動き出した日中関係
12月25日、岩屋毅外相と中国の王毅外相の会談が北京の釣魚台国賓館で昼食を含めて約3時間行われた。

会談では冒頭、王毅外相が岩屋外相に対して「日本のベテランの政治家として終始、中日関係を重視されている。中国側は称賛の意を表したい」と発言し、「日中両国は脅威ではなくパートナーとして中日関係が正しい軌道に沿って健全かつ安定的に前進させて行きたい」と呼びかけた。
これに対して岩屋外相は「日中両国が有する可能性を目に見える形で具現化していくことが大事で、日中関係が発展し前進して良かったと両国民に思ってもらえるような関係を構築していきたい」と応じた。会談では、王毅外相の来年の早期来日実現で一致したほか、関係改善を更に進展させるための方向性が確認された。
また、岩屋外相は、中国人向け短期ビザの緩和措置も表明した。「今の日中間の基調は会話のテンポがよくなってきた」(外務省幹部)という声もあるように、日中は関係改善の流れが続いている。

一方で今回の会談では、沖縄県与那国島南方の日本の排他的経済水域(EEZ)で中国が設置したとみられるブイの存在が新たに発覚した。また、岩屋外相は全面停止となっている日本産水産物の輸入の早期再開を求めたが、中国側から具体的な時期の回答はなかった。この他、反スパイ法による日本人拘束、蘇州や深センで相次いで発生した日本人学校関係者らへの襲撃事件、そして尖閣諸島や中国軍の東シナ海での活動活発化など、様々な問題や懸案が日中の間には影を落としている。
こうした中、在中国日本大使館の金杉憲治特命全権大使がFNN北京支局の単独取材に応じ、日中関係の現状や課題、そして今後の展望について語った。インタビューは岩屋外相と王毅外相による日中外相会談の前日である12月24日に行われた。

2024年は様々な状況が混じりあった年だった
ーー2024年の日中関係はどのような1年だったと評価しますか?
これまで新型コロナウイルスの流行などがあって、日中間の交流はずっと途絶えていましたが、今年は回復基調になった年だと思います。実際、日中友好議員連盟が5年ぶりに訪中し、経済同友会の代表幹事が8年ぶり、そして関西経済会の代表団が12年ぶりに訪中と、本当に久しぶりに日本から中国に大きな経済団体が来るということがありました。また、中国から日本に行く旅行者も2019年以来回復してきていると思います。

一方で、邦人拘束の問題は今も続いていますし、蘇州、深センの日本人学校の関係者が襲われる事案も発生しました。そういった意味で2024年は様々な状況が混じりあった年だったと思います。
ーー現在の日中関係はどのような位置、段階にあると考えますか?
今年の初めからお互いの外相の往来が懸案になっていて今回、岩屋外相の訪中で始まるという事になります。その先には来年出来るだけ早いタイミングで、王毅外交部長に日本に来て頂いて、合わせてハイレベル経済対話も開催し、日中間の様々な懸案について前進を見たいと思っています。もちろん、その先に首脳レベルの往来も期待はしております。ただ、大切なのはそうしたハイレベルの往来を通じて、懸案や協力関係について具体的な前進を見せて、その恩恵を両国民が感じるような状況を作っていくことが重要なのだと思います。
ーー中国は日中国交回復時の田中角栄総理大臣と石破総理大臣の関係から、石破総理を好意的に見ているようにも思えます。中国側は石破総理をどのように見ていると考えますか?
石破総理は非常に経験豊富な政治家で、その様々な局面で中国側の関係者と交流が行われたと承知しています。そうした交流を通じて中国側が石破総理に親近感というか、親和性を感じていると我々は感じています。実際、今年11月にペルーで行われた習近平主席との首脳会談は非常に良い雰囲気で、かみ合った議論が出来たと思います。こうした良い流れを更に強めていければと思っております。

あらゆる機会で在留邦人の安全安心の確保を求める
ーー大使は大使館の最も重要なミッションの1つに「在留邦人の保護」を掲げています。しかし今年は蘇州や深センで日本人学校の関係者が襲われる事件が相次いで起き中国に住む日本人は不安を抱えています。今回の一連の事件についてどう感じていますか?
就任以来、在留邦人の保護というのを大使館の重要な業務として掲げてきている中で、蘇州や深センの事案が発生してしまったのは残念で無念に感じています。在留邦人の方が不安に思っているのは当然だと思います。

現在、中国側と様々な意思疎通をしていて、裁判プロセスが進んでいく中で適切な形で情報提供をすると言われていますが、残念ながら今まで有意な情報というのは提供されていません。そうした事件の背景が分からない中では、我々は最大限の注意をしながら仕事をして、生活をしていくということが大切だと思います。今後も中国側にはあらゆるレベル、あらゆる機会を捉えて在留邦人の安全安心の確保というのは求めてきています。
ーー中国側から適切な情報提供はない中で「日本人が狙われた可能性」について、大使はどう考えますか?
「日本人が狙われたのではないか」ということについて確証はありませんが、我々としては今の状況の中で最大限の注意を払いながら、生活、仕事をしていくということが必要だと思っています。

