ロンドン五輪で銀メダルを獲得したなでしこジャパンの守護神が、長きにわたるキャリアに幕を下ろした。鹿児島県指宿市山川出身の元女子サッカー日本代表ゴールキーパー・福元美穂さんが現役引退を発表し、故郷の指宿市役所を訪れて報告した。「最高のサッカー人生が送れた」と振り返るその言葉には、サッカーへの深い愛情と、地域への感謝がにじんでいた。

小学3年生からサッカーを始め、世界の舞台へ

福元さんは1983年、指宿市山川で生まれた。サッカーを始めたのは小学校3年生のころ。地元・指宿でボールを蹴り続けた少女は、神村学園高等部に進学し、在学中の2000年にはU-18日本代表のGKとしてアメリカで開催されたアディダスカップに出場するまでに成長した。

高校卒業後の2002年、岡山湯郷Belleに加入。以来、同クラブで長きにわたりプレーを続け、日本代表として81試合に出場した。

花束を受け取る 元女子サッカー日本代表ゴールキーパー・福元美穂さん
花束を受け取る 元女子サッカー日本代表ゴールキーパー・福元美穂さん
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2011年W杯優勝、翌年のロンドン五輪では正GKとして銀メダルに貢献

福元さんのキャリアの頂点となったのは、2011年のFIFA女子ワールドカップ優勝と、翌2012年のロンドンオリンピックだ。ロンドン五輪では正GKとして先発出場を続け、日本チームの銀メダル獲得に大きく貢献した。

この活躍により、同大会で女子バレーボール日本代表として銅メダルを獲得した迫田さおり選手、新鍋理沙選手とともに鹿児島県知事表彰を受けた。指宿市が生んだアスリートとして、地域に誇りをもたらした瞬間でもあった。

7月31日に引退発表、所属クラブを通じてコメント

現役引退は、所属するプレナスなでしこリーグ1部の岡山湯郷Belleが7月31日に発表した。福元さんはクラブを通じ、次のようにコメントしている。

「地元・指宿でのびのびとサッカーをさせてもらい大好きになりました。大好きなサッカーをこれほど長い間続けられ本当に本当に幸せな時間でした。支えてくださったすべての方々に心から感謝申し上げます」

サッカーへの愛情を率直に語るその言葉には、競技者としての充実した歩みがそのまま映し出されている。

指宿市役所を訪問、地元への感謝を胸に

引退発表後、福元さんは地元の指宿市役所を訪れ、現役引退を直接報告した。訪問の際、福元さんは次のように語った。

「大好きなサッカーを長い間思いっきりやらせてもらって、最高のサッカー人生が送れた。どこのクラブに行っても代表チームでもたくさんの応援をいただいていたので感謝しています」

指宿市という地方都市から日本代表の正GKへ—その歩みは、地域のサッカーを愛する子どもたちにとって、大きな希望となるものだ。応援してくれた指宿市民への感謝の思いは、言葉の端々からはっきりと伝わってくる。

「指宿市のみなさんが喜んでくれるような活動を」

引退後の活動については現時点で未定とされているが、福元さん自身は故郷への思いを強く持っている。

「指宿市のみなさんが喜んでくれるような活動が少しでもできたら」

その言葉が示すように、なでしこジャパンの守護神は競技の第一線を退いた後も、指宿というコミュニティへの思いにあふれている。守護神がグラウンドを去った今、その経験と情熱が指宿の地でどのように受け継がれていくのか、多くの人が温かく見守っている。

鹿児島テレビ
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