富山県内に「流れ星で作った刀」が存在する—。そんな話を耳にしたことはあるだろうか。手がかりをたどって上市町へ向かい、さらに富山市の博物館へと足を運ぶと、明治時代の偉人が秘めた壮大なロマンが浮かび上がってきた。

上市町の神社に残された石碑


富山県上市町にある千石神社。境内には「白萩隕鉄の碑」と刻まれた石碑が立っている。


文献によると、白萩隕鉄とは明治23年に旧白萩村で発見された隕石のことだ。重さは22.7キロ、形はU字形をしていたとされる。しかし、その実物を上市町で見ることはできない。

「実は現在はなくて、東京の国立科学博物館さんに収蔵されている」と語るのは、上市町教育委員会学芸員の牧野謙汰さんだ。今からおよそ130年前に富山の地へ落ちたこの隕石は、現在、東京の国立科学博物館に収蔵されるほど貴重なものとなっている。
U字形の隕石に刻まれた「断面」の謎


国立科学博物館で実物の白萩隕鉄を目にすると、確かにU字形をしているが、表面には滑らかな断面も見られた。なぜそのような断面があるのか。

同館の諏訪部優子さんはこう説明する。「こちらの隕鉄を利用して流星刀という刀を作ったのでそのあとが残っている」。
隕石の一部を削り出して刀が作られた—。それがあの断面の正体だった。では、その刀は今どこにあるのか。
「流星刀は5振作られまして、長刀の内ひとつは当時の皇太子に献上されたものになります。残りの4つですが、ひとつは戦時中に焼失してしまいまして、残りは東京農業大学と龍宮神社、北海道にある龍宮神社。それで残りのひとつは、富山市科学博物館に現在は所蔵されています」(諏訪部さん)

「星鉄」の2文字が刻まれた流星刀


流星刀を求めて、富山市科学博物館へ。一般公開はされていないが、今回は特別に見せてもらうことができた。



鞘から出された刀をよく見ると、表面にはまだらな文様がくっきりと浮かび上がっている。「表面をよく見ていただくと、文様というか、まだらな模様みたいなモノがくっきりと出ているんですけれども、こういった所が普通の刀よりも模様が出ているのが特徴かなと思います」。


さらに、刀の銘の部分には鉄隕石から作られたことを示す「星鉄」の2文字が金色で刻まれている。日本に落ちた隕石を使って作られた日本刀は流星刀だけだといい、この刀の貴重さを物語っている。
幕末の偉人・榎本武揚が抱いたロマン
では、なぜこのような刀が生まれたのか。その背景には、幕末から明治にかけて活躍した旧幕臣・榎本武揚の存在がある。

諏訪部さんによると、「こちらの白萩隕鉄は、明治政府で大臣も歴任した榎本武揚氏が買い上げたもの」だという。政治家・外交官として知られる榎本武揚は語学が堪能で、ロシア駐在公使として外交手腕を発揮した人物だ。そのロシア滞在中、皇帝が鉄隕石で作られた刀を所持しているのを目にした榎本は、帰国後に白萩隕鉄を自費で購入し、刀工に命じて「流星刀」を作らせたとされている。

一人の偉人が異国で見た品に触発され、遠く富山の地に落ちた隕石が歴史に残る刀へと姿を変えた。上市町の石碑から始まった調査の先に、明治を生きた人間の壮大なロマンが息づいていた。身近な場所にも、まだ知られていない歴史が残されているものだ。
(富山テレビ放送)

