相次いで起きた不祥事

2025年の警察行政は国民の信頼を揺さぶる不祥事の検証と、大規模な警備、そして治安対応が同時に突きつけられた1年だった。今年5月には警視庁公安部が関与した大川原化工機の冤罪事件をめぐり、東京高等裁判所が控訴審判決で警視庁公安部と東京地検の捜査について違法性を認め、都と国に合わせて約1億6600万円の賠償を命じる判決が確定した。さらに神奈川県警が対応した川崎市のストーカー殺人事件においては対応の検証結果が公表され、県警のトップである本部長が謝罪を行った。また、佐賀県警においては科捜研職員によるDNA型鑑定の不適切な取扱いなどが判明し、警察庁は現在も原因分析と再発防止策を確認するため特別監察を続けている。

また、2025年は“警備の年”とも言えるほど大規模で長期間にわたる警備が行われた。今年4月から10月まで開かれた大阪・関西万博では大阪府警だけでなく全国から警察官が派遣され、日本で開催された万博の警備としては最大規模の態勢となり184日間に及ぶ長期警備が実施された。10月にはアメリカのトランプ大統領が来日し、警視庁が最大約1万8000人規模の厳戒態勢を整え、大規模な交通規制も実施された。

一方で近年、治安の最前線は現実世界だけではなく、ネット上の「サイバー空間」にまで広がっている。スマートフォンが1台あれば世界中どこからでも国境を越えて詐欺犯罪ができるようになっており、スマホを持っている誰もが被害者になる可能性を秘めている 。特殊詐欺やSNS型の投資・ロマンス詐欺の被害は極めて深刻で、被害額は過去最悪だった去年を既に上回った。 さらに「匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)」による強盗事件 は本来、一番安全な場所である自宅で被害にあうという地域社会における治安上の深刻な脅威となっている。

こうした中、今変革が求められている警察行政とはどのようなものなのか。FNNは全国警察のトップである警察庁の楠芳伸長官に12月下旬に単独インタビューを実施した。2025年の警察行政の取り組みをどう総括し、不祥事によって失われた警察組織の信頼回復を進めていくのか。そして、次の1年に向けて何を狙い、課題と捉えているのか。率直に語ってもらった。

FNNの単独取材に応じる警察庁・楠芳伸長官(2025年12月下旬)
FNNの単独取材に応じる警察庁・楠芳伸長官(2025年12月下旬)
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キーワードは「現下の治安情勢への対応」と「信頼回復」

--全国警察のトップとして2025年の警察行政を振り返り、今年はどんな1年でしたか?

私は今年1月下旬に長官に就任しましたが、就任時点で「やらなければならない」と強く意識したのは、目前に迫っていた大阪・関西万博と7月の参議院通常選挙に対する警備、そして、2024年の詐欺被害額が過去最悪になっていることからトクリュウ対策とサイバー犯罪への対策でした。そういった現下の治安課題に対して取り組んできましたが、そういった中で、国民の信頼を失うような不適切事案がありました。一度起きてしまったものは元に戻せないので原因を分析し再発防止策を講じることによって、信頼回復に努めようと強い気持ちをもって取り組んできました。今年1年はこうした現下の治安情勢に対応することと同時に警察の信頼回復に努めることをどちらもしっかりやろうと取り組んだ1年だったと思います。

--具体的には警視庁公安部が関与した大川原化工機の捜査や神奈川県警のストーカー事案における対応の不備、佐賀県警の科捜研職員によるDNA型鑑定の不適切な取扱いなど、国民の信頼を損なう大きな事案がありました。これらをどのように捉え、今後はどのように信頼回復に努めますか?

不祥事の事案はそれぞれ内容が異なりますが、対応に当たって一番大事なことは共通していて、起きてしまったことに対して、その原因を分析し、しっかりと再発防止策を講じるということです。警視庁公安部の件では、捜査指揮の不在など様々な問題点が明らかになりました。そこを踏まえて再発防止策を講じています。川崎市のストーカー事案については、組織的な対応ができていなかったという反省がありますので、警察本部に司令塔を設けて、組織でしっかり対応する体制にしています。次に向かって、信頼回復に取り組むことが大事だと思っています。

治安対策上の最重要課題“トクリュウ”

--闇バイト強盗や詐欺を行う匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)は日本の治安を大きく脅かす存在になっています。このトクリュウに対して今年の取り組みの評価、そして来年以降、課題とされている首謀者の摘発と実態解明をどう進めていきますか?

匿名・流動型犯罪グループ対策は、治安対策上の最重要課題です。私は就任してから全国警察を挙げてしっかりと取り組むという強い気持ちをもってやってきました。その成果として、警視庁、埼玉、千葉、神奈川の合同捜査本部が、去年8月以降に首都圏で発生した、いわゆる闇バイト強盗の指示役4人を12月までに検挙しました。ただ一方で、今年は警察官を騙る特殊詐欺の被害がかなり増え、さらにSNSを悪用した投資ロマンス詐欺の被害も拡大し、過去最悪であった昨年の被害額を上回るなど詐欺被害の拡大に歯止めがかかっていない状況です。そこで、今年10月から警察庁に「匿名・流動型犯罪グループ情報分析室」を設置して、警視庁にも全国警察から捜査員を集め、「匿流ターゲット取締りチーム」を構築し、専従の捜査態勢を確保しています。狙いは、グループの実態解明と中核的人物の検挙、そして違法なビジネスモデルを解体していくことです。海外当局とも連携し、これをしっかりやっていくことが重要だと思っています。

警察庁・楠芳伸長官(2025年12月下旬)
警察庁・楠芳伸長官(2025年12月下旬)

緊急的なクマ駆除も“警察の任務”に 

--今年はクマの駆除という新たな任務も発生しました。警察官がライフル銃を使用してクマを駆除するということに対してどう評価し、来年以降は運用していきますか?

