2016年の米大統領選を前にワシントンを訪れた際、私は政治コンサルタントのディック・モリス氏に話を聞く機会を得た。ビル・クリントン政権で選挙参謀を務めたことで知られ、当時はドナルド・トランプ候補の「影の助言者」とも目されていた人物である。
「『アメリカ・ファースト』でトランプは勝つよ」。モリス氏はそう言って、理由を簡潔に説明した。「米国は他国のために血と金を費やすことに疲れている。世界のためではなく、自国のために動くというメッセージが支持される」。
当時の米国には、イラク戦争や長期にわたる中東関与への倦怠感が広がっていた。オバマ政権下でも対外関与は続き、有権者の間には「もう外国の戦争には関わりたくない」という空気が強まっていた。トランプ氏はその感情を的確に捉え、「アメリカ・ファースト」という言葉で一気に可視化したのである。
その結果は周知の通りである。このスローガンは単なる選挙戦術を超え、支持者の価値観そのものとなった。いわゆるMAGA(Make America Great Again)運動の思想的中核である。
だが第2期トランプ政権の動きは、この理念との間に微妙なずれを生み始めている。昨年のイラン核関連施設への攻撃、今年初めのベネズエラへの軍事介入に続き、今回のイランへの大規模攻撃は、その流れを決定づける出来事となった。
「アメリカ・ファーストではない」陣営内部から異論
トランプ大統領は「差し迫った脅威の排除」を掲げたが、結果として中東全体の緊張を一気に高め、報復の応酬を招いている。さらに、政権転換も視野に入れたと受け止められる強硬姿勢は、「関与の縮小」という従来の方針とは明らかに方向を異にする。
こうした変化に対し、これまでトランプ氏を支えてきた陣営の内部から異論が噴出している点は見逃せない。保守派の論客タッカー・カールソン氏は今回の攻撃を「邪悪」と断じ、ランド・ポール上院議員らも憲法上の手続きを欠くとして批判に回った。
I am opposed to this War.
— Thomas Massie (@RepThomasMassie) February 28, 2026
This is not “America First.”
When Congress reconvenes, I will work with @RepRoKhanna to force a Congressional vote on war with Iran.
The Constitution requires a vote, and your Representative needs to be on record as opposing or supporting this war.
また、共和党のトーマス・マッシー下院議員(ケンタッキー州)はXにこう投稿している。
「私はこの戦争に反対する。これは『アメリカ・ファースト』ではない」
The Trump admin actually asked in a poll how many casualties voters were willing to accept in a war with Iran???
— Former Congresswoman Marjorie Taylor Greene🇺🇸 (@FmrRepMTG) February 28, 2026
How about ZERO you bunch of sick fucking liars.
We voted for America First and ZERO wars.
さらに、MAGA強硬派として知られ、次期大統領選への出馬も噂されるマージョリー・テイラー・グリーン元下院議員は、「我々は『アメリカ・ファースト』と“戦争ゼロ”に投票したはずだ」とXで訴えた。ネット上でも「MAGAの終焉」といった言葉が飛び交い、支持基盤の動揺が表面化している。
イラン攻撃で“共和党内の均衡”揺らぐ
もっとも、共和党全体が離反しているわけではない。議会指導部を含む多数派は依然として大統領を支持し、外交的手段が尽きた以上、軍事行動はやむを得ないとする現実主義的立場をとっている。そこには、強い軍事力によって国際秩序を維持するという、伝統的な共和党外交の発想も色濃く残る。
問題は、この二つの潮流が同じ政党内に併存していることである。対外関与を抑制すべきだとするナショナリズムと、必要ならば武力行使をためらうべきではないとする従来型保守主義。その緊張関係は、これまではトランプという個人の求心力によって辛うじて覆い隠されてきた。
だが今回のイラン攻撃は、その均衡を揺るがし始めた可能性がある。今後予定される戦争権限をめぐる議会採決では、共和党内から造反が出るとの見方もあり、一方で民主党の一部が支持に回るというねじれ現象も起きつつある。
「アメリカ・ファースト」は、単なる外交方針ではなく、内向き志向の時代精神を象徴する言葉であった。その旗のもとに結集した支持層が、対外軍事行動を契機に揺らぎ始めているとすれば、それは一過性の政策論争にとどまらない。
戦争はしばしば国家の進路を変える。そして時に、政治運動そのものの性格をも変質させる。2016年にモリス氏が語った「内向きのアメリカ」は、いま別の姿へと変わりつつあるのか――。そうした転換点に差し掛かっていると映る。
(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)
