先日、神奈川県の箱根温泉に行ってきた。外国人観光客の多さを目の当たりにして、宿のスタッフに中国人の利用客が減ったかどうかを聞いてみた。

箱根・大涌谷 多くの外国人観光客が訪れていた
箱根・大涌谷 多くの外国人観光客が訪れていた
この記事の画像(6枚)

「言われてみればそんな気がしないでもない」「特に減ったとは感じない」という、いささか拍子抜けするような反応だった。これが全てではないにしろ「悪影響」「懸念」といった見出しが躍るメディアの論調との温度差を感じた時でもある。

外務省筋によると「中国人旅行者の増減は常にあるが、今のところ大きなへこみはない」という話だった。「オーバーツーリズムの解消にはちょうどいい」(別の外務省筋)との楽観論まで聞かれたほどだ。

“成熟した”中国社会

いわゆる「台湾有事」を巡る高市首相の発言から1カ月あまり。ある外交筋に聞くと「中国社会の成熟を感じた」という答えが返ってきた。

尖閣諸島の国有化(2012年9月)では反日デモ、福島第一原発の処理水放出(2023年8月)では大量の迷惑電話といった現象が起きたが、今回は民間レベルでの動きは聞かれない。
日本大使館筋によると「中国での反日は全く感じない」という。

処理水放出に伴い 中国で大量の迷惑電話が発生した(中国SNSより)
処理水放出に伴い 中国で大量の迷惑電話が発生した(中国SNSより)

むしろ日本映画の公開中止や歌手のコンサートの取りやめなど、エンタメ業界を中心に中国側に悪影響が出ている実態もあるようだ。

「上の方で騒いでいるから、国民は仕方なくおとなしくするしかない」(同)というように、中国の国民が指導部の動きに冷めていることを受けた「中国社会の成熟」なのだろう。
「首を斬る」などと言う外交官がいるかと思えば、状況を冷静に見ている国民もいる。
中国は一言では語れない国だとつくづく思う。

圧力をかけにくい?中国の実情

実際に中国側の反発は言葉こそ強いが「経済的圧力をかけにくい状況にある」(外交筋)という。
理由のひとつは前述のように国内世論が盛り上がっていないこと。もうひとつは中国の国内経済が悪いことだ。

日本企業にとっても“中国リスク”は以前にも増して顕在化した。中国に進出している日本企業、特に大企業にとって「中国離れ」は簡単ではないが「デカップリング(切り離し)ではなく、デリスキング(リスクの軽減)がより進むことになる」(同)という。

中国には多くの日本企業が進出している
中国には多くの日本企業が進出している

外務省・金井アジア大洋州局長と中国外務省の劉頸松(りゅう・けいしょう)アジア局長との会談も、協議に応じない選択肢もあった中国サイドはこれを受けた。
レーダー照射後も「武官レベルで会話は出来ている」(別の外交筋)という。
中国にとってはアメリカとの交渉や経済的な繋がりなどを踏まえ、日本を完全に無視するわけにはいかない事情があるようだ。

中国の指導部に目を向ければ、折しも習近平国家主席の側近とされる軍の幹部が相次いで処分され、何かと不安視する声も聞かれる。「習主席自身は置いておきたい人材だが、反腐敗の号令に抗いきれないのでは」(外務省筋)という分析もある。

そんな中で起きたレーダー照射は「国家の意思ではなく、現場がやってしまったのでは」(外交筋)との見方がある。「中国側の最初の言い分は、レーダー照射の有無には触れず『日本が近づいてきた』という主張だった。中国外務省には情報が入っていないのだろう」(外務省筋)とも言われる。

国際社会に自らの正当性を主張してきた中国だが「これまでは向こうのペースだったが、この件は言い訳しにくい」(外交筋)と風向きが変わる可能性も指摘されている。

求められる“中国との向き合い方”

そんな中国との関係は今後どのように展開していくのか。韓国での日中首脳会談を差配しただろう王毅(おう・き)政治局委員兼外相や呉江浩(ご・こうこう)駐日大使は「厳しい立場に置かれている」との声が各所から聞かれる。

王毅氏は日本への厳しい批判を繰り返している
王毅氏は日本への厳しい批判を繰り返している

「高市首相の発言の『撤回』ではなく『説明』を求めれば落としどころは探れた」(外務省筋)というが、今や双方とも引けない、動きにくいのが実情で、事務レベルのやりとりも「かみ合っていない状態」(外務省筋)だ。
王毅氏と関係が深い秋葉剛男元国家安全保障局長の出番を期待する声もある。

2026年11月に中国・深セン(土へんに川)で開かれるAPEC=アジア太平洋経済協力会議がひとつの契機で「APECから逆算した日程の組み立てだ」(別の外交筋)と見られる一方、高市首相が表明した2026年の安保3文書の改定は中国が神経を尖らせる事案で、様々な要素が複雑に絡む。

ことの経緯や中身はともかく、高市首相の発言が中国との向き合い方を再考するきっかけになったことは間違いないだろう。それをどのような時間軸でどの方向に持って行くのか、日本外交の戦略と覚悟が問われることになる。

山崎文博
山崎文博

FNNプロデュース部長 1993年フジテレビジョン入社。95年から報道局社会部司法クラブ・運輸省クラブ、97年から政治部官邸クラブ・平河クラブを経て、2008年から北京支局。2013年帰国して政治部外務省クラブ、政治部デスクを担当。2021年1月より北京支局長に。その後2024年から国際部長を経て現職。入社から28年、記者一筋。小学3年時からラグビーを始め、今もラグビーをこよなく愛し、ラグビー談義になるとしばしば我を忘れることも。