突然倒れた人の命を救う上で、最も重要な鍵を握るのは誰か。それは、その場に居合わせた「あなた」だ。
心停止から1分経つごとに、救命率は7〜10パーセントずつ下がっていく。救急車を待つ間のわずかな時間が、生死を分ける残酷な境界線となる。
命のバトンを繋ぐために必要なのは、高度な医療知識ではなく、「迷わず動く」という勇気だ。
救急車を待つ「10分間」で分かれる絶望と希望
救命処置の重要性を、日本AED財団常務理事で救急と循環器の専門医の武田教授は、こう語る。
東京慈恵会医科大学 武田聡教授:
救急隊がくるのは全国平均で10分。もし10分間何もせずに待ってしまうと、ほとんど救命率0になる。

119番通報以外に処置がなかった場合の1カ月後生存率が約7%なのに対し、胸骨圧迫を行えば約15%、さらにAEDを使用すれば50%を超える。

しかし、現実には課題が山積している。胸骨圧迫が行われる割合は約6割にのぼるが、AEDの使用率はわずか5%にとどまっているのが実情だ。
※2023年のデータ【2024年版「救急救助の現況」(消防庁)より】
「死戦期呼吸」という落とし穴
救命処置を躊躇させる要因の一つに、呼吸の有無の判断がある。心停止直後には「死戦期呼吸」と呼ばれる、しゃくりあげるような途切れ途切れの動きが見られることがある。しかし、このとき、肺にはほとんど空気が送られていない。
東京慈恵会医科大学 武田聡教授:
反応がない、呼吸がない、もしくは呼吸があるか分からない。紛らわしいような変な動きをしている場合もある。迷ったら行動していただくのが非常に重要。
死戦期呼吸を「呼吸がある」と誤認することが、処置の遅れを招く。
たとえ結果的に心停止でなかったとしても、胸骨圧迫やAEDが倒れた人にとってマイナスになることはないため、とにかく救命処置を行うことが大切だ。
「ASUKAモデル」が語り継ぐ教訓
救命処置が行われず、救えたはずの命が失われた過去がある。
2011年、駅伝の課外活動中に倒れて亡くなった、当時小学6年生の桐田明日香さんだ。
明日香さんには死戦期呼吸が見られたが、居合わせた教師はそれを「呼吸がある」と判断し、AEDは使われなかった。母・寿子さんは「倒れた明日香にAEDを使う行動が必要だったと私は思っている」と振り返る。
悲劇を繰り返さないため、翌2012年に作成されたのが、学校での救命マニュアル「ASUKAモデル」だ。そこには赤字で強調されている言葉がある。
死戦期呼吸やけいれんの判断ができない場合や自信がもてない場合は、胸骨圧迫とAEDの使用を開始します
「空振りを恐れずに行動してほしい」という寿子さんの願いが込もっている一文だ。
桐田寿子さん:
明日香が私にとって何よりも大切な人だったように、目の前で倒れた人は誰かにとって大切な人です。命のバトンをみんなで協力して救急隊に繋いでほしいと、明日香と一緒に心から願っています。
勇気を後押しする「LiveView119」
現場での心理的なハードルを下げるための技術も進化している。仙台市消防局などが導入している「LiveView119」は、通報者のスマートフォンのカメラ映像を消防指令センターと共有し、リアルタイムで指示を受けられるシステムだ。
スマートフォンを通して、通信指令員が通報者に寄り添う。方法が分からなければ手本の映像も送信される。仙台市消防局の金須創さんは、「迷ったらすぐ行動が救命には一番大事なこと。LiveView119を使うと、まず取り掛かっていただいた勇気を後押しすることができると思う」と語る。
「景色」に溶け込んだAEDを見直す
仙台市内の高校で行われた救命講習では、生徒たちから実践的な気づきも上がった。
校内のAEDを探しに行った際、場所を特定するまでに時間を要したのだ。
生徒たちが「最初からどこにあるか知っていればもっと早く対応できた」というように、AEDは普及に伴って景色の一部と化してしまっている。
いつやってくるかわからない“実践”の場に供えて、改めて設置場所を確認しておくことが重要だ。
救命は、偶然居合わせた人の「空振りを恐れない一歩」から始まる。
迷ったときは119番を。そして、空振りを恐れることなく、目の前の「誰かにとって大切な人」の命のバトンをつないでほしい。
