いわゆる徴用工を巡る韓国最高裁による判決を日本政府は強く批判しているが、実は韓国のトップだった人物も、判決内容を批判し危惧していた事が分かった。
その人物こそ、朴槿恵前大統領だ。

朴前大統領「徴用工判決で国家の品格壊される」

朴前大統領は、親友を国政に深く関与させていた疑惑が深まり2017年3月に弾劾・罷免されるまで、4年にわたって韓国大統領として君臨していた。現在は職権乱用や収賄などの罪で懲役25年の判決を受け、検察が上告。その身柄は拘置所の中にある。

朴前大統領は就任当初、「(日本と韓国の)加害者と被害者という歴史的立場は、1000年の歴史が流れても変わることはない」と演説し、世界各国で日本の悪口を言い募る「告げ口外交」を展開するなど、日本に対して厳しい態度を取っていた。しかし、2015年12月には、慰安婦問題に関する「日韓合意」を実現させ、慰安婦問題を「最終的かつ不可逆的に解決」すると約束した。当時の韓国はアメリカと中国の2大国の双方に接近する「バランス外交」が上手くいかず、「外交は四面楚歌」とも言われていた状況で、日韓合意はアメリカの仲介によって成立したものだった。

日本との関係では紆余曲折があった朴前大統領だが、大統領就任当時に徴用工訴訟の先行きについて強く危惧していた事が新たに分かった。

徴用工を巡る訴訟は、2018年10月30日に、韓国人元労働者に賠償金を支払うよう日本製鉄(旧・新日鉄住金)に命じる判決を韓国最高裁が言い渡して大きなニュースとなったが、この判決の元になったのは、2012年5月に韓国最高裁が言い渡した破棄・差し戻し判決だった。2012年以前の同様の訴訟では、元労働者の訴えはいずれも棄却されていたのだが、韓国最高裁は2012年、突然日本企業が賠償を支払うべきと判断、元労働者敗訴の二審判決を破棄して高裁に差し戻したのだ。2018年10月の最高裁判決は、基本的に2012年5月の最高裁の判断をそのまま踏襲したものであり、日韓関係を最悪と言われるまでに悪化させている徴用工問題の根っこは、2012年に出来たのだ。

朴前大統領の元側近はある裁判の法廷で、この2012年判決について朴前大統領がどう考えていたのか、当時のメモを元に詳細に証言した。朴前大統領は2015年12月に「強制徴用事件と関連して早く政府意見を最高裁に送って、この問題が終結するようにしろ」と指示したという。「政府意見」とは、徴用工問題についての韓国政府の立場の事であり、当時は「1965年の日韓請求権協定により解決済み」というものだった。2012年判決はこの韓国政府の立場とは逆の「日本企業は賠償を支払え」という内容だったため「韓国政府の立場とは違う」という事を最高裁に伝えるよう指示したのだ。その上で「大恥にならないように」「世界の中の韓国という位置と国の品格が損傷されないように賢く処理しなさい」との話も朴前大統領からあったという。この発言について元側近は法廷で、「韓国外務省は2012年の判決が既存の政府の立場と相反すると考えてきた。それによって日本側と外交問題が続いてきたので、判決内容が従来の政府の立場に合うようになるべきだという意味と理解した」と証言し「2012年判決が確定すれば、恥さらしであるという意味か?」と検察官に聞かれると、「そうだ」と述べた。

朴前大統領は最近、首と腰のヘルニアによる激痛に苦しんでいるという
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日本政府と同じ考えだった朴槿恵政権…文在寅政権誕生で一変

日本側からこの証言を見ると、「韓国政府から見ても韓国最高裁の判決は不当だったのだ」と読める。日本政府は国交正常化交渉で元労働者に個別補償したいと求めていたが、それを断ったのは韓国政府だ。そして補償金(未払い賃金や被害に対する補償)を日本から一括して貰った韓国政府が、個別補償すると約束していたのは歴史的事実だ。「大恥」「国の品格が損傷」というのは、経済協力金という名の巨額の「補償金」を日韓請求権協定で受け取っておきながら、さらに金を要求する事が「大恥」であり、条約をないがしろにする事が韓国の国際的な信用を棄損すると朴前大統領が憂慮していたから出た言葉であろう。

しかし、韓国側からこの証言を見ると、風景が変わってくる。というのも、この証言が飛び出したのは5月13日に開かれた「朴槿恵政権の意向を受けた韓国最高裁が、徴用工訴訟の判決言い渡しを不法に先送りした事件」を裁く刑事裁判の法廷なのだ。職権乱用の罪で起訴された被告人は、朴槿恵政権時の韓国最高裁の幹部だ。その文脈で見れば、「やはり朴前大統領は裁判に介入していた」「前政権は酷い」という話がメインになり、2012年と2018年の徴用工訴訟の最高裁判決の不当性など、二の次になってしまう。

徴用工裁判を「保守派の犯罪」と見なす文在寅政権

徴用工問題は、日韓関係最大の懸案である。一方韓国側から見れば、それに加えて「前政権が司法に介入した事件」との  側面もある。革新派の文在寅政権は、前政権を含めた保守派に「親日派」のレッテルを張って攻撃を繰り返しており、「徴用工問題 」=「保守派、親日派による犯罪」という構図があるのだ。文在寅政権が日韓関係の改善を目指して徴用工問題での進展を検討しても、自らが作り出したこの構図が足かせとなり、解決策を見出しにくいという「自縄自縛」の背景もあるだろう。

歴史に「もしも」は無いのだが、朴前大統領が弾劾・罷免されなければ、徴用工問題がこれほどまでに大きな亀裂を日韓の間に生む事は、無かったかもしれない。

【執筆:FNNソウル支局長 渡邊康弘】
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渡邊康弘
渡邊康弘

FNNプライムオンライン編集長
1977年山形県生まれ。東京大学法学部卒業後、2000年フジテレビ入社。「とくダネ!」ディレクター等を経て、2006年報道局社会部記者。 警視庁・厚労省・宮内庁・司法・国交省を担当し、2017年よりソウル支局長。2021年10月から経済部記者として経産省・内閣府・デスクを担当。2023年7月からFNNプライムオンライン編集長。肩肘張らずに日常のギモンに優しく答え、誰かと共有したくなるオモシロ情報も転がっている。そんなニュースサイトを目指します。