国や自治体の法的な保護のもと、学習指導要領に基づく教育を行う学校は「一条校」と呼ばれ、ほとんどの学校は国公私立問わずこれにあてはまる。

一方でインターナショナルスクール(※)やフリースクールのように一条校ではなく、独自の教育カリキュラムを採用する学校も存在する。

中でもいま注目を集めているのが、子どもの主体性を尊重し、体験型の学びを中心にすえるオルタナティブスクールだ。そのムーブメントのトップランナーともいえる「湘南ホクレア学園」の教育現場に密着し、子どもたちの学びの姿を追った。

(※)インターナショナルスクールの一部は一条校

マサイ族がキャンパスにやってきた

「マサイ族といえば何?」「ジャンプする!」「赤い服!」「牛を飼っている!」

子どもたちの声が響くのは、神奈川県藤沢市、湘南海岸のすぐ近くにある「湘南ホクレア学園(以下ホクレア)」だ。

ホクレアには現在小学生から中学生27人が在籍し、学年がまぜこぜになって学ぶことも多い。

築80年以上の日本家屋をキャンパスとするこの学校は、門に掲げられたカラフルな「ホクレア旗」がなければ、見過ごしてしまいそうな佇まいだ。

10月、この学校にケニア在住のマサイ族、ジャクソンさんと第2夫人の永松真紀さんがゲスト講師として招かれた。

日本家屋が湘南ホクレア学園のキャンパスだ
日本家屋が湘南ホクレア学園のキャンパスだ
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授業は永松さんの問いかけから始まった。

「マサイ族の特徴は何だと思う?」前述のような答えを子どもたちが言うと、永松さんは頷きながら話を続けた。

「マサイ族は牛とともに生きる民族で、幼い頃から牛の世話を覚えます。また、野生動物から自身や家畜を守るため弓矢の練習をし、自然の中で生き抜く術を学びます。食事は牛肉・乳・血、基本的に野菜は食べませんね」

「マサイ族と仲のいい動物は?」

続いてジャクソンさんが、手にした木製のこん棒を掲げた。
「これはルングというこん棒です。普段身を守るのには弓矢を使いますが、いざという時はこれでも身を守ります。例えばライオンの頭に当てると、ライオンは目が回ります。その間に私たちは次の手を考えるのです」

子どもたちが「当たったらどれくらい痛い?」と聞くと、ジャクソンさんは笑いながら「当たったことはないけれど、とても痛いよ」と答えた。

ジャクソンさんの手にはルングというこん棒が(右は永松さん)
ジャクソンさんの手にはルングというこん棒が(右は永松さん)

授業はさらに「マサイ族と仲のいい動物」というテーマへ進む。

「エンチョショロイという鳥がいて、蜂の巣の場所を私たちに教えてくれるのです」

そう言うと、ジャクソンさんは口笛を吹き始めた。

「こうして口笛を吹いて、木をこん棒で軽く叩くとその鳥が飛んできて、蜂の巣の場所に導いてくれます。私たちが蜂蜜を取った後は、巣の残りを鳥にあげるのです」

子どもたちからは「えー!すごい!」と驚きの声が上がる。

さらに子どもたちが目を輝かせたのは、ライオンについてのジャクソンさんの言葉だ。

「ライオンは怖くありません。私たちを見ると逃げていきます。牛を食べられるのは困るけれどね」

子どもたちはマサイ族との対話を通じて、世界には自分たちとまったく違う生活文化があること、そして自然と共生しサバイバルするための知恵が存在することを学ぶのだ。

未来を生き抜くサバイバル力を育てる

ホクレアが掲げる教育理念は「未来を生き抜くためのサバイバル力」。その柱となるのが、「世界の誰とでも仲間になれるコミュニケーションスキル」、「世界のどこでも新しいことを創り出せる起業スキル」、「世界のどんな環境でも暮らせるアウトドアスキル」だ。

今回の授業はまさに世界中に友達をつくりサバイバルの知恵を学ぶ実践そのものだった。

創設者の小針理事長(左)
創設者の小針理事長(左)

ホクレアは2022年に現理事長の小針一浩さんが創設した。そのきっかけは、病気療養中だった長男との時間を優先するための湘南への移住だった。

しかし長男を通わせたい学校が見つからず、小針さんは「ならば自分で作ろう」と決めた。

「かつては“試験で点数を取る子”が優秀だと評価されました。しかし今必要なのは、正解のない社会を生きる力、多様性を受け入れて主体的に考える力なのです」

“一点突破”して“全面探究”する

ホクレアは一条校ではないため、学習内容に縛りはない。
しかし、小針さんは学習指導要領の理念そのものには共感している。

「個別最適な学びは必要です。でも実際の現場でそれが実現できているかというと疑問を感じています。
ホクレアでは試験の点数をとるための学び、特に暗記はやりません。本質的な学び、つまり自分の興味関心から“一点突破全面探究”する。
子どもたちの成長は早く、公教育が変わるのを待っていられません。だからこそオルタナティブスクールが必要だと思います」

