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株式会社FIELD MANAGEMENT EXPAND(本社:東京都渋谷区、代表取締役社長:安田浩之、以下 FMX)は、ヤマハ音楽振興会の音楽教育事業「ヤマハ音楽教室」のステートメント開発からWebサイト、動画、コミュニケーション戦略まで、リブランディングプロジェクトを一貫して担当しました。2024年5月、ヤマハ音楽振興会は「ヤマハ音楽教室」の開設70周年を機に音楽教育事業を「YAMAHA MUSIC SCHOOL」としてリブランディング、2025年7月にはWebサイトを統合しリニューアルしました。本企画を中心的に手がけたFMXクリエイティブディレクターの松井一紘と、ヤマハ音楽振興会 音楽普及部 部長の高橋正夫氏が、新しいブランドのこれまでとこれからについて語りました。
■ プロフィール
高橋正夫
Masao Takahashi
ヤマハ音楽振興会 音楽普及部部長
1967年、東京都江戸川区生まれ、千葉県船橋市育ち。小5でニューミュージックにはまり、中1でハードロック・ヘヴィーメタルに目覚めエレキギターを手にし、高校・大学時代を通してバンド活動に勤しむ。大学卒業後の1991年にヤマハ音楽振興会に採用される。主に音楽教室の生徒募集やコンサートの企画・運営など音楽普及事業を担当、ヤマハ音楽教室開設70周年のリブランディングに携わる。2025年4月より現職。
松井一紘
Kazuhiro Matsui
FIELD MANAGEMENT EXPAND
クリエイティブディレクター/コピーライター
1987年山口県下関市生まれ。ロックスターを夢見てイギリスへ留学し、帰国後に早稲田大学文化構想学部に入学。2012年TYO入社。グループ組織改編を経て、現在はFIELD MANAGEMENT EXPAND 取締役VP of Creative兼クリエイティブディレクターを務める。ブックオフのCM「ブックオフなのに本ねぇ〜じゃん!」で2020年度TCC最高新人賞、2019年ACCフィルム部門グランプリ、 メルカリの新聞広告「それ、新品じゃなくてもいいんじゃない?」で2022年TCC賞など受賞多数。
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■ 70年の歴史を汲んで “勝手に”映像化したステートメント
――最初のオリエンテーションは2023年2月でした。リブランディングを行うことになった背景を教えてください。
高橋:私たちはこれまで大きなブランドとして「ヤマハ音楽教室」を運営していました。そこに高齢化社会を見据えたシニア向けコースなどが加わっていき、結果的にターゲットごとにWEBサイトが分かれてしまったことで、顧客の多様なニーズにマッチするレッスン提案がしづらくなってしまいました。そこで世代や志向によらないシングルブランドマネジメントの必要性が高まったんですね。
松井:ヤマハ音楽教室の前身となる教室を最初に立ち上げたのが1954年、70周年を迎える2024年に音楽教育事業を統合してリブランディングを敢行しようということでしたね。
高橋:はい。そのときに、自分たちが運営している音楽教室の本当の価値は何なのか、リブランディングにあたり、それを言語化する必要があると考えました。そこで財団の職員に加え、教室の先生、生徒さん、教室を運営いただいている特約店の方など関係者にヒアリングして、インサイトを調査したんです。
松井:そのインサイトが「楽しみながら、ブレイクスルー」と「音楽とともにある、サードプレイス」。オリエンでは「予想以上の自分が見つかる場」というコンセプトも提示されていました。目指されているところが明確で、僕たちとしては考えやすかったです。
高橋:良かったです。オリエンからプレゼンまではどのように進められたんですか?
松井:リブランディングとなるとやはり言葉が重要になりますから、クリエイティブチームには僕のほかにコピーライター2名を加えて、徹底して掘っていきました。ただ、実はオリエンの数日後には僕は「これだろう」という1案を決めていたんですよ。
高橋:もしかして、それがまさにタグラインになっている「わたしが弾む場所。」ですか?
