全日本フィギュアスケート選手権が12月22日(木)から大阪府門真市の東和薬品RACTABドームで開催される。

さまざまな思いや目標を抱えて全日本選手権に挑む選手たち。

今回は坂本花織(22)の全日本連覇への思いに迫る。

昨シーズン、北京五輪銅メダル、さらには世界選手権金メダルを獲得し、悲願を叶えたシーズンを送った。

世界選手権で金メダルを獲得した坂本花織
世界選手権で金メダルを獲得した坂本花織
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しかし、その重圧は計り知れないほどのものがあり、今シーズンは思い描くような演技ができず、GPファイナルではまさかの5位に沈んだ。

それでも、12月中旬に取材した際の坂本は「戦う気満々」と気持ちを切り替え、全日本に向かっていた。

日本女子のエースとして、全日本連覇は譲れない。

栄光のシーズンからのリスタート

坂本の昨シーズンの活躍は、記憶に新しいだろう。

疾走感溢れるスケーティング、そして、スピードを活かしたダイナミックなジャンプ。4回転やトリプルアクセルの大技に頼らずとも、出来栄え点で多くの加点を得る演技で世界を席巻。

昨年の全日本で優勝し、北京五輪代表を掴み取ると、その舞台でも完成度の高い演技を見せ、銅メダルを獲得。2010年バンクーバー五輪の浅田真央以来となる、日本女子のメダリストとなった。

世界選手権でも期待に応える演技をし、見事メダルを獲得した
世界選手権でも期待に応える演技をし、見事メダルを獲得した

さらに、3月に行われた世界選手権でも期待に応える演技で金メダルを掴み、最高の締めくくりで大躍進のシーズンを終えた坂本。

そして、7月、その姿はカナダ・モントリオールにあった。

五輪翌シーズン、休養する選手も多くいる中、坂本は確かな思いを持って、次なる一歩を踏み出していた。

――欲しいものを手に入れてから挑むシーズン。そのモチベーションは?

逆に初心に返って、イチから次の4年間目指すつもりで頑張っていこうかなと思っています。

初めて一人きりでモントリオールまで“海外遠征”をした坂本
初めて一人きりでモントリオールまで“海外遠征”をした坂本

――大きな肩書を2つ得て、重荷は大丈夫ですか?

今のところ大丈夫です!今後どうなるかはわからないんですけど、今はひと段落ついたなって感じで落ち着いている状態。1回、平昌(五輪)でそういうのやったので。

オリンピック選手として、恥じないようにって次のシーズンすごく頑張って、その次のシーズンに燃え尽きたので。このガンガンガーンっていう波を緩やかにしていくために…1回目は大体ハメ外すことが多いので、2回目は大丈夫だろうと思うので、緩やか〜にまた上がっていけたらなと思っています。

――今シーズンのテーマは?

“変化”。自分のイメージもありつつ、こういうこともできるっていう発見をして、どんどん固定観念を崩していけるような感じのシーズンにしていきたい。結構きついと思うけど、諦めずに頑張りたいなと思ってます。

“変化”を求めて新たなチャレンジ

2022-23シーズンの坂本のテーマは「変化」。

新たなシーズンに向け、髪型もショートカットにイメージチェンジした坂本は、プログラムも新たな曲調に挑戦。

ショートプログラムは、「ジャネット・ジャクソンメドレー」。

ジェイソン・ブラウンらを担当した、ロヒーン・ワードと初めてタッグを組み、“うねり”が多いというダンサブルなナンバーを、運動量豊富に演じる。

「めちゃくちゃ難しいなって思うことはたくさんあるんですけど。周りの評判もすごく良かった。やっていて、これを自分のものにできたらまた1つ成長できるなって感じです」

フリーでは初めて女性振付師とのプログラムをつくり上げた
フリーでは初めて女性振付師とのプログラムをつくり上げた

一方のフリーは、Siaが歌う「Elastic Heart」。

ネイサン・チェンのプログラムを手掛けたマリー=フランス・デュブレイユに初めて振り付けを依頼。フリーでは初となる、女性振付師とのプログラムで新たな一面を開拓する。

「最初はすごくスローな感じで、柔らかいイメージなんですけど、その中に力強さがあって。自分らしいスケートを出しつつ、新しい自分も見せつつ、みたいなプログラムになっているんじゃないかな」