公教育ではできない学びを行う
公教育ではできない学びを行う

「好きだから学べる」ことをホクレアでは大切にする。

たとえば料理が好きな生徒がいたら、料理をとことん考える。食を考えることからフードロスなど社会の課題に気づき、地産地消から地理や地学を学び、発酵や加熱から科学を学ぶ。

バスケットボールが好きだと言えば、身体やチーム組織の作りかた、どうやってファンを喜ばせるかを探るため心理学も学ぶ。

こうした探究から教養が深まり、自分の磨き方を学んでいくのだ。

「自分で決めて学べるからいい」

小学部3年生のはるきさん一家はホクレアに入学するため都内から湘南に移住した。

初めて説明会に参加したはるきさんは「秒で行きたがった」(父親)という。はるきさんの両親は「いまの教育の流れに自分の子どもを任せないほうがいい」と考えていた。

「ホクレアは詰込みではなく子どもの自立性を大切にし、サバイバルできる子どもを育てる教育だから決めました」(父親)。

ホクレアのことをはるきさんは「自分で決めて学べるからいい」と語る。

「自分が学ぼうと思うものをいっぱい学べる。自分で決める力も尽くし、自由だけどちゃんと工夫もされていて学ぶのが楽しい」。

はるきさんの成長ぶりについて母親は「ホクレアに入学後、娘の変化が凄いと周りから言われます。初めて会う人とも積極的にコミュニケーションをとり、英語に慣れてからさらに積極的になっています」と語る。

「公教育が時代の変化に追いついていない」

ホクレアでは授業の公用語が英語だ。アメリカ人やバイリンガルの先生たちがいて、子どもたちは嫌でも英語漬けになる。

また、「達人先生」と言われる様々な分野のスペシャリストが外部講師として現れ、科目を飛び越えた授業を行う。

さらに保護者も積極的に学校の運営に関わり、ときに先生として授業も行う。

ホクレアの授業の公用語は英語だ
ホクレアの授業の公用語は英語だ

2人の娘をホクレアに入学させた刈谷さんは、そのきっかけを「長女が公立小学校に入学した際、公教育が時代の変化に追いついていない、実社会と隔絶していると感じた」ことだった。

「生きた学びになっていないとモヤモヤしていました。生きるために必要なものは何だろうと考えたときに、サバイバル能力やコミュニケーションスキル、何でも自分で決めていく力。そのすべてをホクレアは育んでくれると教育理念に共感しました」

文部科学省はオルタナティブスクールについて、「多様なものがあり、現時点で文科省として定義づけているものはない」としながらも、「不登校等の事情により学校に通うことができない子どももいることから、学校内外の学びの場を整備することが重要で、他のフリースクール等の民間団体と同じように、教育委員会・学校と連携を図っていくこともあり得るものと考えている」という。

学びの場の選択肢として増えてほしい

2024年6月に小針さんらの旗振りで一般財団法人オルタナティブスクールジャパンが設立され、小針さんが理事長に就任した。

現在全国から16校が会員として参加している。小針さんはオルタナティブスクールが「選択肢として増えてほしい」と語る。

「それぞれの学校の個性がとがっていて、社会にイノベーションが起こる期待があります。 オルタナティブスクールは不登校児の居場所ではなく、積極的な教育機関です。学校が嫌なのか勉強が嫌なのかは違います。学びたいものがあるのなら、不登校になる前にぜひオルタナティブスクールに来てほしいと思います」

7月に都内で行われたオルタナティブスクールジャパンの集会
7月に都内で行われたオルタナティブスクールジャパンの集会

一条校ではないオルタナティブスクールは小・中学部を卒業しても日本の義務教育課程を修了したとはみなされない。しかし地域の公立学校と連携することで、それをクリアしている。高校や大学受験に関して小針氏は「心配していない」と断言する。

「これから高校大学は全入時代に突入します。つまり学生の奪い合いになるのです。ホクレアで育った子どもたちを求めている学校はたくさんありますし、AO入試でホクレアの子どもたちは輝くだろうなと思っています」

後編は、ホクレアがこの夏能登で行った「25年後の日本の未来」と出会う探究合宿の中で、子どもたちが何を受け止め、考えたのかをレポートする。

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。