松井:はい。でも、必ずしも自分が正しいわけではないから、チームには内容を伏せて「最後の日に開けるね」って。それまでにいくつもの案をつくって検証しました。
高橋:そんなことが。提案していただいたタグラインはすごくしっくりきていて、今もずっと使っています。
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「YAMAHA MUSIC SCHOOL」タグライン
プレゼンテーション時に提案した、ロゴに添えるタグライン「わたしが弾む場所。」。どのステークホルダーが見ても自分ごと化できるよう、主語を一人称とした。プレゼン後も、新ブランドの告知から本展開後の現在まで変わることなく使われ続けている。
松井:ありがとうございます。実は、もちろんかなりリサーチもしましたが、コピーには自分の原体験を込めているんです。子どもの頃、親友がヤマハっ子で、教室に通っているから土曜の昼は遊べなくて、僕は窓の外からうらやましく見ている。聴こえてくる音だったり、その子の表情をずっと覚えていました。そこからの言葉でもありますね。
高橋:そのお話、プレゼン後のキックオフのときにもされていましたね。スタッフの皆さんの音楽にまつわる背景を聞かせていただきました。
松井:チームに音楽好きが多かったのは、アカウントディレクターいわく、意図していたそうですけど。
高橋:それだけ多様な人材が揃っているということなんでしょうね。
松井:そうかもしれません。ふつう広告代理店と制作会社は分かれていますが、FMXはちょっと特殊で、社内にプロダクションチームがあるんです。だから僕がステートメントの検証を鬼のように重ねているのを見て、他のチームが僕の考えていることを察して、あうんの呼吸で動いてくれたりしました。
――提案にあたって、もっとも重視したのはどんなところでしたか?
松井:タグラインを決めたり、ステートメントという名の“お手紙”ができたとして、それがビジュアルコミュニケーションとしてどう見えるのかをというところはこだわりました。むしろ言葉以上に映像が世の中に出ていくことが多かったりしますから。
高橋:オリエン時の要項では、デモ映像の提出についてとくに依頼をしていませんでしたよね。それなのにステートメントを映像化してプレゼンしていただいて。
松井:リブランディング全体のコミュニケーションを提案するにあたっては、象徴するイメージをお見せするべきだなと思ったんですよ。FMXはバックグラウンドとして広告映像を重視している会社でもありますし。それでつくりました、勝手に(笑)。
高橋:コンペにはこれまでにお付き合いのあった会社を含めて数社に参加していただいたんですが、FMXさんはまったくの初対面。だから、こちらも先入観なくフラットな状態で提案をお聞きすることができました。その第一印象で「お願いすることになるんじゃないか」という予感はありましたね。
松井:そうなんですか、それはうれしいな。
高橋:ステートメント動画を拝見して、そのイメージが我々の望んでいたものと非常に近かったんです。私だけでなく、プレゼンに出席していたメンバーはほぼ同意見でした。ヤマハ音楽教室の70年の歴史をふまえて考えてくださったところにハートを揺さぶられましたね。
松井:そこについては、僕たちがオリジナルで考えたというよりは、歴史を知るなかで自然と出てきたものかもしれません。ヤマハ音楽教室を始めた川上源一さんは、戦後の日本の音楽を発展させた存在ですよね。当時はまだスノッブなものだった音楽を民主化させました。そこが根幹だと思ったんです。
高橋:まさにそうなんです。動画だけでなく、「わたしが弾む場所。」も、ステートメントも。大きな部分でまったくズレがなく、総合的に我々の意図を汲んでくださっていると思えたことで、FMXさんにお願いすることになりました。
■ クライアントも含めたワンチームで長期プロジェクトに挑む
――キックオフが2023年の4月、そこから2年間にわたるプロジェクトが始まりました。
松井:リニューアルのリリースを予定していたのが2023年の11月で、まずはそこに向けてブラッシュアップを重ねていきましたね。
高橋:我々としてはプレゼン時の印象が強かったので、なるべくそこから離れないようにしたいという考えがありました。もちろん、細かいところではいろいろありましたけど……。
松井:僕がぜんぜん言うことを聞かないから(笑)。
高橋:動画撮影の準備を進めていたときに、「いつまでにあれを用意してほしい」と依頼されて、手配をしていた者はけっこう大変だったみたいで。私としては、いいものをつくろうと思ったらしょうがないって、なだめながら。