デュブレイユからしなやかで洗練された所作を学んだ
デュブレイユからしなやかで洗練された所作を学んだ

「Elastic Heart」は「不屈の心」という意味を持つタイトル。昨シーズンも様々な重圧を乗り越えてきた坂本にぴったりの楽曲だ。

「最初にこの曲を選んだ時に『すごく花織っぽいね』ってマリー先生に言われて。曲の感じ的に確かに自分っぽいところあるかもって思いながらやっていて。

今までは、架空の誰かになりきってとか、その人の感情になりながら、とかやったんですけど、自分の内から湧き出るものを表現するというのは割と初めてかもしれない。表情も出しやすかったり、できることが見えてきた。本当に自分らしい曲でできるので、自分らしく弾けられるかなと思ってます」

7月にモントリオールで、フリーのブラッシュアップを行った坂本。ダンス専門のコーチとともに、陸上で振り付けを体に落とし込み、さらに氷上ではデュブレイユと“しなやか”な動きを磨いた。

葛藤が続く今シーズン

順調なオフを過ごした坂本だったが、シーズンに入ると順風満帆とは言えない日々が続いた。

8月、出場するはずだった地方大会をコンディション不良で棄権。

「(地方大会前は)初めてぐらい、本当に何も跳べなくなってしまって。試合になったらどうにかなると思えないぐらいの調子で。まずいなって。初めてそういうので棄権して。でも、次から次へ試合はくるので、切り替えていくしかないと思った」

そんな姿に中野園子コーチも、例年とは違う“危うさ”を感じていた。

「終わってからの方が重圧があるんだと思います。やるまではもう必死で。とにかく言われた通り、精一杯、本人も突っ走ってきた。ふと気がついたら自分が世界一に立ってしまっていたというので、それからの重圧の方が彼女は大きかったと思います。

『世界選手権とオリンピックのことは夢だと思おう』とこの間、話しました。またイチから戻って出直すつもりで頑張りたいと思います」

五輪メダリスト、世界女王という2つの肩書は、静かに重圧として、坂本に襲いかかった。

初戦となったロンバルディア杯では2位に
初戦となったロンバルディア杯では2位に

すべての試合で優勝が期待される中で挑む、今シーズン。初戦となったロンバルディア杯では、細かいミスが響き2位。いきなり優勝を逃す、まさかのスタートとなった。

2戦目のGPスケートアメリカはなんとか優勝したものの、続くNHK杯ではショート・フリーともにミスを重ね、2位。その大会終わり、ミックスゾーンでは苦しい胸の内を明かした。

「このシーズンに入って頑張らないといけないという気持ちがある中で、どこか自分の頭の中の“悪魔と天使”が戦っていて、『頑張らないと』と言ってる自分と『もう頑張り疲れた』という自分がいた。そこを今すごく葛藤中なので、なんとか悪魔をやっつけたい」

苦しい試合が続く中でも、GPファイナル進出を決めた坂本。しかし、そのファイナルでも厳しい結果が待ち受ける。

ショートでは、「今シーズン1番」という演技を見せ、75.86点のシーズンベストをマークし、1位でフリーに進出。しかし、そのフリーではジャンプのミスが相次ぎ、スコアは116.70点と出場6名中6位となり、全体で5位に沈み、表彰台を逃した。

12月中旬にインタビューに応じてくれた坂本
12月中旬にインタビューに応じてくれた坂本

「なんか試合放棄したみたいな感じになってしまって。後々調べてみたらシニアに上がってから(GPシリーズで)1番点数が低かったって。でも、多分それまで低かったのが(シニア)最初の年のロシア大会のフリーだった。それを下回ったって、もう相当ヤバイなと」

それでも、坂本の心は折れてはいなかった。

「でも、まあまあ『これぞ、どん底やな』というのをもう1回経験できたので、それは良かったかなと思いました」

今シーズン1番のモチベーションでどん底から這い上がる

GPファイナルから帰国して間もなく、神戸のホームリンクで何度も何度もフリーの曲かけする坂本の姿があった。

「落ちて、泣いて、吹っ切れた(笑)」

悔しさを積み重ね、どん底まで沈んだからこそ、重圧や葛藤が吹っ切れたという坂本。

持ちバーションは「今が一番いい」と語る坂本
持ちバーションは「今が一番いい」と語る坂本

――率直に聞きます。今、1番何を思ってますか?

