11月に中間選挙を控え、アメリカ国内では緊張が高まり始めている。

この背景には、トランプ前大統領が共和党内の自らに反対する候補者を排除し、影響力を強めていることに加え、トランプ氏の支持者らがFBI(米連邦捜査局)によるトランプ氏宅の捜索に猛反発し、その怒りが頂点に達していることが挙げられる。識者やアメリカメディアからは、分断と対立を強めるアメリカ国内の現状を「第2次南北戦争」「内戦」に例える論調も出ている。2020年の大統領選挙の結果に端を発した、連邦議会襲撃事件の悪夢の再来も懸念されている。こうした中で、現職のバイデン大統領とトランプ氏が、激戦が予想されるペンシルベニア州でそれぞれ応援演説を行った。両氏は、激しい言葉で互いを非難するなど、対立はさらに深まっている。

バイデン氏支持率“やや上昇”のワケ

「国家の魂をかけた戦い」と銘打った演説を行うバイデン大統領(ペンシルベニア州)
「国家の魂をかけた戦い」と銘打った演説を行うバイデン大統領(ペンシルベニア州)
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バイデン大統領が直面する課題は山積している。記録的なインフレ、エネルギー価格の高騰、中絶問題、治安の悪化、不法移民対策。外交では、ロシアのウクライナ侵攻や、台湾をめぐる中国との緊張関係。2021年8月にはアメリカ軍のアフガニスタンからの完全撤退を実現したものの、脱出を果たせなかった人々が取り残されたことで、アメリカの威信が失墜。それ以降、バイデン氏の支持率は急激に低下し、各種世論調査では就任以来最低の支持率ともなっていた。

しかし、ここに来てバイデン氏の支持率が「やや上昇」傾向にある。その要因はいくつかあり、約4300億ドル(日本円で60兆円規模)の気候変動対策や医療費負担軽減などが盛り込まれた、「インフレ抑制法」が成立したこと。また、銃規制を強化する法律の成立や、1人当たり最大2万ドルの学生ローン返済を一部免除することも発表され、公約を着実に実行している点が大きい。また、ビンラディン容疑者が死亡した後にアルカイダの指導者となったザワヒリ容疑者を、潜伏先のアフガニスタンで無人機攻撃により殺害したことも、支持率の上昇を助けた。

アメリカでは、2022年最大の政治イベントとなる中間選挙がまもなく行われる。4年ごとの大統領選挙の「中間」で行われ、時の大統領の政権運営に対して、有権者が審判を下す機会と位置づけられている。今は上下両院ともに民主党が主導権を握っているが、事前の予想では民主党が大幅に議席を減らすとされていて、バイデン氏は巻き返しに躍起となっている。

バイデン氏の演説会場で演奏する海兵隊だが、軍の選挙利用という批判の声も
バイデン氏の演説会場で演奏する海兵隊だが、軍の選挙利用という批判の声も

トランプとその支持者は「過激主義」 

バイデン氏が9月1日に訪れたのは東部ペンシルベニア州。独立宣言や憲法が署名されたフィラデルフィアの「独立記念館」は、赤くライトアップされ、海兵隊のバンドが会場に音楽を奏でていた。この歴史的な場所で、バイデン氏は「国家の魂をかけた戦い」と銘打った演説を行った。時間は現地の午後8時。仕事を終え、帰宅した多くの人がテレビを見る「ゴールデンタイム」を狙い、テレビ局に通常番組の中断を依頼する気の入れようだった。

「私が今夜ここに立っているとき、平等と民主主義は攻撃を受けている。ドナルド・トランプとMAGA共和党は、私たちの国の根幹を脅かす過激主義を象徴しているのです」。

「MAGA」とは、トランプ氏の代名詞(Make America Great Again:米国を再び偉大に)の頭文字をとった言葉だ。バイデン氏はトランプ氏と、それを支持する共和党員を厳しく非難した形だ。さらにこう続けた。

