1979年に鹿児島県大崎町で起きた大崎事件。殺人罪などで服役しながらも一貫して無実を訴え続けてきた原口アヤ子さんが、6月15日に99歳の誕生日を迎えた。弁護団や支援者が施設を訪れ、節目の日を祝うとともに、再審開始へ向けた思いを新たにした。「やり直しの裁判にそのままいけるから、無罪を一緒に法廷で聞こうね」――弁護団からの言葉が、長年にわたる闘いの重さを静かに物語っている。
弁護団が誕生日前日に面会「無罪を一緒に法廷で」
誕生日を翌日に控えた6月14日午後1時ごろ、大崎事件弁護団の鴨志田祐美共同代表ら3人が、原口さんの過ごす県内の施設を訪れた。間近に迫った99歳の誕生日を祝うとともに、5度目となる再審請求の審理が続く鹿児島地裁での闘いへの意気込みを伝えるためだ。

鴨志田共同代表は原口さんに対し、「今度再審開始決定が出たらやり直しの裁判にそのままいけるから、無罪を一緒に法廷で聞こうね」と語りかけた。長年にわたり無実を訴え続けてきた原口さんに向けられたこの言葉には、再審制度改正への期待と、ともに闘い続けてきた弁護団の強い決意がにじむ。

99歳を迎えた誕生日当日、支援者や袴田ひで子さんもお祝い
6月15日、誕生日当日の午後2時ごろには、「大崎事件 原口アヤ子さんの再審をめざす会」のメンバーら5人も同じ施設を訪れ、節目の日を祝った。
この日は、静岡の一家4人殺害事件で無罪を勝ち取った袴田巖さんの姉・袴田ひで子さんも、ビデオ通話を通じて祝福に加わった。「元気にしてる? 頑張ってるね」。画面越しに届いたひで子さんの言葉は、同じえん罪の苦しみを知る者だからこそ持つ重みがある。

訪問した支援者のひとり、宮地久美子さんは「本当にお元気な姿を見てホッとした」と話しながらも、「再審というものに結びつかないもどかしさを感じながら過ごしている。もっと多くの人にえん罪のこの事件を知ってほしい」と複雑な心境を口にした。

大崎事件とは――1979年から続く長い闘い
大崎事件は1979年、鹿児島県大崎町の牛小屋の堆肥の中から、中村邦夫さんの遺体が発見されたことに端を発する。中村さんの義理の姉にあたる原口さんは、殺人などの罪で有罪判決を受け、10年間服役した。しかし原口さんは服役中から一貫して無実を主張し続け、釈放後も裁判のやり直しを求める再審請求を繰り返してきた。

現在は鹿児島地裁で5度目の再審請求の審理が進んでいる。これまでに裁判所が再審を認める決定を3度にわたって出してきたが、そのいずれもが検察官による不服申し立て=抗告によって覆されてきた。再審への扉が開かれながら、そのたびに閉ざされてきたという事実が、この事件の問題の根深さを示している。
再審法改正案に「抜け道が残っている」――弁護団が憤り
面会後に会見を開いた弁護団は、今国会で成立する見通しとなっている再審制度に関する改正案についても言及した。改正案には、裁判所の再審開始決定に対する検察官による抗告を原則禁止とする内容が盛り込まれている。一方で、十分な理由があれば例外的に抗告を認めるとする規定も設けられる見通しだ。
この点について鴨志田共同代表は、「検察官の不服申し立てを全面禁止にしてほしかった。抜け道が残っているようでは安心できない」と語気を強めた。そのうえで、「来週からは参議院の審議が始まるが、アヤ子さんと約束した思いを胸に秘めて、国会に働きかけていきたい」と述べ、立法段階での改善を求めていく姿勢を示した。

大崎事件ではこれまで、検察官の抗告こそが再審実現を阻んできた最大の壁であった。原則禁止という方向性は評価しつつも、例外規定が残ることへの懸念は根強い。99歳を迎えてなお闘い続ける原口さんと、その背中を支える弁護団・支援者たちにとって、参議院での審議は見逃せない局面となる。
【動画で見る▶「無罪を一緒に聞こうね」 大崎事件弁護団が原口アヤ子さんに決意 鹿児島】

