食の雑誌「dancyu」の元編集長・植野広生さんが求め続ける、ずっと食べ続けたい“日本一ふつうで美味しい”レシピ。

植野さんが紹介するのは「上海焼きそば」。

東京・神楽坂にある町中華の名店「宝龍」を訪れ、麺にスープと醤油の旨みをたっぷり吸わせ、もちもちとした食感とやさしいコクを生み出した店の看板メニューを紹介。2代目夫妻と3代目の兄弟が家族一丸となって切り盛りする店の歴史にも迫る。

親子一丸となって切り盛りする町中華

植野さんがやってきたのは新宿区神楽坂駅。駅のすぐ脇には、パワースポットとしても人気が高い700年以上の歴史を持つ「赤城神社」。

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そして、東京メトロ東西線神楽坂駅から徒歩1分、神楽坂通り沿いにあるのが町中華「宝龍」だ。

1952年開店、テーブル、カウンターの全28席。2022年、赤い内装から白壁が映える爽やかな空間へと生まれ変わった。

初代店主は栃木県出身の田上信義さん。浅草の中華料理店で修業を積み、独立して神楽坂宝龍を開店。現在店を切り盛りするのは、73歳現役で厨房に立つ2代目・進さんに妻・千鶴さん。初代の孫に当たる3代目・靖一さんと弟・哲也さんの4人。田上家が一丸となって、店を守り続けている。

味のベースは、初代が学んだ上海料理。甘みとコクのある濃厚な味付けが特徴。

醤油をベースに仕上げたまろやかな味わいの酢豚。ケチャップや甘酢とはひと味違う、上海風の味付けも魅力。8種類以上の野菜が入った「中華丼」に、見た目も美しい「海老とブロッコリーのマヨネーズ炒め」など初代のレシピは守りつつ、時代に合わせアレンジを加えた料理も楽しめる。

「真心を込めて作る」、それが代々続く神楽坂宝龍のモットーだ。

目標は100周年、4代目が継げるように

栃木県出身の田上信義さんは10代で上京。浅草の中華料理店で料理のいろはを学んだ。1952年、まだまだ中華料理が珍しかった時代に宝龍を開店。これが大繁盛することに。

初代について聞かれると、「とにかく豪快なじいちゃんで、白髪頭で夏はアロハシャツ着て“浅草育ち”って感じでした」と靖一さん。

そんな豪快な初代の後を継いだのが、息子の進さん夫婦。進さんは、「基本的には(初代と)同じものを持っている。おやじは遊び人、お袋は警視庁出身(警視庁で電話交換手を務めていた)。カチンカチンなのと柔らかいの。自分はどっちかというと柔らかい(父の)方」と笑う。

そして進さんの跡を継いだのが、幼い頃から「3代目」と呼ばれていた靖一さん。中華料理店で修業後、24歳で宝龍に入った。

幼いころの様子を母・千鶴さんは「小学校6年生の卒業式の時も将来の夢は“宝龍をやっていく”と宣言していた」と振り返る。

伝統を守っていくことについて、靖一さんは「とにかく続けられるだけ続けて、息子が4代目を継ぐかどうか分かりませんが、そこに続けられたら」と思いを語った。

4世代に渡る田上家 神楽坂宝龍の歴史。目標は100周年だという。

本日のお目当て、宝龍の「上海焼きそば」。 

一口食べた植野さんは「しっかりとした味わいが麺によく絡んでいる、奥深い味わい」と称賛していた。

宝龍「上海焼きそば」レシピを紹介する。