「共和党がトランプとMAGA共和党に支配され、駆り立てられ、脅かされていることは間違いなく、それはこの国にとって脅威だ。彼らは権威主義的な指導者を推戴し、政治的暴力の炎をあおる。それは私たちの個人的権利、正義の追求、法の支配、この国の魂に対する脅威だ」。

バイデン氏は普段、「トランプ」という言葉を極力使わず「前大統領」という言葉を用いている。しかし、この演説では「トランプ」と連発し、「国家の脅威」と強調することで、自らとトランプ氏の対立を選挙戦で敢えて前面に押し出した形だ。そしてバイデン氏は、「私は国民に、イデオロギーに関係なく、民主主義を守るという一つの目的のために団結するよう求めている。私は大統領として、全身全霊を傾けて民主主義を守る」と述べ、今回の中間選挙で与党・民主党への投票を呼び掛けた。

バイデン氏はトランプ氏の大統領時代に、アメリカ国内の「分断」が深まったと指摘し、「協調」や「結束」をこれまで強く訴えてきたが、この演説では明確な「敵」を作り出すことで、むしろ分断を加速させたとの見方も強い。それだけ選挙戦へのなりふり構わないバイデン氏の必死さが垣間見えた。

トランプ氏「バイデンこそが国家の敵だ」

トランプ氏の演説会場には「USAコール」も巻き起こった(トランプ氏のSNSより)
トランプ氏の演説会場には「USAコール」も巻き起こった(トランプ氏のSNSより)

一方、痛烈に批判されたトランプ氏は9月3日、同じペンシルベニア州で大規模集会を開催した。バイデン氏の演説会場が厳かな雰囲気を醸し出したのとは対照的に、こちらの会場ではビートルズの「All You Need Is Love」などが流れ、トランプ氏が登場するとミュージカル「キャッツ」の「メモリー」の歌詞が響いた後には、ヴィレッジ・ピープルの「Y.M.C.A.」に切り替わり、聴衆からは「USAコール」も巻き起こった。

「この国が地獄に落ちるのを終わらせる」。

トランプ氏は冒頭からバイデン氏らへの批判を繰り出していく。

「バイデンの演説は歴代大統領による演説の中で最も悪質で、憎しみに満ち、分裂を生むものだ。この選挙は、バイデンと民主党の急進派に対する国民投票なのだ。バイデンこそ国家の敵だ!」と糾弾。さらに聴衆にこう語り始めた。

「MAGA運動の共和党員は民主主義を弱体化させようとしているのではない。私たちは民主主義を救おうとしている」「バイデン政権は最大の政敵の家にFBIを送り込んでいる。正義の茶番劇で恥ずべきことだ。このひどい法律の乱用は、誰も見たことのない反発を生むだろう」「司法省は、左翼過激派の悪党、弁護士、メディアに支配された悪質な怪物と化している」。

トランプ氏は演説のかなり部分を、FBIによる捜査への批判に費やした。それだけ、トランプ氏にとっては琴線に触れる事態となっているのだろう。

痛烈な批判と「アメリカを再び偉大な国に」

バイデン大統領を痛烈に批判するトランプ氏(共和党候補者ダグ・マストリアーノ氏のツイッターより)
バイデン大統領を痛烈に批判するトランプ氏(共和党候補者ダグ・マストリアーノ氏のツイッターより)

トランプ氏の演説は、選挙の候補者の演説を断続的に挟んで約2時間半も続いた。次々と繰り出されるバイデン政権への批判は止まらない。

「バイデンが進める電気自動車は運転に費やせる時間より、充電する時間の方が長いんだ。人々はそれを買う余裕はないし、バッテリーは全て中国製だ。レアアースも全て中国製だ」「トランプ政権のもとでは、インフレもなく、世界史上最高の経済があった。バイデンと民主党の議会は過去50年で最悪のインフレを引き起こした」「大卒者の数千億ドルの負債を帳消しにする不道徳な計画で経済を悪化させている。考えてみてくれ。なんて不公平なんだ」「アフガニスタンの撤退に失敗した結果、世界で2番目に大きな武器商人はアフガニスタンだ」「最も屈辱的だったのは、プーチンが侵攻したことだ。私があなたの大統領だったら、そんなことは決して起きなかっただろう」。

