トランプ新政権の目玉公約の一つが、アメリカ国内の不法滞在者に対する「史上最大の強制送還作戦」を含む、厳格な国境管理政策だ。トランプ氏は「国家非常事態宣言」を発令し、軍隊を動員する考えも表明している。現在、アメリカ国内の不法滞在者は約1100万人とされ、大規模な強制送還には年間880億ドル(約13兆円)、最終的に150兆円を超える予算がかかるとの試算もある。

メキシコからアメリカへの不法入国は後を絶たない
メキシコからアメリカへの不法入国は後を絶たない
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しかし、トランプ氏は「国境の皇帝」と呼び、第一次トランプ政権で移民関税執行局の局長代行を務め、不法移民に強硬な姿勢をとることで知られるトム・ホーマン氏を国境管理問題の責任者に任命するなど準備を着実に進める。大統領に就任する1月20日以降、どのような決断を下すのか、大きな注目が集まっている。

「国境の皇帝」とも呼ばれるトム・ホーマン氏
「国境の皇帝」とも呼ばれるトム・ホーマン氏

一方、国境では、トランプ政権発足前に「駆け込み移民」を目指す動きも活発化。現地を取材した際には、200人以上の不法入国者の集団に遭遇した。その際には、60人もの未成年が1人で国境を超えている驚愕の事実も明らかになり、最年少はたった2歳の女の子だった。犯罪組織による人身売買や誘拐の可能性を視野に当局は捜査を開始した。

国境管理に限界…次々と見つかる不法入国の痕跡

アメリカ南部テキサス州第2の都市サンアントニオから、車で約2時間半移動すると、国境の町イーグルパスに到着する。コロラド州から流れ出し、メキシコ湾に注ぐリオ・グランデ川を挟んで、アメリカとメキシコの国境に接している。リオ・グランデ川の水深が浅い場所を利用して、メキシコからの不法越境をする人達は後を絶たない。

リオ・グランデ川を挟みアメリカ(右側)とメキシコ(左側)の国境となっている
リオ・グランデ川を挟みアメリカ(右側)とメキシコ(左側)の国境となっている

川沿いには有刺鉄線や、鉄柵も設置されているほか、「国境の壁」も建設されている。しかし、現地を訪れてみると、国境の壁は途中で建設が中断され、抜け穴が点在していることが分かる。当局は国境の警備・監視に州兵・警察などから人員を大量動員しているが、それでも人は足りているとは言えない状況だった。

国境の壁は建設が中断され、抜け穴が点在
国境の壁は建設が中断され、抜け穴が点在

国境の壁を見ると、誰かが超えるために使用したのであろう簡易的なハシゴがかけられた形跡もあった。川沿いに設置されている有刺鉄線は部分的に切り取られて穴が空き、衣服などを上において乗り越えやすいようにもなっていた。周辺には、何百人分だろうか、生活用品なども散乱し、至る所に不法入国の痕跡が見つかった。

国境の壁には簡易的なハシゴがかけられていた
国境の壁には簡易的なハシゴがかけられていた

取材中には、国境の壁の向こう側で、川を渡ってきた男性が壁を越えられず、助けを求める様子にも遭遇した。ホンジュラスから来たという男性は、「途中で仲間とはぐれてしまった」と語った上で、「ノースカロライナ州に住んでいる子ども達と暮らしたい」と訴えていた。

壁を超えられない男性はアメリカ国内にいる家族に会いたがっていた
壁を超えられない男性はアメリカ国内にいる家族に会いたがっていた

通報を受けて駆けつけた警察官から、メキシコに戻るように促されたが彼は同意せず、しばらくして国境警備隊の車に乗せられ、収容所に送られていった。

2歳の女の子が一人で国境越え…犯罪組織が関与か

不法入国者の多くは、日の出の前後にメキシコ側からリオ・グランデ川を渡り、アメリカ側に向かうという。私も午前4時すぎから車で国境沿いに向かい、川の水深が浅い地域を警戒していた。変化が起きたのは、午前7時頃からだ。次々に警察や州兵など、当局の車両が国境沿いに走り去っていく。

国境沿いには通りやすくされた「抜け穴」が点在している
国境沿いには通りやすくされた「抜け穴」が点在している

後を追おうとすると「侵入禁止だ」と言われ、国境の最前線までは行くことが叶わなかった。しかし、取材許可が下りたギリギリの場所で待っていると、当局の車に先導され、100人以上の集団が現れたのだ。

不法入国者が集団で拘束される様子に遭遇した
不法入国者が集団で拘束される様子に遭遇した

様々な人種の人達が、川を渡った影響か、足下を泥まみれにしながら整列させられている。一人一人パスポートなど身元を確認されている様子をうかがっていると、子ども達が非常に多いようにも感じられた。

