冬眠明けの時期を迎え、各地でクマの目撃情報が増えている。4月時点のデータでは、山形県で前年の倍となる86件、仙台市では2025年の10倍以上となる32件が確認されるなど、東北・北陸を中心に出没の増加が目立っている。
しかし、これは日本だけの現象ではない。同じような傾向はアメリカでも見られる。
全米各地でもクマ目撃増加
NBCテレビの朝の番組「TODAY」は4月24日、冬眠から目覚めたクマが全米各地で活動を始め、住宅への侵入や都市部での目撃が増えていると特集で伝えた。コネティカット州では、過去10年で人とクマの衝突が700%増加したとされ、コロラド州でも今年すでに22郡でおよそ100件の活動報告が記録されている。
ミシガン州やニューヨーク州でも同様の動きがあり、ニューヨーク州オールバニでは若いクロクマの救出の様子がインターネットで広く共有され、都市と野生の距離が近づいている現状を印象づけた。
なかでも注目されるのが、グレート・スモーキー山脈国立公園での対応である。同公園は年間1200万人以上が訪れる米国有数の観光地であると同時に、約1900頭のクロクマが生息する地域でもある。今年は目撃の増加や行動の変化を受けて、トレイルやバックカントリーの一部が閉鎖された。これまで一定の距離が保たれてきた人とクマの関係に、変化が生じていることをうかがわせる。
保護か安全か スイスで再浮上する「クマ問題」
ヨーロッパでも状況は変わりつつある。
スイスでは20世紀初頭にクマは駆除され、1904年以降は「国内に野生のクマはいない」とされてきた。しかし近年、イタリア側からアルプスを越えて個体が入り込み、再び目撃されるようになっている。政府は共存を視野に入れた方針を示し、問題個体の管理も含めた対応を進めているが、議論はなお続いている。2019年の法改正では駆除をしやすくする方向が示され、2024年には生物多様性保護をめぐる住民投票も行われたが否決された。保護と安全のどちらを重視するのかについて、社会の見方は分かれている。
首都ベルン市の紋章には今もクマが描かれている。実際の街で見られるのはクマ公園の個体に限られるが、近年は野生のクマが再び姿を見せるようになり、「象徴としてのクマ」と「現実のクマ」との関係が改めて意識されるようになっている。
「野生動物は人間を避ける」前提に変化
そもそも野生動物は人間を避ける――そうした認識が長く共有されてきた。クマもまた、その代表的な存在とされてきた。しかし、その前提にも変化が見られる。
春のクマは本来、山中で若葉や山菜を食べるため、人里への接近は限られていると考えられてきたが、近年は人里で餌を得た経験を持つ個体が増え、状況に応じて人間の生活圏に近づく傾向が指摘されている。
では、なぜこうした変化が広がっているのか。要因としては大きく3つが挙げられる。個体数の回復、自然の食料不足、そして気候変動による生態系の変化である。
ノースイースタン大学の研究者、レベッカ・クラインバーガー博士は、クマの適応力と学習能力に注目する。安定した食料源を見つけると、それを記憶し繰り返し利用する性質が、結果として都市部への出現につながっている可能性があるという。さらに、植物生態学者のガブリエラ・ガルシア博士は、作物の豊凶と個体数の関係に着目し、気候変動がそのバランスに影響を及ぼしていると指摘する。
日本でも、小池伸介東京農工大教授が、人里での経験を持つ個体の増加が出没の早まりにつながっていると分析している。
こうしてみると、問題は単にクマの数が増えているというよりも、人とクマの関係が変わりつつある点にあるようにも見える。
理念としての「共生」と「現実の安全確保」に隔たり
では人とクマは共生できるのか。この点についても見方は一様ではない。
AIによる出没予測や監視の仕組み、いわゆる「BearWise」(※クマと人間が安全に共存するために役立つ情報や解決策を提供するプログラム)に代表される生活習慣の見直しによって、衝突を減らすことは可能だとする考え方がある一方で、野生動物としての性質は変わらず、人に慣れた個体ほどリスクが高まるとの指摘もある。理念としての共生と、現実の安全確保との間には、なお距離があるようだ。
かつて明確だった人とクマの「境界線」は、いま少しずつ曖昧になっている。それは単なる野生動物の問題というよりも、人間の生活と自然との関係の変化を映しているともいえる。
どこまでを人の領域とし、どこからを野生に委ねるのか。その問いに対する明確な答えは、まだ見えていない。ただ、クマの出没が増えている背景には、人間社会の変化が関わっている可能性もある。そう考えると、その向き合い方を改めて問い直す必要があるのではないか――そうした見方も出ている。
(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)
