伊達政宗が海を越えて挑んだ「慶長遣欧使節」。支倉常長を派遣したこの壮大な計画は、正式な外交協定を結べず「失敗」に終わったとするのがこれまでの通説であった。
しかし、13代にわたり伊達家の政治を支え続けた重臣の子孫が、その定説に新たな光を当てる貴重な資料を仙台市博物館に寄贈した。約400年前、政宗が真に描き、家臣の一族が子孫代々守り抜いてきた「外交戦略の核心」とは。
石母田家が守り抜いた「天下統一」への布石
栗原市高清水。ここに、1200年代から伊達家と共に歩んできた「石母田(いしもだ)家」の17代目、石母田晃さんがいる。
石母田晃さん:
伊達政宗は天下統一するために、慶長遣欧使節を送ったのだと思う
石母田家の4代目・宗頼は、政宗の右腕として「二十四人衆」の中でも家老トップの座にいた人物だ。宗頼は政宗の命を受け、支倉常長らによる「慶長遣欧使節」の計画を主導した一人とされる。
代々、同家には「宝物ということでしまっていた」という、外交をめぐる「壮大な計画」を裏付ける書物が眠っていた。
仙台市博物館に寄贈されたのは『慶長十八年元和二年南蛮へ之御案文』。メキシコ副王やスペイン国王、ローマ教皇へ届けられた政宗の親書案10通だ。
浮かび上がる「二段構えの外交戦略」
資料を詳しく分析した仙台市博物館の佐々木徹学芸員は、政宗の極めて高い先見性を指摘する。
仙台市博物館 佐々木徹学芸員:
「二段構えの外交戦略」が浮かび上がってきました。
これまでの通説では、スペイン国王との正式な協定締結のみが目的とされてきた。
しかし、資料によれば、政宗は同時にメキシコ副王に対しても極めて具体的な提案を行っていた。
長期戦略: スペインとの正式な外交・貿易協定を結び、仙台藩に宣教師やキリスト教文化を持ち込む。
短期戦略: 目の前の貿易機会を捉え、まずはメキシコ(当時のノビスパニア)との実利的な交易を実現させる。
仙台市博物館 佐々木徹学芸員:
スペインとの正式な外交・貿易協定を結ぶのは中・長期的な戦略。目の前の貿易の機会などをとらえて、南蛮貿易を進めて貿易品や宣教師を仙台藩に持ち込むという短期的な戦略。
実際、メキシコとの貿易はこの戦略によって実現している。使節派遣は決して全面的な「失敗」ではなく、政宗が意図した「一部の成功」を確実に収めていたのだ。
「未来を見据えた大名」政宗が託した思いを次世代へ

佐々木学芸員は、政宗を「未来を見据えて海外との外交を模索した点で、かなり稀有な大名だった」と評する。
寄贈者の石母田さんは、今も先祖の墓に手を合わせ、先祖が代々守ってきた歴史に想いを馳せる。
石母田家は13代目の時に廃藩置県を迎えるまで、一貫して伊達家の政治を支え続けた。
石母田晃さん:
先祖がこうやって残してくれたものを、私が生きている間はちゃんと拝んでいきたい。政宗さんが外交を400年も前に行った事実。書物が残っていることを知ってもらえればいい。

独眼竜・政宗が抱いた、仙台藩をどう守り、発展させるかという情熱。
その痕跡は、忠義を尽くした家臣の子孫の手によって、400年の時を超え、現代へと確かに届けられた。
