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結婚するはずの恋人と共に命を落とした娘

死者58人、行方不明者5人を出した長野県の御嶽山の噴火から7年が経った。娘を亡くした丹羽真由美さんは2021年、初めて娘の命を奪った御嶽山を登った。目指したのは、残された写真に写っていた娘の笑顔の場所だった。

2014年9月27日、青い空を突然覆った火山灰と噴石。

戦後最大の火山災害は、63人の命を飲み込んだ。

丹羽由紀さん(当時24)とその恋人の所祐樹さん(当時26)は、山頂付近で寄り添いながら亡くなっていた。由紀さんは、祐樹さんと結婚の約束をしていた。

父親の丹羽邦雄さん(2014年):
娘は本当にかわいかったですよ、父親から言わせてもらうと

母親の丹羽真由美さん(2014年):
よく家のことを手伝ってくれた子でしたね、料理とか。だから彼の誕生日の時もシフォンケーキを焼いてあげたりとか

どんなことでも話してくれる、明るい末っ子だったという。紅葉を楽しむための御嶽山へのデートのはずだった。

「登れるようになったら娘を迎えに行く」と話していた父・邦雄さんだったが、噴火から2年後に心臓病を患い亡くなった。

「由紀ちゃんと会話したい」噴火から7年を経て登山を決意

何度も何度も見返した写真。祐樹さんの遺品のカメラに収められた41枚と、御嶽山から生還した人たちへの呼びかけで集まったものだ。

中でも特別な一枚がある。「八丁ダルミ」と呼ばれる山頂付近のエリアで撮影された写真に偶然映り込んだ、寄り添う由紀さんと祐樹さんの後ろ姿…。

噴火から4年後の2018年、御嶽山は噴石などへの安全対策が進んだとして、一部の登山道では山頂まで登れるようになった。

しかし、由紀さんたちが登った「王滝口」からは、噴火口に近いことから今も山頂へは登ることはできない。だが今回、遺族に限り特別に「八丁ダルミ」まで登る許可が出された。

母親の丹羽真由美さん:
(写真を指して)ここら辺で座っているんですよ、由紀

この尾根を登ると、2人が命を落とした頂上だ。

母親の丹羽真由美さん:
今回はなんか登ってみようかなって。何も考えずに、由紀ちゃんが歩いたところを。由紀ちゃんに会える気がするのかな。由紀ちゃんと会話したい。「どうだった?」とか。やっと、やっとだもんね

祐樹さんの両親と共に…娘が登った道をたどる

あの日から7年。娘の声を聞くために、丹羽真由美さん(57)は、娘の命を奪った御嶽山に初めて登ることに。

目指すのは、2021年になってようやく立ち入ることが許された山頂付近のエリア。娘の足跡をたどる登山が始まった。

母親の丹羽真由美さん:
目的地まで行ければいいですよね、八丁ダルミ。行けるかどうか分からないですけどね、この天気だと…

噴火以来、何度も御嶽山に登った祐樹さんの両親と一緒に八丁ダルミを目指す。初めての本格的な登山。重たくなる足、冷たい雨が追い打ちをかける。目的の場所は、まだずっと先だ。

母親の丹羽真由美さん:
由紀ちゃん…由紀ちゃん…

7年前、娘が大好きな人と登った道。

祐樹さんの父・所清和さん:
“由紀も頑張ったんだから”という信念というか、それで(真由美さんは)前に動いているだけだと思う。頑張ってほしい

慰霊登山をしていた遺族たちが、真由美さんを支えるために集まってきた。

「ごめんね、最後まで行けなくて」聞けなかった娘の声

しかし、八丁ダルミまであと300メートルのところ。山を下りる時間を計算しても、ここが限界だった。

母親の丹羽真由美さん:
すいません、ありがとうございました。ごめんね、最後まで行けなくて…

娘の声を聞くことは、できなかった。

母親の丹羽真由美さん:
「こんな雨の日に何やってんの」って(由紀に)言われそうだけど。このこと思うと、怒られているのかなって…。手だけ合わせとくね。ごめんね、由紀ちゃん…

山を下り始めた時だった。

母親の丹羽真由美さん:
(雲海を見て)きれいだね~。頂上の景色から見るのがすごく素敵だったんだろうね。あの子、よく登ったねえ…

9月27日。例年開かれている追悼式は新型コロナの影響で中止となり、献花式に変更された。

母親の丹羽真由美さん:
8合目よりも、今度は一歩でも前に進めるように頑張っていきたいかな…

あの日から7年。いずれは頂上まで登りたいと話す真由美さん。娘の声を聞くために…。

(東海テレビ)