小泉進次郎の覚悟「迷ったらフルスイングだ」

カテゴリ:国内

  • 東日本大震災発生後、「チーム・イレブン」を発足 被災3県を継続的に支援することを決意
  • 原発事故という未曾有の危機に直面し「県立ふたば未来学園高校」の開校に注力
  • 「迷ったらフルスイングだ」という生き方

いまや「総理にしたい政治家」NO.1の自民党小泉進次郎筆頭副幹事長。
小泉氏のこれまでの「進化」の過程を振り返り、その資質を問うていく。
「進化」の第4ステージは、東日本大震災だ。

チーム・イレブン

2011年3月11日。
東日本大震災、そして東京電力福島第一原発事故は、東北を中心に甚大な被害をもたらした。
そしてその翌年2月、自民党青年局長だった小泉氏は「チーム・イレブン」の発足を発表した。

自ら被災地に足を運び支援活動をしていた小泉氏にとって、この会見は大きな意味を持ったに違いない。小泉氏は言葉を嚙みしめるように語り始めた。
「明日から毎月11日、福島・宮城・岩手の3県を継続的に回って被災地の方々の声を、また視察をして、国会に届けたいと、青年局として継続的にやっていきたいと思います。これは私が青年局長在任中、ずっと続けていきたいと思います」

野党の青年局の活動へメディアの関心は決して高くはなかった。しかし、自民党内では被災地から遠く離れた場でふだん活動する議員も参加し、党を挙げて被災地の課題解決に取り組もうという気運が高まった。
そして自民党が政権に戻ると、2013年9月、小泉氏は復興大臣政務官に就任する。被災地を奔走し、被災者に寄り添ってきた小泉氏が、復興にかかわる仕事を志願したのだ。

そしてチーム・イレブンは、頻度こそ減ったものの今も続いており、2018年5月に37回目の被災地訪問を行っている。

「前例なき環境には、前例なき教育を」

県立ふたば未来学園高校の卒業式で挨拶する小泉進次郎氏

小泉氏のさまざまな復興支援の取り組みのなかでも、私が特に注目したのが福島県の「県立ふたば未来学園高校」の開校だ。
「前例なき環境には前例なき教育を」を合言葉に、福島第一原発事故から4年たった2015年、福島県広野町に開校した福島県立ふたば未来学園高校。

小泉氏は、原発事故という未曾有の危機に直面し、住民の避難が続いていたこの地に、「教育の拠点」を創設するべく力を注いだ。この学校では、復興を担う人材を育てるべく、林修氏や為末大氏などさまざまな著名文化人やスポーツ関係者らが応援団として支援してきた。

学科は特色豊かで、進路希望に合わせて進学コース、トップアスリートを目指すコース、そして農業や福祉などのスペシャリストを育てるコースの3つに分かれている。また、授業にはアクティブラーニングを導入し、「地域の再生」をテーマとしたプロジェクト学習も取り入れていた。先進的な教育を導入していると言われている学校のなかでも、かなり革新的な教育を行っていると言える。

開校式の日、フジテレビのインタビューに小泉氏は、「おそらく前例のないことだから失敗もあると思います。走りながら考えようと。だけど、走る速度は最速で走ろうと。考えは深く持とうと」と語っている。
そして3年後の2018年3月1日、1期生140人が卒業式を迎え、大学や専門学校に進学、就職と、それぞれの道に向けて巣立っていった。卒業式に出席した小泉氏は、「3年間、長かったかもしれません。短かったかもしれません。ただ、皆さん、これからはもっと長いですよ。人生100年時代に皆さんが悩んだり迷ったり苦しくなったりしても、きっと帰ってくる場所がここ、ふたば未来学園じゃないかな」と、エールを送った。

「迷ったらフルスイングだ」

卒業式の日、校長の丹野純一氏に、小泉氏と歩んだ3年間を伺った。
「最初に小泉先生にお会いしたのは2014年12月でした。私が校長になる前でしたが、東京まで行きまして、小泉先生の執務室の中でキャッチボーボールをしましてね(笑)。当時の福島県の教育長が、『小泉さんは野球が好きだから』とボールを用意していて、『気持ちを交換したらどうだ』とその場でキャッチボールしたんです。そのときに小泉さんの気持ちを受け止めたなと思いましたね」

学校の創設にあたって『前例なき環境には前例なき教育を』というメッセージを発していた小泉氏は、応援団として年に数回やってきては、生徒を励ましていたという。
「本当に先輩がいなかったので、小泉先生が先輩でしたね。今でも思い出すのは高校1年の夏です。この広野校舎と三島長嶺校舎、猪苗代校舎に分かれて学んでいる生徒が一堂に集まって、夏に交流会をやるんですが、キャンプファイヤーをしたんです。そこに小泉先生がいらっしゃって、『僕が先輩になるから』と力強く言ったのを覚えています。また、『迷ったらフルスイングだ』と皆の前で話してくださって。小泉先生らしいですよね(笑)。それを聞いたときに『この先生は、困難を抱えている生徒の背中を押してくれているなあ』と感じました。」

福島では真の復興まで気が遠くなるような長い道のりが待っているが、変革者を育てるのは教育だ。
そして、福島の未来を支えるのは、今を生きる若き変革者なのだ。

小泉氏は復興政務官の職を2015年に離れる。
党に戻った小泉氏を待っていたポストは、まさかの農林部会長だった。(連載第5弾に続く)



関連記事:小泉進次郎の覚悟「私は真正面から鉄砲を撃っている」【連載-1-】
     小泉進次郎の覚悟「国会では友人はできない」【連載-2-】 
     小泉進次郎の覚悟「うるさい」と罵倒され足を踏まれても【連載-3-】    



筆者:フジテレビ 解説委員 鈴木款
早稲田大学卒。農林中央金庫で外為ディーラーなどを経て、フジテレビに入社。営業局、「報道2001」ディレクター、NY支局長、経済部長を経て現職。著書『小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉』(扶桑社新書)


小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉 (扶桑社新書)