ひと昔前「SP」というドラマが流行ったのを覚えているだろうか。V6の岡田准一さん演じる警護官(SP)が暴漢やテロから要人を守る話だが、その危機察知能力と身のこなしに憧れを抱き、SPを志した人が一時期増えたとも言われている。しかし、永田町を中心に政治の世界で活動する本当のSPたちの姿はかなり違う。その実態を少しだけ紹介する。
“石ころ”ゆえの地位

SP(セキュリティポリス)は、政府や政党の要人を様々な危険から守り、警護するのが役割である。その対象は、総理大臣はもちろん、閣僚、政党の幹部、海外の要人や賓客など多岐にわたる。
ただ、対象者の身の安全を確保することが唯一にして最大の任務で、それ以外の役割はないため、立場としては「石ころと同じ(現役SP)」だ。敵の凶弾や凶器の盾になる「石」であればいいということであり、他の存在理由はない。
職務の上での価値は石ころだからその地位は著しく低い。首相官邸や政党本部には席や居場所が確保されているが、対象者の事務所や車両はSPに居場所を与える義務はない。もちろん食事も同様。事務所には「居させていただく」、車両には「乗せていただく」立場であり、それは全て「厚意」によって成り立っている。
記者も政治家に覚えられ、本音を聞き出す信頼関係を作ることが大事だが、SPも対象者はもちろん、秘書、政党や国会の職員、ドライバーなど、幅広い人間関係の中に「入れさせていただく」ために涙ぐましい努力が必要なのだ。

様々な困難
さらに大変なのは対象者の行動だ。首相官邸や国会、政党本部など、勝手のわかる場所であれば問題ないが、外での会合、特に初めていく場所は下見が欠かせない。敵や不審者が身を隠せる場所がないか、事前に調べる必要があるからだ。
時にセットされる秘密裏の会合も、SPは事前に把握しておかなければならないし、こうした日程ももちろん、秘書や関係者らの「厚意」によっていただく。政治家の動静や予定を調べるという点では記者もSPもやることは同じである。
ちなみにアメリカのトランプ大統領が来日した際、日米両首脳は両国国技館を訪れ、夜には六本木の居酒屋に出向いたが、不特定多数の人がいる国技館や、雑居ビルが林立し身を隠す場所に事欠かない六本木の警備は困難を極めたという。

また、いくら石とは言っても「生きた石」なので食事はもちろん、排せつのタイミングも考えなくてはならない。かつて、ある幹部議員が夜の会合に出席した際、担当SPがどうしても「大」を我慢できずに持ち場を離れ、そのすぐ後に議員が出てきて出発が遅れてしまい、激怒されたという話がある。
1分1秒を惜しむ政治家の行動を制限させてしまうことはもちろんご法度だ。とはいえ生理現象までコントロールしないといけない大変さにも同情を禁じ得ない。
身内の敵
通常、閣僚や政党要人といった警護対象者には2人のSPが交代で随行する。上司と部下という組み合わせだが、2人の関係はどちらかというと悪い方が多い。率直に言うとだいたい悪い。上司は部下の仕事ぶりを心配、悪く言えば信じられず、部下は上司のチェックが煩わしいと感じるのだろう。それぞれがプロとしてのプライドを持つ分、やり方も違えばぶつかり合うことも多いということか。

また、自分は業務をこなせていても、対象者や秘書、ドライバーらとの相性が合わなければ最悪だ。特に移動の車中は密室だけに、対象者の機嫌の良し悪しや渋滞などの交通状況、果ては酒臭、体臭に至るまで「何か気に食わないこと」が起これば逃げ場がない。上司、または部下の失敗が尾を引く場合も同様で、自分が悪くなくても謝る度量が必要だ。私が聞くSPの話で最も多いのが人間関係に絡むもので、特にコンビを組む「バディ」への不満や愚痴が多い。

永田町における「おはようからおやすみまで」は政治家を取材する記者に向けられた言葉でもあるが、それはSPも全く同じだ。
ドラマや映画のように敵と戦う事態は滅多にないだろうが、「何か」があればその時点で失格の烙印を押される厳しい任務でもあり、その日常は驚くほど地味である。ニュースの映像に時折映る、いかつい人たちの厳しい表情と視線の裏には「政治の安定」に貢献するための数多くの苦労があることを忘れてはならない。