「楽しく興奮するために殺そうと思った…」

2019年、茨城県で起きた家族4人殺傷事件。

未解決事件として1年8カ月が過ぎていたが、茨城県警は5月7日、埼玉県三郷市の岡庭由征(26)容疑者を殺人容疑で逮捕した。

送検される岡庭由征容疑者 茨城・境警察署 5月9日
送検される岡庭由征容疑者 茨城・境警察署 5月9日
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岡庭容疑者は警察の調べに対して容疑を否認しているというが、茨城県警は逮捕直後の記者会見で、岡庭容疑者が捜査線上に浮上した経緯について、「過去に起きた同様の事件を洗い出し、前科前歴者を調べた結果」と明らかにした。

この言葉は、岡庭容疑者が少年時代に殺人未遂事件を起こしていた事を意味している。

当時16歳だった岡庭容疑者は埼玉県と千葉県で、面識のない2人の少女を刃物で刺すなどして殺人未遂容疑で逮捕されていた。

その後、少年だった岡庭容疑者はさいたま地裁で裁判にかけられる。

岡庭容疑者はこの裁判で少女を狙った理由について「楽しく興奮するために殺そうと思った」などと語っていた。

さいたま地裁「医療少年院での教育が最良の手段」

さいたま地裁は「計画的で凶悪な犯行」としながらも、「生まれつきの広汎性発達障害や家庭環境が動機に直結している」と述べ、「医療少年院での教育が最良の手段」として家庭裁判所に送致する決定を言い渡した。

さいたま家庭裁判所は「さいたま地方裁判所による移送決定を踏まえ、少年を保護処分として医療少年院に収容すること」とし、岡庭容疑者は医療少年院へと送られることになった。

約10年前の岡庭容疑者の写真
約10年前の岡庭容疑者の写真

また、さいたま家裁は収容期間について相当長期間(23歳となるまでの期間)とした上で、さらに、23歳に達しても精神に著しい故障がある場合には、26歳を超えない期間において医療少年院での収容を継続することが検討されるべきと決定した。

「医療少年院での教育が最良の手段」と判断され、数年間に渡り矯正教育や治療を受けた岡庭容疑者。

しかし、医療少年院を出てから間もなくして、再び凶行を起こした疑いで逮捕された。

そして、警察に逮捕された際の調べでは「人を殺したい衝動がある」という趣旨の説明をしていたことが明らかになった。

医療少年院での教育は意味がなかったのか

医療少年院での教育は意味がないものだったのか?

この問いに対して、埼玉県内で起きた少年事件の精神鑑定を数多く担当している井原裕精神科医がフジテレビの取材に応じ、「今回のケースは治療が困難なケースだった」と分析した。

フジテレビの取材に応じる井原裕 精神科医師
フジテレビの取材に応じる井原裕 精神科医師

--岡庭容疑者が治療を受けていた医療少年院はどのような施設? 

一般論として、「医療少年院とは少年院社会の精神科病院」と思ってください。

未成年の犯罪行為の程度が「少年院」に入る相当の事案だが、その背後に精神医学的な問題が潜んでいるようなケース、例えば広汎性発達障害、自閉症スペクトラム障害ゆえの興味関心の偏りなどが根底にあって、それなくしては事件を起こさなかった事例の場合です。

通常の不良少年たちが入っていくような「少年刑務所」や「少年院」などの処遇では適切な対応は難しく、そこはやはり精神医学・心理学の知識をもった人間が関わる必要がある。精神医学の知識、臨床心理学の知識、そういった高度の専門知識を持った人間が社会復帰のお手伝いをする方が良いだろうと判断された少年らが入っている施設、それが医療少年院だとご理解ください。

しかし、医療少年院で行う精神科医療にも出来ることと出来ないことがあります

私は少年事件の精神鑑定をこれまでに何件もひきうけてきました。思春期とは、自閉症スペクトラム障害や発達障害の子達が、空気が読めないゆえに、奇妙な刑事事件を起こすことがよくある年代です。

これに対して、精神科医がこのような少年たちに、どのような診察や治療をするのかといえば、通常の指導・助言を継続的に行って、その多くは解消するのです。でも、一部の特殊な犯罪については普通の精神医学の治療技術を用いても全然太刀打ちできないです。

埼玉・吉川署に入るパジャマ姿の岡庭容疑者 2020年11月
埼玉・吉川署に入るパジャマ姿の岡庭容疑者 2020年11月

“独特な性癖”を持つ少年に対する治療技術自体がない

--岡庭容疑者は医療少年院に入ったが、結果的に治療できなかった? また「人を殺したい」と考える人物に対して、医療少年院ができることは?