松井:ヤマハ音楽振興会の皆さんとは、クライアントというよりも、いいものをつくるワンチームなんだと勝手に共同幻想を抱いてたので(笑)。無理を承知でお願いしてしまって。
高橋:クリエイティブなものをつくろうと思ったら、多少戦う部分はありながらも、やっぱりワンチームでやっていかないといけませんからね。我々はそれまで子どもの世界をメインにやってきたこともあって、あのような動画をつくるのは初めての経験だったんですよ。
松井:そうですよね。かといって、妥協してもいいものはできませんし。
高橋:今でも覚えてますけど、撮影はすごく暑い日でね。
松井:屋上にグランドピアノを吊り上げようとしたり、いろんなエピソードがありますよね(笑)。
高橋:財団に残っていた古いフィルムを動画に使おうと思ったら権利的にできなかったりね(笑)。撮影した日々が一番印象に残っています。あれは楽しかった。
松井:楽しい思い出しかないですね。試写が終わったあとに熱い握手を交わしたことは忘れられません。ぐっとくるというか、本当にうれしい瞬間でした。
高橋:私も、その年の11月に新ブランドを告知する記者発表で動画を流したときは、感慨深いものがありました。中島みゆきさんの「時代」のBGMを含めて、本当にいい映像をつくっていただきました。
松井:周囲の反響はいかがでしたか?
高橋:すごく良くて、とくに動画に関しては本当にたくさんの声をいただきました。それで、当初の予定よりも延長して公開させてもらって。
松井:ありがとうございます。
高橋:我々職員も、先生方も、特約店の方々も、今までヤマハ音楽教室の中で培ってきた同じ思いを持っているので、すごく受け入れてもらえたのかなと思います。
――2024年5月にリニューアルした「YAMAHA MUSIC SCHOOL」がスタートし、同時に70周年を記念した「SYNC-BEAT CONCERT」というイベントも行いました。
松井:新ブランドの認知を広げるために当初から提案していたイベントですね。一般の方が演奏した音源と動画を募集して、その音と映像に合わせてスキマスイッチさんが歌うという。
高橋:このコンサートも初めての試みで苦労しましたが、大人も子どもも関係なく、たくさんのステークホルダーが参加してくれて、これも感慨深かったです。
松井:このイベントはFMXのPRチームが中心に動いてくれたんです。「餅は餅屋」ということで。僕としては核になる部分を300%の力でやったので、そこができればあとは自走できるとも考えていました。こうして一貫したコミュニケーション施策ができたのも良かったと思います。
高橋:昨年の7月にはいよいよ「YAMAHA MUSIC SCHOOL」のWebサイトも公開しましたね。おかげさまで、これでやっと目指してきたスタートラインに立つことができました。私としては、まずはホッとしています。これからが本番なんですけどね。
松井:僕、実は新ブランドを告知したタイミングが子どもが生まれて1年経った頃で、昨年でやっと3歳になったんですよ。そろそろスクールに通わせたいなと思っていて、それが楽しみなんです。
高橋:3歳から5歳向けの「ぷらいまりー」というコースもありますから、ぜひ(笑)。
松井:通わせていただきます(笑)。ちょうど今、ヤマハ音楽振興会さんの子ども教育系の生徒募集のコピーも担当させていただいていて、より責任を感じているんです。こうして自分が利用するサービスに仕事としても関わるということがすごくうれしくて。というのも、自分ごととして取り組めるじゃないですか。FMXというより、ヤマハ音楽振興会さん側の目線になってしまっているのかもしれないけれど。
高橋:ありがとうございます。ここからがまさにスタートで、このブランドをしっかり育てていきたいですね。子どもからシニアまで、ひとつの教室なんだというところを根付かせて。
松井:それが音楽の本質でもありますよね。世代も性別も人種も選ばないっていうところが。いろいろな人に集ってもらえるとうれしいですよね。
高橋:目標は2030年に会員40万人にまで育てることです。これからもプロモーションといったところでお世話になりますし、現在は広報という違う形でもご協力いただいていて、目標達成に向けて引き続き伴走していただきたいと思っています。
松井:大丈夫です、保育園のパパ、ママにも言っておくので(笑)。ぜひこれからもワンチームとしてご一緒させてください。
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