2025年のプロ野球、セ・リーグは阪神が両リーグ史上最速で優勝し、パ・リーグはソフトバンクが2年連続でリーグ制覇した。日本シリーズでは、第5戦の延長11回までもつれた熱戦を制したソフトバンクが5年ぶり12度目の日本一に輝いた。
フジテレビ系列12球団担当記者が、そんな2025年シーズンを独自の目線で球団別に振り返り、来たる2026年シーズンを展望する。
今回は、日本一に輝いたソフトバンク。
昨季は開幕直後から相次いで主力が離脱し、一時は単独最下位まで沈んだホークス。
苦境が続く中でも、牧原大成はぶれなかった。“超積極打法”を貫き育成出身選手として初めて首位打者を獲得。5年ぶりの日本一に、この「たたき上げ」の存在は不可欠だった。
歴史的逆転Vへの分岐点でも仕事
「あの試合は、最後だけじゃダメなんですよ。(中村)晃さんがつないでいなかったら、なかったので」
2025年12月、ホークスの1年間の戦いに迫ったドキュメンタリー映画「HAWKS SP!RIT -273日の記憶-」の試写会でも、牧原大成(33)は思いの丈を切り込んだ。
シャイで人見知りだが、言いたいことは、はっきり言う。中村晃(36)、川瀬晃(28)と並んだ壇上でも普段通りの牧原がいた。
あの試合とは5月2日のロッテ戦(みずほPayPayドーム)。
前年パ・リーグ覇者は近藤健介(32)や柳田悠岐(37)、周東佑京(29)といったチームの中心選手が開幕直後から相次いで離脱。苦戦を強いられ、その試合前まで5連敗を喫しリーグ単独最下位に沈んでいた。
同戦も2点ビハインドのまま9回を迎えたが、川瀬の逆転サヨナラタイムリーで劇的勝利を飾り重苦しい雰囲気を払拭した。
小久保裕紀監督(54)も「分岐点といえば、あの試合」と振り返った2025年のホークスの戦いで文句なしのターニングポイントだ。その川瀬の一打は、その後も何度も大々的に取り上げられた。
ただ、そのドラマティックな勝利は2死走者なしからの中村の中前打が起点になり、柳町達(28)の右前打、そして牧原の左前適時打のお膳立てがあった。
「代打一本」の覚悟で臨んだシーズンながら緊急時に4番でも起用された中村をはじめ、ともにキャリアで初めて規定打席に達した柳町、そして牧原はフルメンバーがそろわない中で日本一までたどり着いた立役者だった。
育成ドラフト出身選手として初めて首位打者に輝いた牧原にとっては、その自負もあるからこそ言わずにはいられなかったのだろうか。
3割打者“絶滅”阻止へ最後の牙城
打率3割4厘。
パ・リーグ唯一の「3割打者」として、初めてのタイトルをつかんだ牧原はシーズンを振り返る度に何度も言った。
牧原:「首位打者へのプレッシャーよりも、3割を切ってしまうことへのプレッシャーの方が強かった」
2リーグ制になった1950年以降、打率3割に達せずして首位打者になった例は存在しなかった。142試合目でプロ15年目にして初めて規定打席に到達した「たたき上げ」の男は、人知れず先人たちが積み上げてきた重い歴史と戦っていた。
開幕戦はベンチスタート、打順も9番での起用が最も多かったシーズンで首位打者に輝く姿など、当の本人も「全くイメージしていなかった」と語る。
ただ、自分のスタイルを貫き通して手にした勲章でもある。シーズンを通して選んだ四球は、わずか「7」。四球が1桁の首位打者も史上初のレアケースだった。
牧原:「2ストライク後の打率は、良いバッターでもなかなか上がらない。だったら、打てると思った球をどんどん仕掛けていく。プロに入って15年、今さら変えることはできないし、自分を信じてきてよかった」
勢いづけば手がつけられなくなる一方、早打ちは時にその場を冷やすこともある。
より出塁率が重視され、球を見極め四球を勝ち取ることが善とされる今の球界において、そのスタイルを貫くことにも相当な信念が必要だ。
ときに球場内外で、厳しい声にさらされることもある。
牧原:「それに屈していたら、絶対にこの成績は出せていない」
この精神力が、背番号129から這い上がってきた男の最大の武器でもある。
「俺だけ置いていかれている」劣等感が原動力
福岡県久留米市で生まれ育ち、2010年の育成ドラフト5巡目で熊本・城北高から入団した。
