「バイト代を親に取られてしまいます」「生活費を減らすためエアコンを使わないようにしています」「ガスを止められました」
生きづらさを抱えた全国の若者に支援活動を行っている認定NPO法人「D×P(ディーピー)」。D×Pが運営するオンラインの相談窓口には、親や周囲を頼れない若者から、切実な声が毎日のように寄せられている。こうした困窮生活を乗り越え、いまを生きる若者たちを取材した。
2人に1人が「ご飯を食べない日がある」
D×Pでは、LINEを使ったオンライン相談窓口「ユキサキチャット」を開設している。対象は全国の13歳から25歳までの若者で、登録者は1万9000人を超える(2026年1月時点)。D×Pでは若者たちの相談に応じながら、生活を立て直すための現金給付や食糧支援を行っている。
「食糧支援を希望する若者のうち約2人に1人が『ご飯を食べない日がある』と答えています」と語るのは、理事長の今井紀明さんだ。
今井紀明理事長:
物価高の影響で、大学生をはじめとする“親に頼れない若者”が生活そのものを維持できなくなっています。私たちのもとには「1日1食で抑えている」といった声も日々届き、相談とあわせて食糧や現金の支援を求める若者は増え続けています。
「ユキサキチャット」の登録者数と食糧支援の発送食数、現金給付額はいずれも、コロナ禍の中で事業を開始した2020年5月以降、右肩上がりで増え続けている。登録者への調査では、76%が「1年前より食費が増えた」と感じ、その結果43%が「食事の量や回数を減らした」と回答した。さらに、ひとり暮らしや寮生活の若者の47.5%が、月の食費を2万円未満で暮らしている。
「自分はまだ多くのチャンスがあるんだ」
こうした支援を受けた若者たちは、その後どんな人生を歩んでいるのか、追った。北海道・札幌市出身の渡辺さん(仮名)はいま27歳だ。2014年、高校1年生の時、「成功者になりたい。そのためには他人と同じことをしていてはだめだ」と考え、高校を中退した。背景には、シングルマザーの困窮家庭で育ち、小学生のころから生活保護を受けていた経験がある。「母はうつ病で、私が小学生の時に自殺未遂を何度かし、兄と一緒に施設に預けられたこともありました」。
高校1年生の冬休み、渡辺さんは旅に出た。途中、和歌山の山奥で半自給自足生活を送っている人のもとで、半年間居候する。その滞在中に、高校生や大学生が内紛や貧困に苦しむ国の実情を学ぶ「スタディツアー」の存在を知った。
渡辺さんは、「このツアーは高校生2人が無償で参加できました。申し込みの際、自分の人生を書いたところ、選んでもらったのです。行先はフィリピンで、ゴミ山のゴミを拾い生計を立てる人たちの話を聞き、貧困の現実を目の当たりにしました。そして日本に生まれた自分は、まだ多くのチャンスがあるんだと感じました」と語る。
そのツアーで出会ったのが、D×Pの今井さんだった。
「助けてもらうのは悪いことではない」
その後、就職活動を始めた渡辺さんは、今井さんからインターン制度を教えられ、プログラミングを学んだのち、IT企業に就職した。しかし、2~3年前に再び経済的・精神的に苦しい時期を迎えた渡辺さんは、今井さんの紹介で「ユキサキチャット」に相談し、現金給付と食糧支援を受けることができた(支援対象は25歳まで)。
現在、渡辺さんはエンジニアとして複数の資格を取得し、社会人として生活している。
「自分の人生にとって、今井さんとの出会いは大きすぎるくらいです。いま同じような境遇の人たちに伝えたいのは、とにかく人と出会ってほしいということ。誰かに助けてもらうことは、決して悪いことではありません」
実家では、兄が介護ヘルパーをして働き、母と暮らしている。渡辺さんも毎月、実家に仕送りをしているという。
「D×Pの現金給付と食糧支援が、自分の人生をつないでくれました。いま少しでも恩返ししたいと思い、毎月寄付をしています」
「連絡できる人がいるのはお守りのよう」
「ユキサキチャット」で人生を支えられ、その後、社会で活躍する若者はほかにもいる。
Aさんは3年前、今井さんの「コロナで緊急支援。現金給付します」というSNS投稿を見て登録した。Aさんは当時23歳。大学卒業後に一人暮らしをしていたが、コロナ禍で勤め先の学習塾の収入が激減し、体調不良も重なって生活が困窮した。親との関係も悪く、頼ることができなかったという。
「月に1回、D×Pから連絡がありました。何かあったときに連絡できる人がいるというのは、お守りのような存在でした。食でつながり、食糧を送ってもらうことはありがたかったです。若者にとって、食の支援は最初の入り口になるし、相談できる人がそばにいることは必要だなと感じました。いま思うと社会人1年目はまだ何者にもなりきれていない、非常に不安定な時期なので、こうした第三の居場所があることはとても大切だと思います」
Aさんはその後、大学院を修了しコンサルティング会社に就職。現在は退職して、子どもや若者の居場所であるユースセンターを立ち上げた。
Aさんは、「当時はSOSを出すので精いっぱいで、その先に支援者がいるのに気づきませんでした。しかし今はありがたみを感じ、D×Pの支援者になりました。自分が苦しんでいたころ、行政は困窮家庭の親の支援ばかりだと感じていましたが、今、子どもや若者への支援が増え、風向きが変わってきたと思います」と話す。
D×Pの今井さんは、「私たちは支援を届け続けると同時に、調査と提言を通じてこの現実を社会に伝え続けます」と話す。支援を受けた若者が生活を取り戻し、やがて次の誰かを支える側へと回っていく。その循環を社会全体でどう支えて行くのか。D×Pの活動は、その問いを私たちに投げかけている。
