【36年目の証言】北京の夜に広がった“革命前夜”の空気元大使館員が語る天安門事件「目の前で人が撃たれた…」

1989年6月、中国の首都・北京の空気は異様だった。北京にある日本大使館に警察庁から出向し一等書記官として勤務していた南隆さんは現場の情報収集のため天安門広場に足を運んでいた。天安門広場には100万人デモとも表現されるほど多くの市民が集まり、「民主」や「自由」を求めていた。

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「戒厳令」が発令され一度は多くの市民がいなくなったが、自由を求める市民と当局との衝突への懸念は高まっていた。

あの日から36年が経ち、南さんは「当時、日本を筆頭に西側諸国は中国が天安門事件を教訓に、改革開放政策を推進すればいずれ民主化すると信じていたが、それは中国を見誤っていた」と語る。1989年から約３年間、大使館員として中国で勤務し、その空気を肌で感じできた南さんが当時の状況を語った。

ーー当時の天安門広場周辺の様子を振り返り、今でも記憶に残ることは？
私は毎日、昼夜2回天安門広場に行き、100万人参加とも言われた学生を中心とする民主化要求デモを観察しに行っていました。しかし、5月20日に「戒厳令」が発令されるとデモに参加していた付和雷同の一般市民は一斉に消え、中核となる学生運動家など数千人が人民英雄記念碑の周辺に集結しました。この日以降、中国の警察にあたる公安要員の数が日々増強され、夜になると天安門広場では「戒厳令」の警告が繰り返し放送され続けるなど、不気味な緊張感が高まってきました。

6月2日の夜、北京中心部の交差点などでは治安部隊の侵入を阻止しようと市民グループが集結していました。深夜になり天安門広場に向かって行軍する非武装の軍の一団を目撃しました。その人数は5000人を超えていたと思います。この一団が天安門近くにある北京飯店というホテル周辺でデモ隊と対峙し、一触即発の状態になりました。

海外メディアがカメラを回そうとした直後、軍とデモ隊の衝突に発展しました。また西単付近などの別の場所では私服の軍人を乗せたバスがデモ隊に止められ、デモ隊はバスの車内から軍人が持っていた拘束器具などを奪っていました。現場では怒号が街に響き渡り、まさに「革命前夜」の様相でした。しかし、この2日に起きたデモ隊と非武装兵士の乱闘は翌日の流血弾圧を正当化させ、当局側が「反革命」罪を適用するための謀略であったというのが通説です。つまり、デモ隊は「反革命暴乱分子」であるから流血による弾圧は正当化されたといえます。

銃声と怒号が交差した天安門の48時間

6月3日になると天安門広場には再び多くの市民が集まりました。昼になると市民によって広場全体が占拠されるようになります。広場の隣にある人民大会堂には「鄧小平下台（退陣せよ）」「李鵬下台（退陣せよ）」などの横断幕が掲げられました。夕方になると北京郊外から人民解放軍が進軍し始め、交差点などでは市民が軍のトラックの進入を阻止しようと軍人を説得する姿がいくつかの場所で見られましたが、この時点で大きな衝突は見られませんでした。しかし夜になって情勢が激変し、建国門の陸橋付近では軍の装甲車などがバリケードを張っていたデモ隊に突入し、これに対して市民も反撃を行うなど、北京市内では一気に市街戦の様相となりました。

6月4日未明にはそれまで市民によって占拠されていた天安門広場を軍が一気に占拠しました。北京飯店前では軍が横一列になり、水平に銃を構え、抗議活動を続ける市民や労働者に対して発砲しました。これにより前列にいた市民、数名が倒れ仲間にリヤカーで運ばれる光景が何度も繰り返されました。「近くの病院の地下には血だらけの遺体が足の踏み場もないほど多く並べられていた」と当時、中国人から聞きました。

