2026年という新たな年が幕を開けて間もない1月3日、国際社会に戦慄が走った。

トランプ政権が南米ベネズエラへの電撃的な軍事介入を断行し、現職のマドゥロ大統領夫妻を拘束して米国へと移送したのである。この出来事は単なる一国家の政権交代劇という枠を超え、冷戦後から続いてきた国際秩序の後退、米国の地域的覇権主義への傾斜といったことを強く印象づけるものとなった。

米軍の攻撃を受けるベネズエラ首都カラカス市
米軍の攻撃を受けるベネズエラ首都カラカス市
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一方、ベネズエラに進出している日本企業は限定的であり、直接的な被害を受けない多くの企業にとっては、物理的な距離も相まって遠い異国の出来事として映るかもしれない。

実際、国内外の企業に対して地政学リスク分野で情報提供を行っている筆者の周辺の企業からは、そのような声や意識が少なくない。

移送されるベネズエラのマドゥロ大統領
移送されるベネズエラのマドゥロ大統領

しかし、この事態を対岸の火事として看過することは、今後のグローバル経営において致命的な判断ミスを招く恐れがある。なぜなら、今回の軍事介入は、世界が国際協調、グローバルガバナンスなどから、「力による支配」という新局面へと移行しつつある現実を示す1つのケースであるからだ。

武力行使のハードルが低下

今回の介入が日本企業に突きつけているのは、国際社会における「武力行使のハードル」が低下しているという現実である。

ロシア軍の攻撃を受けたウクライナの首都・キーウ
ロシア軍の攻撃を受けたウクライナの首都・キーウ

ロシアによるウクライナ侵攻、そして混迷を極める中東での紛争に続き、今回の米国の行動は、軍事的に優勢な主体が自国の利益や大義を優先し、躊躇なく力を行使するケースが常態化しつつあることを示す。

かつての国際秩序を支えていた「主権の尊重」や「対話による解決」という建前は、今や大国の戦略的意志によって容易に覆される脆弱なものになりつつある。

トランプ大統領の“振る舞い”は他国の指導者に強力なメッセージとして伝播する
トランプ大統領の“振る舞い”は他国の指導者に強力なメッセージとして伝播する

このような大国の振る舞いは、他国の指導者たちに対して強力なメッセージとして伝播するリスクを伴う。すなわち、「大国が力を行使して許されるのであれば、我々も例外ではない」という認識の拡散である。

軍事的手段へのハードルが世界各地で下がることにより、これまで潜在的な緊張状態に留まっていた地域紛争が、偶発的な衝突などによって一気にヒートアップする恐れさえある。

“核武装”の説得力

また、大国による介入への恐怖から、中小国が自衛手段として「核保有」や「急進的な軍拡」へと舵を切る動きが加速するリスクが考えられる。

北朝鮮は核実験を6回実施し核兵器を保有していると宣言している
北朝鮮は核実験を6回実施し核兵器を保有していると宣言している

大国による一方的な体制転換(レジーム・チェンジ)を目の当たりにした国々にとって、国家の生存を担保する唯一の手段が、他国の介入を阻むだけの絶対的な武力、すなわち核兵器であるという論理がかつてないほど説得力を持って受け入れられるかも知れない。

こうした連鎖的な軍拡や核拡散は、必然的に世界各地での小規模な火種を瞬時に大規模な有事へと変貌させる可能性を秘めている。

社員の生命・サプライチェーンの危機

企業にとってこれは、昨日まで安定していた投資先が、一夜にして戦地へと変貌し、駐在員や現地社員の生命が直接的な危険にさらされるという、極めて重い経営課題が「いつでも、どこでも」発生し得ることを示唆している。

また、地政学リスクの高まりが企業に与える影響は、社員の安全確保という人道的な側面だけに留まらない。

中国軍による台湾攻撃のシミュレーション
中国軍による台湾攻撃のシミュレーション

現代のグローバル企業が構築してきた複雑で高度なサプライチェーンは、その効率性と引き換えに、政治的な分断に対して極めて脆い構造となっている。ベネズエラのような資源国での紛争は、原油価格やエネルギー市場の混乱を招くだけでなく、その影響は瞬時に物流網や部材調達へと波及する。

特に懸念すべきは、軍事介入などによる「瞬時の断絶」である。輸出入の停止、港湾の閉鎖、金融システムの遮断などは、予告なく、かつ圧倒的な速度で実施される。

企業が独自に持つサプライチェーンが、国家間の対立という巨大な力の奔流に飲み込まれた際、代替手段を即座に講じることは至難の業である。

政治情勢が“核心的リスク”に

これまで日本企業はコスト効率を最優先した「ジャスト・イン・タイム」の供給体制を追求してきたが、これからの時代は、地政学的な分断を前提とした「ジャスト・イン・ケース(万が一への備え)」への抜本的な再構築が不可欠となる。

今回の米国によるベネズエラ介入は、単なる一過性のニュースではない。

企業はサプライチェーンの見直しを迫られる事も 画像はイメージ
企業はサプライチェーンの見直しを迫られる事も 画像はイメージ

それは、大国が自国のルールを他国に強いる「新冷戦」あるいは「多極化する混沌」の時代が本格化しつつあることを強く示す。日本企業がこれから直面するのは、予測不能な指導者の意志が、経済合理性を容易に凌駕するという不条理なビジネス環境である。

もはや、地政学リスクを特定部署だけの担当や、外部コンサルタントによる定期報告の対象として片付ける時代ではない。

経営陣自らが、進出国や取引国を取り巻く政治的ダイナミズムを、財務リスクや市場リスクと同等に重大な「経営の核心的リスク」として捉え直さなければならない。

情報収集体制の強化はもとより、有事における駐在員の退避スキームの再点検、調達先の多極化、そして最悪のシナリオ(特定の国や地域からの完全撤退)を想定したシミュレーションの実施など、具体的かつ即応性の高い対策が求められている。

世界は今、力と意思がぶつかり合う時代に移行しつつある。

【執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹】

和田大樹
和田大樹

CEO, Strategic Intelligence Inc. / 代表取締役社長
専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障、地政学リスクなど。海外研究機関や国内の大学で特任教授や非常勤講師を兼務。また、国内外の企業に対して地政学リスク分野で情報提供を行うインテリジェンス会社の代表を務める。