一般的には医療少年院での治療・矯正教育というのは意味があります。

今回の岡庭容疑者のケースは特殊なケースです。このような「人を殺したい」という独特な性癖を持っている少年に対しては、そもそも塀の中の(医療)少年院であれ、塀の外の医療機関であれ、今の精神医学の中に性的傾向を修正する治療技術自体がありません。

病院で治せないものを、少年院なら治せるかといったって、そうはいきません。発達障害に対するごく一般的な治療を行って、それをもってお茶を濁す以上のことはできない。精神医学にできることはたかが知れている。どんな少年でも「健全育成」することができる万能の技術ではない。

精神医学の教科書のどこを見ても、「性犯罪の治療法」なんか書いていない。特殊な性癖を持ったケースについては無力です。ただ、だからと言って医療少年院の存在自体全てが無力であるわけではありません。

通常の少年院では対応できないような、高度な精神医学的知識を必要とするような少年達もいます。こういった少年に対しては医療少年院における精神医学的な知識、精神科医療における技術、そういったものを医療少年院で応用することには非常に意味のあることだと思います。

岡庭容疑者宅の家宅捜索、防護服を着た捜査員ら 2020年11月
岡庭容疑者宅の家宅捜索、防護服を着た捜査員ら 2020年11月

--当時、岡庭容疑者を医療少年院に入れたことは、どう判断する?

問題は、「刑務所、少年院、医療少年院、以上3つから一つ選べ」の三択ではありません。むしろ、アフターケアの問題なのです。

普通の少年院は、一般的な不良少年、非行少年を見るところなので、それと「人を殺すことが興奮する」といった特殊な性癖をもった少年を同じように扱うわけにはいきません。

刑務所は刑罰を行う場所なので、医療少年院のような治療や矯正教育は手厚いとはいえません。数年に一度、少年による特殊な事件は起きると、少年法によって保護することの意義が問われます。でも、刑法だって同じです。刑法では治安は守れません。出所後のアフターケアがないことについては、刑法も同じです。現行の法律は、再犯の危険が明々白々なケースであっても、手をこまねいているしかない。現行法は、過去の犯罪に応じて処遇を決めるという考え方。したがって、将来の再犯リスクを考慮して、アフターケアを提供しようとする発想が完全に欠落しています。

岡庭容疑者宅の家宅捜索 2020年11月
岡庭容疑者宅の家宅捜索 2020年11月

--「人を殺したい」という特殊な性癖を持つ人物に対して、精神科医として治療をする限界はある?

限界だらけです。精神科医は「治療で性犯罪を防げる」などという根拠のない夢物語で国民を欺いてはいけない。少年は全員矯正できる」なんて、どこに根拠があるのでしょうか。医療少年院や精神医療センターに勤めているような医師こそ限界を知っているはず。正直に声を上げてほしい。「治せない。だからこそ、アフターケアが必要だ!」と。

--治療にはカウンセリングをする、矯正教育、投薬などもあるとは思うが、そういった治療はできない?

薬もカウンセリングも、それをもって人の考え方まで変えることができるわけではない。矯正教育を施せば性癖が治るなどという保証もありません

最終的には医療少年院なり、少年刑務所なり、あるいは少年院を出て、地域社会に戻ってから、いかにして再犯させないよう見守るかの問題です。性犯罪のリスクは塀の中ではゼロ、塀の外に出たら突然リスクが上がります。目の前を幼児だって通るし、若い女性も歩く。性犯罪者にとっては誘惑だらけ。何年もお目にかかれなかった獲物が無防備なまま、目の前にいるわけで、邪念がよぎって当然です。誰かが見ていなければいけないでしょう。

後編へ続く:国民が「怖い」と声上げ、再犯防止のための法整備を…精神科医からみた茨城一家殺傷事件(後編)

河村忠徳
河村忠徳

「現場に誠実に」「仕事は楽しく」が信条。
FNN北京支局特派員。これまでに警視庁や埼玉県警、宮内庁と主に社会部担当の記者を経験。
また報道番組や情報制作局でディレクター業務も担当し、日本全国だけでなくアジア地域でも取材を行う。