政府や政党の要人らを警護する警察官=SP。その厳しい任務に明け暮れる彼らの日常は、実は階級と厳しい規律によって成り立っている。様々なハラスメントや働き方改革の波が押し寄せる中「最後の絶滅危惧種」(現職SP)とまで自称する、伝統的・保守的な彼らの生態を紹介する。

安倍首相の街頭演説を警護するSP

厳しい上下関係

普段は周囲に厳しい眼を光らせる彼らも、昼時は交代で休憩し食事をする。首相官邸などでは食堂で記者と居合わせる場合も少なくない。

彼らは何人かでまとまって食事をすることが多いが、部下は着席する際に上司のテーブルの前を布巾できれいに拭き、上司にお茶を供する。もちろん最初に箸をあげるのも上司だ。その序列は食事時でも変わらない。

だが常に楽しい昼食になるわけではない。たまに上司のランチだけが異様に遅く出てくる場合があるのだ。空気を読めない上司が、頻繁に注文の出る日替わり定食、Aランチ、Bランチではなく、作り置きしていない丼物などを頼んだりする時だ。官邸の食堂ではゼロから作り始める「野菜炒め」「揚げ物」も落とし穴と言える。

安倍首相の出邸を警護するSP(首相官邸・9月)

部下は自分のランチが先に来ても手を付けず、上司の昼食が来るのをひたすら待つ。上司が「どうぞ先に食べて」などと言うことは滅多にないし、仮に言われても部下は食べない。完全な「体育会系」(今の体育会でもこれはないか…)だが、冷めた味噌汁をすする部下の心境やいかに。

ちなみに官邸の食堂におけるSP食の王道は「ナポリタン+トースト+キャベツ山盛り」。炭水化物+炭水化物+気持ちばかりの野菜、といったところか。

日替わり定食もナポリタンも美味しい首相官邸の食堂(河野太郎防衛相のSNSより)

昼食だけでなく夜食も同様だ。ある夜、先輩に玉子サンドを買いに行かされた後輩が「ハム玉子サンド」を買っていくと、「俺が頼んだのは玉子サンドだ。やり直し」と先輩に返され、後輩はより遠いコンビニにまで足を運んだという。先輩に対する後輩の敬意と服従、簡単に言えば「使い走り」の文化が今もあることにも驚くが、その厳しさは他に類を見ない。ちなみに彼らの宿舎は、皇居の半蔵門近くで、付近のコンビニの数は決して多くない。

遅々として進まぬ昇進

厳然たる階級社会に生きる彼らにとって、自らの地位を上げるには試験に受かるしかない。しかし、厳しい業務をこなす彼らにとって、忙しい毎日と少ない休日は「勉強する時間がない」という格好の言い訳にもなってしまう。「職務に精励する」という一方で「勉強なんてやってられねえ」という本音があるのも事実だ。

しかも彼らの試験は、なぜか運転免許証を更新する品川区・鮫洲の試験場で行われる。警視庁のある桜田門から直線距離でもおよそ8㎞ある鮫洲に行く手間を面倒だと思うのも理解できるが、こうした「試験無精」が増えることで、警視庁内の人事が滞るのも深刻な問題となっている。試験に通らないと次のポストに異動できず、人事が停滞してしまうのだ。その実態を象徴するように、あるSPは先日「次の試験は白紙で出す」と、なぜか誇らしげに語っていた。

安倍首相の街頭演説を警護するSP(7月20日)

SPのストレス解消

忙しく、ストレスフルな毎日を送る彼らにとって、発散する手段は酒である。彼らは総じて酒が好きだ。いや、大好きだ。その飲む量、食べる量もさることながら、彼らはどんなに暑い日でも上着は脱がない。警察手帳をはじめ、なくすと大変なものをいくつも抱えているからだ。真夏のビアホールで上着を着たままビールを飲む大柄な人たちがいれば、ほぼSPとみて間違いない。ポマードで髪を撫でつけ、耳のつぶれた人が複数いれば確定だ。

居酒屋では、部下は極力上司と同じ酒を飲む。許される違いといえばホッピーの「白」を頼んだ上司に対し部下が「黒」を頼むくらいだ。弊社の後輩が名前の長い横文字の酒を注文すると、それだけで後輩は説教の餌食になった。

また、普段永田町界隈で活動する彼らには、赤坂に小さな行きつけのスナックが数件あり、そこが二次会の場となる。赤坂見附近くにある赤い看板のその店は、ベテランの女性が一人で経営していて、帰り際に必ずハグとキスをするという習慣があった。私も何度かお邪魔し、得難い経験をさせていただいた。値段が驚くほど安かった記憶があるが、その店はもうない。

夜の赤坂見附駅界隈(イメージ)

個性豊かな面々

そんな厳しい環境に置かれた彼らだが、意外なことに「辞めていく人は少ない」(現職SP)という。つらい境遇を分かち合う同僚への仲間意識か、崇高な使命感からか。

また、厳しい規則に縛られる行動とは裏腹に、彼らの心の中には驚くほど豊かな個性と価値観が眠っている。大ヒット映画「ボヘミアンラプソディー」を同性愛者向けの映画だと思い込み、全く感動しなかったという人もいる。

ただひとつ言えるのは、彼らは皆優しくて温かい。「あたたかい」ではなく「あったかい」という響きに近い。上司の評価基準や試験はともかく、少なくとも仲間内で問われるのは頭の回転や要領の良さではなく、素直さや愚直さ、私利私欲をどれだけ捨てられるかだ。

変化の早い時代の流れに敢えて(?)乗らず、黙々と職務をこなすSPの面々。その生きざまは、河島英五さんの歌を地で行くように質素で地味である。

警視庁 採用HPより

フジテレビ政治部 山崎文博 山田勇