ファイナルが終わって、すごい悔しくて。気持ち的にその時はすごい落ち込んだんですけど、NHK杯でも悔しい思いをして、またファイナルで悔しい思いをして。今は今シーズンの中で一番モチベーションがいいかなとは思っています。

――今シーズンで1番、モチベーションが高い状態?

今はもう全然数カ月前よりも、“戦う気満々”で挑んでいます。悔しい思いが今シーズン何回もあって、だいぶ立ち直れてきたかなって思うので、今はもう結構前向きに日々の練習に取り組めているかなと思います。

――全部上手くいくって難しいですね。

そんな感じです。なんか頑張り続けるって、意外と難しいなって思いました。(今は)だいぶ気合いも入っているし。やっぱり、もうここまできたらやらないと!っていう感じです。

中野コーチやグレアム充子コーチから叱咤激励を受けながら、全日本に向けて1時間30分、ノンストップで動き続けた。中野コーチも坂本の“這い上がる姿”を期待する。

「落ちるとこまで落ちたので。『やるなら頑張ってやろうよ、嫌ならいいよ』と言いました。お互い立ち直るのに時間がかかったので、何度か話をして。もう吹っ切れたんじゃないかと思います。そこまで行ったら、ちょっとスイッチが入るだろうと神様が決めたんだと思います」

“戦う気満々”世界女王が挑む、全日本連覇

今シーズンは、島田麻央ら大技を有する“シン・時代”のジュニア勢も全日本に挑んでくる。日本女子のエースとして、その貫禄を見せたいところだ。

「負けたくはない、マジで。ジュニアには負けたくない」

「…今、5秒前ぐらいに『負けたくない』とは言っているけれど、でもやっぱり人と戦うとどうしても自分を見失ってしまうので。今は本当に自分に対して集中するべきだと思うし、集中してこそ良い結果がついてくる。最後の最後まであきらめずに頑張りたいなと思っています」

坂本はジュニア勢には「負けたくない」が「自分自身の戦い」だと語る
坂本はジュニア勢には「負けたくない」が「自分自身の戦い」だと語る

ようやくスイッチが入った坂本に改めて自身の強みを聞いた。

「これはずっと言い続けているけど、迫力とか、力強さは絶対に負けない。中野先生に、『その足は何のためにあるのー!』と言われるぐらい、自分の体を有効活用して、しっかり見せるところは見せて、跳ぶところは跳んで、回るところは回って、しっかり自分の良さを見せて、自分にも勝って、良い結果を残せたら1番ベストかな」

――今こそ“Elastic Heart(不屈の心)”?

本当に。自分もそれ、めっちゃ思いました(笑)。これでシーズンの最後に、ショートも含めてやり切れたら、このフリーの意味がますます深くなるんじゃないかなって。

――全日本の目標は?

(全日本が)迫って、やっと…やっとやる気にもなれてきたし、もう必死に頑張るしかないなっていう気持ちになれたので、目指すところを目指して、しっかり調整できたらなと思っています。

――「目指すところ」とは?

やっぱり優勝、全日本優勝して、世界選手権の切符を掴むことです。

――最後フリーが終わって、どんなリアクションできたらいいですか?

ちょっと最近も渋い顔で終わることが多いので、そろそろ自分らしい顔で終わりたいなというのはありますね(笑)。

――その顔とは?

(自分の顔を指差して)これ!(笑)。

インタビューの最後には、ここ一番の笑顔を見せてくれた坂本。五輪翌シーズン、様々な重圧と葛藤を乗り越えるまであと少し。

女王の意地を見せ、坂本らしさ全開の笑顔の全日本となるか。五輪メダリスト・世界女王の這い上がる姿から目が離せない。

全日本フィギュアスケート選手権2022
フジテレビ系列で12月22日(木)から4夜連続生中継(一部地域を除く)

https://www.fujitv.co.jp/sports/skate/japan/

全日本までの道の詳しい概要はフジスケで!
https://www.fujitv.co.jp/sports/skate/figure/toJPN.html

フィギュアスケート取材班
フィギュアスケート取材班