川を渡ったためか足下は泥まみれになっていた
川を渡ったためか足下は泥まみれになっていた

当局はこの日、私が遭遇した集団が211人の不法入国者だったと発表した。さらにそのうち60人は、保護者がおらず、たった1人で国境を越えた未成年だったのだ。最年少は、エルサルバドル出身の2歳の女の子で、両親はアメリカにいることを話し、電話番号と名前が書かれた紙を持っていただけだった。この事件をアメリカメディアも衝撃を持って報じることとなった。

筆者が遭遇した集団は60人が未成年で、最年少は2歳の女の子だった(テキサス州当局SNSより)
筆者が遭遇した集団は60人が未成年で、最年少は2歳の女の子だった(テキサス州当局SNSより)

移民・関税執行局の発表によれば、2019年から2023年の間に、不法に入国した子どものうち少なくとも約3万人が、連絡が取れない状況になっているという。全てが犯罪に巻き込まれたとは言えず、単純に逃亡してしまった可能性もあるが、犯罪組織によって人身売買や誘拐、不法労働に従事しているとの声も挙がっている。今回、私たちが遭遇した未成年者の集団の背景にも、こうした人身売買などを生業にする犯罪組織の関与がある可能性があり、当局は捜査を行うと発表している。

未成年者が犯罪組織に人身売買や誘拐されるケースも多発しているという(テキサス州当局SNSより)
未成年者が犯罪組織に人身売買や誘拐されるケースも多発しているという(テキサス州当局SNSより)

トランプ新政権の発足によって国境政策が厳しくなる前に、こうした犯罪組織が駆け込みで子ども達をアメリカに入国させようとする動きを懸念する声も出ている。

壁の建設再開、ブイの設置…現地で進むトランプ新政権への準備

テキサス州のアボット知事は、トランプ政権の発足を見据え、現在のバイデン政権の方針を無視するかのような行動を開始している。2024年11月には国境の壁の建設を再開したほか、リオ・グランデ川には、不法入国者の渡河を防止するためのブイの増設を実施した。

テキサス州はリオ・グランデ川にブイを増設した
テキサス州はリオ・グランデ川にブイを増設した

また、メキシコから数百人から数千人にのぼる複数の移民希望者の集団が押し寄せているとされる中で、州兵や警察当局が参加する大規模移民対応演習も行った。大規模な強制送還に向けた施設を建設するための土地の貸し出しもトランプ氏側に提案している。

トランプ政権発足前の“駆け込み移民”への対応訓練も実施(テキサス州当局SNSより)
トランプ政権発足前の“駆け込み移民”への対応訓練も実施(テキサス州当局SNSより)

不法移民はアメリカの労働者の約4~5%を占めているとの推計もあり、特に建設業や物流、農業分野ではその割合が高いと言われている。この分野は、アメリカ国民が望まない職種ともされて、簡単に代替も効きそうになく、機械化での穴埋めも早急には困難と見られている。こうした状況を背景に、実際に強制送還が実施されれば、アメリカ経済に深刻な影響を及ぼすとの懸念も強まる。

収容所に向かうバスに乗り込む不法入国者達
収容所に向かうバスに乗り込む不法入国者達

トランプ氏が強制送還を撤回するとは到底思えないが、足下の経済が悪化すれば、「アメリカ第一」と国民の生活の改善を選挙中に訴えたトランプ氏としては苦しい立場に追い込まれる可能性もありそうだ。いわば不法入国者の管理と公約の実現の板挟みに陥る可能性がある。

大規模な強制送還は経済的な影響を懸念する声も挙がる
大規模な強制送還は経済的な影響を懸念する声も挙がる

様々な問題をはらんだアメリカの不法移民問題だが、後編では、実際に不法入国した人達を受け入れている団体や、反対派の声に焦点を当ててみたい。
(FNNワシントン支局 中西孝介)

(後編へ続く)

中西孝介
中西孝介

FNNワシントン特派員
1984年静岡県生まれ。2010年から政治部で首相官邸、自民党、公明党などを担当。
清和政策研究会(安倍派)の担当を長く務め、FNN選挙本部事務局も担当。2016年~19年に与党担当キャップ。
政治取材は10年以上。東日本大震災の現地取材も行う。
2019年から「Live News days」「イット!」プログラムディレクター。「Live選挙サンデー2022」のプログラムディレクター。
2021年から現職。2024年米国大統領選挙、日米外交、米中対立、移民・治安問題を取材。安全保障問題として未確認飛行物体(UFO)に関連した取材も行っている。