バイデン氏が強くアピールする実績も含めた政策に対して、次々と批判を繰り出し打ち砕く。事実関係は別にして、この指摘に会場は沸いた。さらにトランプ氏は、次の2024年の大統領選挙に向けては、「この卑劣で執念深い政治家階級の支配を打ち砕き、ワシントンDCを一掃し、人々のための政府を取り戻さなければならない」と述べて、改めて出馬をにおわせていた。

最後にトランプ氏はこう締めくくった。

「私たちは、アメリカを再び裕福にする。私たちは、アメリカを再び強くする。私たちは、再びアメリカを誇りある国にする。私たちは、再びアメリカを安全する。そして、アメリカを偉大な国にする」。

分断は加速…類似する「南北戦争」との状況

中間選挙を経て米国の分断がさらに加速する懸念も挙がる
中間選挙を経て米国の分断がさらに加速する懸念も挙がる

バイデン政権が誕生してから、アメリカ国内の分断と対立はさらに加速しているという見方は強まっている。「YouGov」が8月に行った世論調査では、アメリカ人の3人に2人が今後数年間で分断が拡大すると予想し、5人に2人のアメリカ人が、今後10年間に内戦が起こる可能性があると考えていると答えている。共和党の支持者に絞れば、その数字はさらに高まる。

こうしたアメリカの状況に、アメリカがかつて陥った内戦「南北戦争」に例えて、危機的な状況にあるという声も多く挙がっている。

当時の「奴隷制度」まではいかないものの、国論を二分するような、中絶の権利、移民、警察改革、コロナ対策の義務化、同性愛者の権利、銃規制、連邦政府と州の権利、学校での教育といった問題でアメリカ国内が分断されていること。選挙区の事情を見てみれば、州単位で「赤(共和党)」と「青(民主党)」がほとんどくっきり色分けされていて、接戦州と呼ばれる州はかなり少なくなってしまっていること。さらに、新型コロナの大流行によって、マスクやワクチンの義務化は、より大きな対立をさらに加速させたこと。南北戦争の要因の1つが、リンカーンが当選した大統領選挙とすれば、2020年の選挙を否定し続けているトランプ氏の主張は大きな亀裂をさらに深めているというものだ。アメリカメディアの記事には「内戦はすでに始まっている」というセンセーショナルなものもみられる。

米議会襲撃事件(2021年1月)
米議会襲撃事件(2021年1月)

もちろん、アメリカ国内が再び二分されて軍事的な衝突をするような、差し迫った危機的な状況にはないし、その可能性も極めて低いものだろう。一方で、政治家たちの党派に固執した対立の結果、さらなる分断があおられ、加速する現状は、再び議会襲撃事件のようなことが起きる可能性を否定できない。

アメリカの政治家たちが自らの言動を見直すとともに、0か100かのような極端な決定ではなく、双方の妥協と協調によって政治を前に進めていく必要もあるのではないかと考える。

【執筆:FNNワシントン支局 中西孝介】

中西孝介
中西孝介

FNNワシントン特派員
1984年静岡県生まれ。2010年から政治部で首相官邸、自民党、公明党などを担当。
清和政策研究会(安倍派)の担当を長く務め、FNN選挙本部事務局も担当。2016年~19年に与党担当キャップ。
政治取材は10年以上。東日本大震災の現地取材も行う。
2019年から「Live News days」「イット!」プログラムディレクター。「Live選挙サンデー2022」のプログラムディレクター。
2021年から現職。2024年米国大統領選挙、日米外交、米中対立、移民・治安問題を取材。安全保障問題として未確認飛行物体(UFO)に関連した取材も行っている。