トランプ新政権が目指す不法移民の大規模な強制送還や、厳格な国境管理の準備が進む中で、移民希望者を支援する団体は、今後への不安を募らせるとともに、“駆け込み移民”の殺到に向けた準備も進めていた。

“駆け込み移民”の急増に対応すべくテキサス州当局は大規模訓練を実施(テキサス州当局SNS)
“駆け込み移民”の急増に対応すべくテキサス州当局は大規模訓練を実施(テキサス州当局SNS)
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一方で、移民受け入れに反対する団体からは「射殺しろ」との声も挙がり、大きな議論になっている。現地で対応にあたる識者に話を聞いた。

キリスト教の牧師が「不法移民を射殺しろ」

キリスト教民族主義者で、トランプ氏の支持者としても知られている、ジョエル・ウェボン牧師は2024年11月13日、ポッドキャストで不法に入国した移民を射殺することは「より慈悲深い選択肢」と発言し、物議を醸した。さらに、ウェボン氏は「今後20年から25年間、移民は事実上ゼロであるべきだ。不法移民ではなく、合法的な移民の話だ」と、移民の完全な停止を提唱する持論も展開し、国境の壁の建設も訴えた。こうした過激な意見に賛同する声は一定層ある。

トランプ氏は不法移民を「宇宙人」「動物」などと揶揄
トランプ氏は不法移民を「宇宙人」「動物」などと揶揄

トランプ氏も合法的な移民は認めているが、不法移民に対して「動物」「エイリアン」などと揶揄し、およそ人間扱いしていない。国境周辺では過激団体による不法入国者や人権擁護団体への嫌がらせや、暴力も起きている。

偽情報で金を巻き上げる人身売買業者

テキサス州で移民希望者を支援する財団を運営するエリック・ピアソン理事長は、「いつも移民の波が押し寄せてくる。それは減速し、回復し、減速する」と述べて、トランプ新政権で一時的に不法入国者が減っても、いずれは元に戻ると予測する。

エリック・ピアソン理事長
エリック・ピアソン理事長

ピアソン氏は「前回のトランプ大統領就任でわかったことは、彼が下した決断の多くが、ある日突然実行され、翌日には実行されないという不確実なものだった」と指摘。実際に何が実行されるのかを見極めた上で、今後の対応を決定していくと強調した。

テキサス州はトランプ新政権を見据えて、国境の壁の建設を再開した
テキサス州はトランプ新政権を見据えて、国境の壁の建設を再開した

さらにピアソン氏は、トランプ政権発足を前に人身売買業者が移民希望者に対して「国境がすぐ閉鎖される」などと偽の情報を流していることを教えてくれた。焦りをあおり、入国希望者から金を不当に搾取しているのだ。

「コヨーテと呼ばれる人身売買をする人たちは、事実無根の噂を広めて、すぐに国境が閉鎖されると言っている。アメリカへの安全な渡航を提供するために、何千ドルも巻き上げている」

人身売買業者が国境閉鎖の偽情報を流しているという
人身売買業者が国境閉鎖の偽情報を流しているという

ピアソン氏はトランプ氏が不法入国者の増加を「侵略」と呼んだことには違和感があるという。

「私の考えでは侵略とは、お金もなく、食べ物もなく、着るものもない人たちが、命や怪我を負う危険を冒して、歩いて、列車の上に乗ってやってくることではない」

「大量の死亡者が出る準備を進めている」

また、移民希望者を支援するNPO団体のアメリカ・グレワール代表は、“駆け込み移民”の増加によって「大量の死者が出ることに対する準備を始めた」と語る。

アメリカ・グレワール代表
アメリカ・グレワール代表

グレワール氏のNPOは、危険な国境を超える旅の途中で亡くなった人の身元を特定し、遺体や遺骨、遺灰を故郷に帰している。バイデン政権が6月に厳しい入国管理に方針を転換して以降も、身元不明の遺体は定期的に発見されているという。さらに今後、“駆け込み移民”が急増すれば、それだけ命を落とす人も増えると見ているのだ。

大人数でジャングルを移動することも
大人数でジャングルを移動することも

「遺品の整理は3人で行う。1人はカメラを持っている。1人はメモ帳を持つ。もう1人はバックパックを開けて、食料を取り出し、着替えを取り出す。すべて写真に撮る。指紋も含めてデータベースに登録される」

過酷な国境超えで命を落とす人も少なくないという
過酷な国境超えで命を落とす人も少なくないという

トランプ政権発足前に大量の移民希望者が殺到するとの情報については、「メキシコで何が起きているのか、きちんとした統計を持っていない。バスで何人来ているのか、トラックで何人来ているのか。何人が密入国しているのか。基本的にブラックホールだ」と嘆いていた。グレワール氏は最後にこうつぶやいた。

「私たちは最悪の事態に備えている。トランプが約束を果たそうとしていることに備えている」

新政権発足前の入国「ベストだと考えるだろう」

カトリック系慈善団体で事務局長を務めているシスター・ノーマ氏は、2020年にタイム誌で「最も影響力のある100人」の一人に選ばれた人物だ。現在の状況と今後の行方について考えを聞いた。

タイム誌で「最も影響力のある100人」の一人に選ばれたシスター・ノーマ氏
タイム誌で「最も影響力のある100人」の一人に選ばれたシスター・ノーマ氏

「メキシコ側では、より多くの人々が集まり、入国に興味を持ち始めている。しかし、彼らの大半はまだ入国していない。彼らはどのタイミングで入国するのがベストなのかを探っている」

コロンビアから「暴力から逃れるため」とアメリカに入国した女性
コロンビアから「暴力から逃れるため」とアメリカに入国した女性

ノーマ氏によれば、メキシコ側では移民希望者の増加によって、すでに現地の教会関係者などが食事や水を提供する費用を捻出できなくなっているという。

「新政権が発足すれば、多くの人々が渡航を試みることを躊躇することになると思う。ほとんどの人は2025年の1月前に来るのがベストだと考えるだろう」

移民希望者には未成年者も多くいた(テキサス州当局SNS)
移民希望者には未成年者も多くいた(テキサス州当局SNS)

多くの移民希望者達が家族連れのため、子どもや赤ちゃんのためのミルクや薬の準備も進めているという。衣類や衛生用品も必須だ。さらに冬の時期に川を越えて越境する場合は、「水中の極端な気温の低下ために体調を崩したり、怪我をしたりする人もいる」とも指摘する。

トランプ新政権の発足を間近に控える中、アメリカへの移民を巡っては様々な意見が飛び出し、各所で具体的な動きも出ている。大規模な強制送還は実現するのか。軍の動員も行われるのか。治安改善や違法薬物の取り締まりに期待の声も挙がる一方で、経済への影響に懸念も挙がる。トランプ新大統領の決断に、多くのアメリカ国民が注目している。
(FNNワシントン支局 中西孝介)

中西孝介
中西孝介

FNNワシントン特派員
1984年静岡県生まれ。2010年から政治部で首相官邸、自民党、公明党などを担当。
清和政策研究会(安倍派)の担当を長く務め、FNN選挙本部事務局も担当。2016年~19年に与党担当キャップ。
政治取材は10年以上。東日本大震災の現地取材も行う。
2019年から「Live News days」「イット!」プログラムディレクター。「Live選挙サンデー2022」のプログラムディレクター。
2021年から現職。2024年米国大統領選挙、日米外交、米中対立、移民・治安問題を取材。安全保障問題として未確認飛行物体(UFO)に関連した取材も行っている。