米国とイスラエルによる空爆が続く中でも、イランは崩れない。軍事的には劣勢に立たされ、施設は破壊され、指導部も打撃を受けている。それでも国家としての意思は揺らがず、戦闘能力も完全には失われていない。
なぜこの国は「負けない」のか。その答えは、この国の歴史、戦略、そして思想が三層構造のように重なっている点にあり、それを米国やイスラエルが見誤っていることにあるようにも映る。
「勝利」よりも「存続」
まず歴史である。イラン人は実に長い戦争の歴史を生きてきた。過去2720年の間に、1000を超える戦争や紛争を経験してきたとされる(メヘル通信ーイラン)。帝国の交差点に位置するこの国は、ギリシャ、ローマ、アラブ、モンゴルといった外敵の侵攻に繰り返しさらされてきた。しかし、それでも消えなかった。
特徴的なのは、「勝ち切らなくても残る」という点にある。ササン朝はアラブ勢力に敗れたが、ペルシア文化はイスラム世界の中枢に入り込んだ。モンゴルに征服された後も、征服者の側がペルシア化していく。戦場では敗れても、時間の中で相手を取り込む。つまりイランは、戦争を「その場の勝敗」で終わらせない国家である。
この歴史は、現代の戦い方にそのまま引き継がれている。イランの軍事戦略は明快だ。「勝つ」ことを前提にしていない。
地下施設に分散されたミサイル、実物と見分けのつかないデコイ(おとり・偽物)、民間車両に偽装された移動発射装置、さらには地域に広がる代理勢力。いずれも共通しているのは、「壊されても戦える構造」である。
正面から勝つ戦争ではない。相手にコストを強い、疲弊させ、最終的に「割に合わない戦争」に変えてしまう。この構図は過去にも繰り返されてきた。
イラン・イラク戦争では決定的勝利は得られなかったが、イラクは消耗し、その後の戦争で崩れていく。イラク戦争後には、米軍が軍事的に制圧したはずの地で、結果的にイランの影響力が拡大した。
勝っていない。しかし負けてもいない。そして最終的に、相手が退く。ここまでであれば、それは一種の合理的な戦略と説明できる。
死が「達成」とされる価値観
だがイランの場合、それだけではない。その底にあるのが、シーア派の殉教思想である。
680年、カルバラー。 預言者ムハンマドの孫、イマーム・フセインは圧倒的に不利な状況で戦い、命を落とした。この出来事は単なる歴史ではない。シーア派の世界では、「正義のために倒れること」が最高の行為として記憶されている。
ここで重要なのは、価値の置き方である。通常の戦争では、生き残り勝利することが目的となる。だがこの思想においては、正義のために犠牲となること自体が達成とされる。敗北は終わりではない。 むしろ意味を持つ。
毎年のシーア派最大の宗教行事「アシュラ」では、信徒たちは体を鎖などで叩いて血だらけになりフセインの最期を追体験する。悲しみを共有し、その苦難に自らを重ねる。それは単なる宗教儀式ではなく、「どう生きるか」「どう死ぬか」という規範の再確認でもある。
この思想が政治と結びつくとき、国家の性質は大きく変わる。損害を恐れず、長期戦を厭わず、時に合理性を超えた行動すら正当化される。
歴史は「残ること」を教え、戦略は「負けないこと」を磨き、思想は「死を恐れないこと」を支える。この三つが重なったとき、国家は極めて扱いにくい存在になる。
打撃を与えても崩れない。優勢に立っても終わらない。今回の戦争でもイランは、米国やイスラエルに「勝たずに勝つ」のだろうか。
(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)
