバー住宅」
グラバー園の「旧グラバー住宅」
この記事の画像(21枚)

日本でありながら洋館が立ち並ぶこの場所は、鎖国を終えて開国した1854年以降、外国の商人らが政府の許可のもと住居を構えた「外国人居留地」だった。

150年以上前の建築に歴史を感じる
150年以上前の建築に歴史を感じる

園内にある旧グラバー住宅、旧オルト住宅、旧リンガー住宅の3棟は居留地時代に建築された建物で、150年以上この地にあり続けている。

「旧三菱第2ドックハウス」は外国人乗組員用の宿舎だった
「旧三菱第2ドックハウス」は外国人乗組員用の宿舎だった

さらに、明治中期頃に長崎市内に建てられた6棟の洋風建築を移築・復元。グラバー園は幕末から明治の長崎の歴史を感じる観光地として、長崎を代表する観光スポットだ。

日本の産業革命の礎を築いた「トーマス・ブレイク・グラバー」

グラバー園のメインスポット「旧グラバー住宅」は、日本が開国して間もない1863年に建てられた日本最古の木造洋風建築だ。

グラバーさんが暮らした「旧グラバー住宅」
グラバーさんが暮らした「旧グラバー住宅」

2015年に登録された世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産のひとつとなっている。

トーマス・ブレイク・グラバー
トーマス・ブレイク・グラバー

イギリスの商人、トーマス・ブレイク・グラバーは21歳で来日し、住居を構えて住み始めた。グラバーは貿易商人でありながら、蒸気機関で大型船を陸に引き上げる日本初の修船場(しゅうせんば)の建設、西洋式の石炭採掘技術の導入など、日本の産業革命を支える巨大炭坑の基礎を築き上げた。

旧グラバー住宅の内装は西洋風の造りが美しい
旧グラバー住宅の内装は西洋風の造りが美しい

東京に拠点を移す1870年頃まで約10年住んでいたと言われ、日本人のイギリス留学の援助、キリンビールの前身会社の創業など、明治期の日本の発展に大きく貢献した。

商人たちが暮らした洋館

旧グラバー住宅と同じ時期に建てられたのが、「旧オルト住宅」と「旧リンガー住宅」だ。

荘厳な石造りが美しい「旧オルト住宅」
荘厳な石造りが美しい「旧オルト住宅」

「旧オルト住宅」は、イギリスの商人、ウィリアム・ジョン・オルトの住まいだ。長崎の女性商人・大浦慶とともに、九州各地の茶葉を世界に広めた。荘厳な石造りが美しく、民間住宅としては最も大きい。

「旧オルト住宅」改修工事中で、2027年2月完成予定
「旧オルト住宅」改修工事中で、2027年2月完成予定

現在、住宅は改修工事のため立ち入りが禁止されていて、完成は2027年2月の予定だ。

ロシアの御影石を使ったこだわり住宅
ロシアの御影石を使ったこだわり住宅

「旧リンガー住宅」は、イギリスの商人、フレデリック・リンガーの住まいだ。天井が高い洋館ならではの造りで、ベランダの床にロシアのウラジオストクから調達した御影石が使われている。

長崎の発展に大きく貢献したフレデリック・リンガーの住宅
長崎の発展に大きく貢献したフレデリック・リンガーの住宅

近代的な上下水道の敷設、日本で初めてのトロール船による底引き網漁に尽力するなど、長崎の発展に大きく貢献したリンガーのこだわりの住まいだ。

西洋建築を支えた日本の棟梁

旧グラバー住宅、旧オルト住宅、旧リンガー住宅を建築したのは、国宝・大浦天主堂を手掛けた、熊本県天草市の建築技術者・小山秀之進(こやま ひでのしん)だ。

日本の建築技術者が洋館を建築
日本の建築技術者が洋館を建築

外国人が作成した洋館の簡単な設計図から想像を膨らませ、見たことも住んだこともない西洋住宅を次々に建てた。その技術力の高さから「西洋建築の先駆者」と言われている。

洋館に日本の屋根瓦
洋館に日本の屋根瓦

外観も内装も西洋風の造りだが、高温多湿な日本の風土に合わせて屋根には日本瓦、壁は土壁が使われている。

和洋折衷の住居を楽しんでほしい
和洋折衷の住居を楽しんでほしい

西洋と日本の建築技術が交じり合った独特の雰囲気が目を引く。旧グラバー住宅、旧オルト住宅、旧リンガー住宅は、国指定の重要文化財に指定されている。

戦後復興から観光都市へ

「造船と漁業の町」として栄えた長崎は、1945年、原子爆弾の投下で浦上地区を中心に街が焼失した。

グラバー園から見下ろす長崎港
グラバー園から見下ろす長崎港

旧グラバー住宅周辺は高台で爆心地から離れていたこともあり原爆の被害を免れ、当時のままの姿を残すことができた。

「長崎明治村構想」によりグラバー園が誕生
「長崎明治村構想」によりグラバー園が誕生

貴重な歴史的建造物を保存しようと、長崎市は1970年に「長崎明治村構想」を発案。愛知県の「明治村」にならい、市内に点在していた6棟の洋館を旧グラバー住宅一帯に移築し、1974年「グラバー園」として開園した。

多くの観光客でにぎわう場所となった
多くの観光客でにぎわう場所となった

異国情緒あふれる長崎を感じる観光スポットとして現在は年間約80万人が訪れ、長崎観光を支えている。戦後の長崎が「観光の街」として栄えるきっかけとなったひとつが、ここグラバー園なのだ。

新たなグラバー園の楽しみ方

開園から50年が過ぎ、2025年5月には来園者9000万人を達成した。歴史を感じる以外にも、様々な楽しみ方ができるのもグラバー園の魅力だ。

「グラバー園ランタンナイト」2026 年 3月 31 日まで
「グラバー園ランタンナイト」2026 年 3月 31 日まで

3月31日までは「グラバー園ランタンナイト」が開催中だ。日没後、400 個のカラフルなランタンとイルミネーションが園内を彩り、普段とは違う表情を見せてくれる。

喫煙所の裏の木をよ~く見ると…
喫煙所の裏の木をよ~く見ると…

グラバー園のパワースポットとして石畳の「ハートストーン」はすっかり有名になったが、新たなハートがお目見えした。喫煙所の裏に生えている木をよ~く見ると…。

枝の付け根がハート
枝の付け根がハート

枝の付け根が「ハート」になっている。自然にできたものなので形は徐々に変わるかもしれないが、グラバー園を訪れた際にはぜひ探してみてほしい。

レストハウス付近の石畳にあるハート
レストハウス付近の石畳にあるハート

「ハートストーン」は、旧グラバー住宅の近く、グラバーカフェの階段そば、レストハウス付近の3カ所にある。「ハートの石に触れて願い事をすれば恋が叶う」とも言われている。

グラバー園は魅力いっぱい
グラバー園は魅力いっぱい

長崎が発展を遂げた歴史や異国情緒を楽しみながら、園内を散策してほしい。

(テレビ長崎)

テレビ長崎
テレビ長崎

長崎の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。