
2026年2月、日本の政治地図は激変した。
まさに「高市フィーバー」ともいえる追い風が吹き荒れた自民党が、戦後最多となる316議席を獲得して圧勝。
その一方で、同じ風でも逆風を受けたのが、野党第一党の中道改革連合だ。
特に、選挙前に148あった旧立憲民主党議員の議席数は21にまで減少。まさに悪夢のような結果となった。
その敗北の象徴として語られるのが、宮城4区・安住淳氏の落選だ。
その選挙戦と、落選後の動きを密着取材した記者が報告する。
「宮城の牙城」の崩壊
安住氏は地元、宮城4区(前回2024年選挙から区割り変更)で、1996年の初当選以来、10回連続で守り抜いてきた牙城が崩れた。
安住淳氏:
ちょうど石巻で新年会をしていて、飲んでいて、急に電話きて、“何の解散かな?”と。飲み会の解散だと思ったんですよ。
衆議院解散の翌日、仙台市内でマイクを握った安住氏は、周囲を笑わせる余裕を見せていた。
しかし、その表情は選挙戦が進むにつれ、曇っていくこととなる。
説明責任を「問う側」から「問われる側」へ
高い内閣支持率を背景に中道の劣勢が報じられ始めていた選挙戦中盤の2月1日。
この日のNHK「日曜討論」は、選挙期間中で各党首が一堂に会して議論する場として注目されていた。しかし、高市総理は手のけがを理由に急遽、出演をキャンセル。
高市総理を巡っては、この直前、旧統一教会に関する報道や、円安の是認とも受け取れる発言などがあり、弱くはない逆風が吹いていた。
高市総理の“ドタキャン”に関して、安住氏はこの日、仙台市内の街頭演説後の囲み取材で「説明責任を果たさないで、取材に応じないのは総理の姿勢としていかがかと思う、何か都合の悪いことはしゃべらないでそのまま逃げ切ろうという姿勢は一国の宰相としてはふさわしくない」と、高市総理を批判していた。
マイク納め後の沈黙
選挙最終日の2月7日、安住氏は前日から県内に戻り、必死の巻き返しを図っていた。
最後のマイク納めを地元・石巻市で行い、集まった数百人の支援者に感謝を伝え、「なんとかこの2日間で押し返すことができた」と手ごたえを口にしていた。
選挙戦では、候補者は最終日の演説を終えた後は、マスコミの囲み取材に応じるのが通例だ。
選挙戦の振り返り、30年守ってきた議席のピンチ、高市旋風の影響、…限られた時間で何を聞こうか思案しながら取材をしていた。
演説が終わり、集まった支援者との握手も終え、いよいよ囲み取材というタイミング。
しかし、安住氏は取材から逃げるように車に乗り込んだ。「安住さん!」と声をかけたが、見送る支援者の声にかき消されてしまった。
あっけにとられながら陣営関係者に話を聞くと「聞かれるのが嫌だったのかもね」と言われたが、真意は闇の中である。
選挙戦後の安住氏
選挙を終えてから、安住氏は公の場に姿を見せなくなった。
選挙期間中に取材でお世話になった安住氏の秘書に、雲隠れした安住氏の動向を探るべく何度か電話をしたがそれも繋がらなくなった。そこで落選から9日後にあたる2月17日、石巻市の安住事務所を訪ねた。
秘書とスタッフが2人いたが、安住氏の姿はなかった。
秘書の一人が対応してくれ、安住氏本人がどこにいるのか、取材に応じてくれないかなどを尋ねたが、「何も答えられない」「取材すべて当面の間、お断りしています」と一蹴された。
何か手がかりを求め、今回の選挙で陣営の選挙対策本部長を務めていた元石巻市議の青山久栄さんのもとを訪ねた。突然押し掛けた記者を、青山さんは「寒いから中に入って」と自宅に招き入れてくれた。
青山さんは、落選後にも何度か安住氏とやり取りをしているとしたうえで、「落選後に電話したときは、『選挙期間中はありがとうございました。それとすみませんでした。地元の関係の人にもよろしくお伝えください』という話だった」と明かした。
安住氏の居場所については、「分からない、たぶん東京にいるかもしれないけど、あっちの暮らしは私もあまり分からない」と、終始歯切れの悪い答えだった。
去り際、青山さんは「本人も出てくるタイミングを見ているんだと思う。いずれ説明責任は果たさなきゃならないだろうね」と話した。
選挙から20日 沈黙をやぶる
安住氏が公の場に姿を現したのは、2月28日に開かれた立憲民主党県連常任理事会だった。
衆院選の投開票日から実に20日が経過して、安住氏は初めてマスメディアの取材に応じた。
Q.なぜ取材に応じなかったのか
安住氏:
私が取材に応じなかったのではありません。
辞意表明をした時に落選が早く決まっちゃったものですから、辞意表明をした時に代表を含めて辞意表明をして、それを預からせてもらうと。
で、幹事長としての身分がそういうことであれば、次の日が役員会だったんですね。それまではマスコミの対応は慎むようにということだったので、私は本部で待機してたっていうだけの話です。
Q.SNSでの誹謗中傷について
安住氏:
(選挙戦の)最後の方になったらもう何百万件って毎日来て、それが選挙終わった瞬間ピタッと止まるっていうのは、やっぱり組織だってやられたのかなと思うんだけど。
選挙のたびにそういうことで宮城県の選挙を荒らされるっていうのは、私は決していいことだとは思っておりませんから、ぜひ法改正してもらいたいと思います。
Q.改めて今回の衆院選の受け止めを
安住氏:
私以外でも我が党の相当な岩盤と言われている候補者、全員落ちましたから、全国で。
東京や都市部だけの問題ではなくて、SNSが選挙に与える影響は地方を含めて全国津々浦々にこれからは波及すると。ということは、これをいい方に使えばいいんだけれど、本当に悪意を持って、私なんか典型ですけれど、フェイクや誹謗中傷のために使われると、非常に有権者の皆さんにとっては判断材料の中で、本当に混乱を起こすっていうことははっきりしているんじゃないですか。
取材に応じなかったのはあくまで自らの意思ではなく、党の方針であったとした安住氏。
自身を含む旧立憲議員の大敗についても、SNSの影響が大きかったと統括した。
今後については、「まだわからない」としつつ、しばらくはあいさつ回りに費やしたいと語った。
10期連続で守り続けてきた議員の椅子を失った安住氏。
中道改革連合の未来と同様に、その行く先が、引き続き注目を集めている。