ーー中国のネット上には日本人を蔑む映像や情報などがあります。大使は蘇州や深センの事件後、こういったネット上の情報に対して削除や対処することを中国側に求めてきましたが、中国側の反応や具体的な動きはありますか?
ネット上で日本に対して大変厳しい「流言飛語」があるのは事実です。我々としては中国側にそれに対しての前向きな対応というのを求めています。中国側は声に出しては言いませんが、我々がモニターしている範囲では何らかの対応をしているのではないかと見受けられます。
ーー今年は公共の場での無差別殺傷事件が多発したように感じます。このような事件が起きる背景には中国社会において何があると考えますか?
中国経済が減速していく中で「社会や経済に対する不満のはけ口として無差別殺傷事件が発生しているのではないか」という見方が中国では強いと思います。ただ我々として気を付けなければいけないのは、いかなる社会状況であっても、より注意深く生活をして仕事をしていくということだと思います。大使館としても領事メールや何かの形にして在留邦人の方には情報提供をしていきたいと思っています。
ーー安全確保の観点から12月13日の「南京の日」に中国にある日本人学校は児童や生徒の登校を取りやめました。これに対して大使はどのように感じていますか?
12月13日に子供が登校できなかったということは、我々にとって大変残念な状況です。最終的にはそれぞれの学校が地元の状況に応じて判断したことではありますが、今年について言えばやむを得なかったのではないかと思います。

ただ、子供たちに適切な学びの場を提供するということは我々の責務でありますから、最終的には学校の判断にはなりますが、日本政府としてできること、中国政府に求めていくことをしっかりやりながら適切な学びの場を提供する環境整備は最大限進めていきたいと思っています。
早期の釈放を求めていく
ーー反スパイ法によって日本人のビジネスパーソンは常に不安を抱えています。アステラス製薬の日本人男性は2023年3月に拘束され、今も拘束は続いています。大使は自ら領事面会にも行っていますが、現在の状況と男性の解放に向けた対応について聞かせて下さい。
反スパイ法に基づく邦人拘束については大変無念なことであります。在留邦人の方や中国を訪問するビジネスパーソンが不安を感じるのは当然のことだと思います。また、拘束されている邦人の方については今後も領事面会という形で支援をし、引き続き早期の釈放を求めていきます。そして中国の司法プロセスの透明性の確保ということについて継続的に中国側に求めながら、状況が改善できるように最大限努力したいと思います。

ーー福島第一原発の処理水の海洋放出をめぐり、日本産水産物の輸入再開については今後どの時期に再開されると考えますか?
日本産水産物の輸入再開のタイミングについては様々な報道がありますが、今現在何か時間軸が決まっているということではありません。ただ、日中の共通認識を踏まえて、出来るだけ早いタイミングで輸入再開に繋げていくということを中国側には求めていきたいと思っています。
ーー12月に発表された日中共同の世論調査では日中双方とも9割近くの人が互いの国に良い印象を持ってないという結果がありました。お互いの国の印象を良くするには日中間で何が必要と考えますか?
日本に行った経験がある中国人は総じて日本に良い印象を持っていると思います。同時に中国に来たことがある日本人は中国の現状を良く理解していると思います。国民感情の改善に特効薬や万能薬はありません。まずはお互いの理解を深める意味での交流をしっかり再活性化していくということ、それから高いレベルでの交流を通じて、懸案事項や協力関係において具体的な成果をあげて日中関係が発展している中で恩恵を得る、そして、その恩恵を日本と中国の両国民が実感していくということが中長期的に見れば国民感情の改善に繋がるのではと思っていますし、またそういう期待も持っています。
トランプ大統領の就任によって世界に様々な変化が生じる
ーー2025年はどのような日中関係になっていくと考えますか?
アメリカでトランプ大統領が就任することで様々な変化が世界に生じるでしょう。日米関係にも米中関係にも様々な変化が生じて、それが日中関係にも影響を及ぼしてくる可能性はあります。

そうした中で我々が重要と思っていることは戦略的互恵関係のもとで、日中関係を安定的、建設的な方向に持っていきバランスの取れた日中関係というのを実現していきたいです。
岩屋外相の訪中が実現して、その先に日本として期待している首脳レベルの会談などの日程があります。こうしたことを通じて、一歩でも二歩でも進み、日本と中国の関係が安定し建設的なものになることを目指す1年にしたいと思っています。

取材を終えて
2024年11月、南米ペルーで石破総理大臣と習近平国家主席の日中首脳会談、12月25日には日中外相会談が行われた。そして、年明け早い時期に王毅外相の来日が予定されるなど、日中間でハイレベルの交流が続く環境が整った。また、中国が日本人への短期ビザ免除を表明し、これに応える形で日本も中国人への短期ビザ緩和措置を打ち出した。市民レベルでも観光の他、経済や文化交流の機会が増え、金杉大使が指摘する「お互いの理解を深める意味での交流をしっかり再活性化していく」ことが期待されている。しかし、現状はどうだろうか。日本人に対する短期滞在ビザ免除措置は11月30日から始まったが「想定していたよりも少ない人数しか中国に来ていない」(日系の旅行関連会社)という。
王毅外相は「日中両国は脅威ではなくパートナー」と呼びかける。だが、反スパイ法への不安のほか、日本人児童らが襲撃され男子児童が亡くなった事件では、いまだに動機や詳しい背景が明らかにされていない。蘇州の事件では、中国外務省の報道官が12月27日に日本メディアの質問に答える形で、拘束されていた男が11月29日に起訴されていたことを明らかにした。起訴から約1カ月が経過しているが、日本からの観光客が増えないのはこうした情報公開のあり方にも理由があるだろう。お互いの国民感情の改善につなげるためには、日本側の努力や歩み寄りだけではなく、中国側も日本の懸念にしっかりと目に見える形で応える必要があると強く感じる。
【取材・執筆:FNN北京支局 河村忠徳】