私は今になっても、「なぜ銃で撃たれることが分かっているのにここまでするのか、彼らをこのように駆り立てるものは何だったのだろうか」と理解できていません。この時の出来事は非常に鮮明なものとして私の脳裏に焼き付いています。

「撃て」の指示と民主主義国家との決定的な違い

南さんが特に衝撃を受けたのは「撃て」という指示のもと兵士が躊躇することなく自国民に発砲した瞬間だった。警察庁出身の南さんは「日本であれば、できる限り彼我に負傷者がでないような手法を選ぶと考えていたが、共産党政権は二度と民主化要求運動に立ち上がれないよう徹底した恐怖を与えて一気に抑え込んできた。これは驚き以外の何物でもなく、民主主義国家との決定的な違いを感じた」と語る。

ーー目の前で市民が撃たれた状況はどのようなものだったか？
私はデモ隊の一番後ろにいましたが軍人は銃を一斉に撃つので、私がいた場所でも銃弾の風を感じるくらい危なくなっていました。この時点で市民や労働者にとっては、政治的なスローガンなどはなくなり、「怒り」だけだったと思います。デモに参加していた中国人の多くは「人民解放軍は人民には発砲しない」という幻想を持っている人が多かったと思いますが、共産党の指導者にとって党の権力が脅かされる事態になった際には流血の事態も恐れない鉄の意志を感じました。

また、天安門事件は6月4日で終わりではありませんでした。一部の学生リーダーたちは西側の外交官に匿われて国外に脱出できた者もいましたが、武力弾圧が終わった後に拘束された名もない労働者たちは、裁判にかけられないまま処刑されたケースもあったと間近で聞いています。

36年経ち大国となった中国

ーー天安門事件から36年経った今、中国をどのように見ていますか？
これは我が国を筆頭として西側諸国全般に言えたことですが、当時は共産党政権に対する認識が甘く、情勢分析を完全に見誤ったと言って間違いないと思います。「改革開放政策」を支援すれば、いずれは中国も政治的にも民主化されるという期待感を多くの人がもっていましたが、全く逆の結果となりました。

当時の共産党の最高指導者の鄧小平氏は、流血の事態を恐れずに弾圧を命じました。これが結果的には中国の安定に繋がり経済発展へと続いていったので、今振り返ってみると、ものすごい戦略的判断だったと思います。今ではアメリカと肩を並べるまで発展し、大多数の中国人は天安門事件以降の中国を受け入れていると思います。

ーー日本は大国となった中国とどのように付き合っていくべきか？
戦後の平和憲法の下で80年を過ごした日本と現在の中国を比較すると、軍事的には圧倒的な差があると言わざるを得ません。日本の安全保障はアメリカの支援、日米安保が発動されない限りは尖閣諸島周辺で局地紛争が発生したとしても、とても中国とは独自に対峙できないでしょう。しかも現在のトランプ政権においては、アメリカの対アジア政策は不透明と言えます。こうした中で、次世代の人たちが日本に対し今でも歴史的恨みを有する隣国である中国とどのように付き合っていくのか、日本が生き残っていくためにはどうすれば良いかということを必死に、そして主体的に考える時期にきていると思います。

取材を終えて：天安門事件は過去の出来事ではない

南さんが見た軍が市民に銃を向け発砲する姿は、当時の指導者が共産党の体制維持のために自国民の流血も厭わない意思を浮き彫りにした。中国当局は死者数を319人としているが、北京以外での死者数や未把握の処刑者数などを加えると実際にはそれよりもはるかに多いという指摘もある。

中国は世界2位の経済大国となり、当時に比べ国民の生活水準は大幅に向上した。一方で政治的な自由はどうだろうか。政府の徹底した「ゼロコロナ政策」を批判した市民や活動家らが拘束されるなど、36年前と同じように体制を批判する声は抑えつけられる現状がある。今も公の場で天安門事件について語ることは許されない。また、学校で自国の歴史として教わることもないため若者のほとんどは事件について知らない。