警察によるクマ対策で一番大切なことは、住民の皆さんの安全確保を最優先に取り組むということです。これまでもクマの出没があれば迅速に情報提供したり、避難誘導や警戒活動を行ってきましたが、今年は特にクマの出没が増えて人身被害も発生しました。そこで、規則を改正し、今年11月13日から、「鳥獣保護管理法」に基づき市町村が実施する「緊急銃猟」に加えて、追加的、緊急的な対応として、警察官が警察官職務執行法に基づきライフル銃を使用してクマの駆除の任務にあたることとしました。現時点で実際に警察官がライフル銃を使用してクマを駆除した事例はありませんが、今後、市町村と一緒に対応しなければならない状況が出てくれば、それは地元の人たちの「安全・安心」確保のために対応していくことになります。

年間32万件の人身安全案件「ストーカー・DVは“急変”する」

--川崎市のストーカー対応の不備などを踏まえ、今後、全国警察においてストーカーやDVなどの人身安全対策は例外なく確実な対応が求められると思います。先の臨時国会ではストーカー規制法の改正も行われましたが、今後の方針はどうなりますか?

神奈川県の川崎市で発生したストーカー事案では不適切な対応がありました。これについては検証を行い、再発防止策も取りまとめました。ストーカー事案を含む人身安全関連事案は事態が急変し、被害者の生命身体に危険が及ぶことがあることを常に念頭に置いて、しっかりと組織的に対応する必要があります。一方で、人身安全関連事案は全国で年間32万件に対処しなければならないという「量的な困難性」と、危険性や切迫性をいかに的確に判断するかという「質的な困難性」があります。そのためには、業務の合理化を進め、個々の警察官任せにせず、組織的に対応する体制を整えることも必要です。臨時国会では、「紛失防止タグ」を悪用したストーカー事案に対応するため、「ストーカー規制法」を改正しました。12月30日の施行に向けて準備するとともに、改正法を活用して未然防止に努めていきます。

来年に向けての課題を語る警察庁・楠芳伸長官(2025年12月下旬)
来年に向けての課題を語る警察庁・楠芳伸長官(2025年12月下旬)

“次の1年”2026年は警察の構造改革も進めていく

--今年1年を踏まえて2026年、特に力を入れて推進したい警察行政は?

この1年、警察の様々な活動を振り返って、これから考えなければいけないキーワードは、事案の「広域性」「専門性」「高度化」だと思っています。特に来年も力を入れていかなければならない匿名・流動型犯罪グループ対策は、警察の部門の壁を越え、都道府県警察の壁を越えて全国警察が一体とならなければ対応できません。また、詐欺事案の手口は高度化し、海外の拠点から詐欺電話がかかってくることもあります。だからこそ国境の壁も越えた広域的な対応が必要です。サイバー犯罪対策も同じく「広域性」、そして「専門性」が必要になります。さらに、ローン・オフェンダー のように全国各地で活動している者をどのように洗い出すかも重要です。このような事案に対しては、警察庁が全国警察の司令塔として主体的に関与する必要があります。これにしっかり取り組んでいくことが次の1年の課題です。また、警察官の人材確保が難しくなっている中、少子高齢化、人口減少が進んでおり、警察が将来にわたり治安を維持するための組織であり続けるために、5年後、10年後を見据えた「警察の構造改革」も進めなければならないと思っています。

「取材を終えて」

楠長官は今年9月、大川原化工機の冤罪事件と川崎市のストーカー事案の検証結果を受けて、急遽、全国警察の本部長を都内に集め会議を開き、「警察組織のより根源的な問題として組織の規律自体が、目に見えないうちに、少しずつ緩んできているのではないかと強く懸念している」と指摘した。実際、今年の全国の警察官の懲戒処分者数は過去10年で最多となる水準で推移しており、 国民の安全・安心を守る存在である警察官の信頼が揺らぐ事態になっている。

こうした背景を踏まえ、楠長官は今回の取材の最後に全国の約30万人の警察職員(2025年4月1日現在の定員「令和7年警察白書」より)に向けて、「警察の活動というのは国民の信頼の上に成り立っています。誇りと使命感をもって国家と国民に奉仕するという、警察の在るべき姿、原点を忘れず、“国民のための警察”の確立に向けて頑張ってほしい」とメッセージを出した。

近年、社会情勢が大きく変化し警察の取り扱う業務は量、質ともに増大している。こうした中で国民の声や視線を受け止め、不祥事の反省をどういかしていくのか。次の1年となる2026年は警察の真価が問われている。

取材・執筆:フジテレビ社会部警察庁担当 河村忠徳

河村忠徳
河村忠徳

「現場に誠実に」「仕事は楽しく」が信条。
フジテレビ報道局社会部所属。現在は警察庁クラブに在籍。
これまでにFNN北京支局特派員や警視庁、埼玉県警、宮内庁などの記者を経験。