ホークスが3軍制を導入した「1期生」でもあり、その年の育成4巡目が千賀滉大(32=メッツ)、育成6巡目が甲斐拓也(33=巨人)だった。
人員も増えたことで最初に割り振られたのはプレハブで増築された一室。
当時は3桁の背番号も馴染みが薄く、ファンに素通りされることが日常だった。
大学生との練習試合では「なんで、お前がプロやねん」と屈辱的な野次を飛ばされたこともある。
牧原:「育成時代は今ほど環境が良くなかった。でも、その環境が今の自分をつくってくれた。2軍の選手にすら勝てないんじゃないかという恐怖の中で、ひたすら練習した。誰かを目標にしたら、その選手がやっている倍やらなきゃいけない。それをやってきて本当によかった」
支配下登録されたのは高卒2年目の6月。同期の育成選手6人の中で千賀に次いで2番目に早かった。
ただ、千賀はその後一気にエースへと駆け上がり、ついには海を渡った。
支配下登録まで3年を要した甲斐も正捕手の座をつかみ日本代表の常連となった。一方の牧原は、1軍に定着しながらもユーティリティープレーヤーとして重宝されたことで「レギュラー」の座を確固たるものにはできずにいた。
牧原:「自分だけ何もつかみきれていない。『俺だけ置いていかれているな』って、ずっと感じていました」
奇しくも、その千賀が、日本球界で圧倒的なパフォーマンスを見せている時、「この先、3割打者がいなくなるときが来る」と“予言”していた。
年々、投高打低の傾向が強くなる中、盟友の予言が実現となることを阻止したのが育成ドラフトの同期入団だったことは、偶然にしてはできすぎだ。
牧原:「おまえの言っとった3割切るの、阻止しちゃったよ」
タイトルが確定すると牧原はすぐさま千賀にメッセージを送った。心の奥底にあった劣等感をようやく拭い去った。
今となって、背番号3桁だったころの自分に声をかけるとするならば―。
牧原:「まだまだ、練習しておけって。例えば、友達と遊んだりするところも我慢して、もうちょっと練習しておけば、もうちょっと早く活躍できたのかな。今だからこそ、ちょっと思います」
泥まみれになっていた、あの時は精一杯やり切ったはずだ。
それでも、「もうちょっと」と思える反骨心が今の牧原大成をつくり上げたのだろう。
2026年3月に開催されるワールド・ベースボール・クラシックでは、2大会連続で日本代表に選出された。
「背負うものは大きいですが、自分のスタイルで思い切っていければいい」
追加招集だった前回とは違い、今大会はタイトルホルダーとして臨む。
二塁手でゴールデン・グラブ賞に輝き、また外野でも球界トップクラスの守備範囲の広さを誇る。その上、速いストレートにも振り負けない打力を備えており、攻守で高いパフォーマンスを出せる存在が重宝されることは想像に難くない。
一方、パ・リーグ3連覇、そして2年連続の日本一を目指すホークスは、変革のときを迎えようとしている。
「同じことをしていたら勝てない。テーマは『一度壊す』」
小久保監督は頂点に立ったチームを、今季はあえてゼロベースに戻して戦力を整える方針を打ち出している。そこに聖域はない。たとえ、首位打者であっても。
ただ、育成選手として入団し日の丸を背負うまで這い上がったプロ16年目がぶれることはない。
「自分の成績を超えたい。セカンドのレギュラーをずっと守れるように、けが人が出て外野をやらないとなったらその準備もしないといけない。タイトルを取ってもこれだけ練習をやるんだということを感じてもらえたら」
チームから求められる役回りを鮮明に頭の中に思い描く。
練習量では誰にも負けないと自負する33歳が、2026年版のホークスでも不可欠なピースとなるに違いない。
牧原 大成(まきはら たいせい)
福岡県久留米市出身 1992年10月15日(33歳)172㎝/72kg A型右投げ左打ち
熊本・城北高校~福岡ソフトバンクホークス(育成ドラフト5位)
2025年成績
125試合 打率.304 127安打 本塁打5 打点49 四球7 盗塁12
2025年 獲得タイトル
首位打者賞(育成ドラフト出身選手初) パ・リーグ ベストナイン(初受賞) ゴールデン・グラブ賞【二塁手】(初受賞)
(文・ソフトバンク担当 テレビ西日本 鎌田真一郎)
