MAGA揺さぶるベネズエラ介入
トランプ米政権によるベネズエラへの軍事介入と、ニコラス・マドゥロ大統領の身柄拘束をどう評価するかをめぐり、米国の主要メディアだけでなく、トランプ支持者の間にも混乱が広がっている。
まず厳しい姿勢を鮮明にしたのが、ニューヨーク・タイムズ紙である。
同紙は3日の社説で「トランプ氏のベネズエラ攻撃は違法であり、愚策だ」と断じた。社説は、他国への武力行使は差し迫った脅威への対処を除き、議会の承認を必要とするという憲法原則を踏まえ、今回の作戦は憲法違反に当たり、国際法にも抵触すると指摘する。
そのうえで同紙は、次のように警告している。
「私たちは、今回の危機が予想よりも穏やかに終結することを願う。しかし、トランプ氏の冒険主義がもたらすのは、ベネズエラ国民のさらなる苦難、地域の不安定化、そして米国の世界的利益への長期的な損害ではないかと危惧する。トランプ氏の好戦的行動が法に違反していることは、明白である」(ニューヨーク・タイムズ紙 3日)
リベラル系紙で介入評価する記事も
これに対し、ワシントン・ポスト紙の論調は一見すると対照的だった。
ウォーターゲート事件でニクソン大統領を辞任に追い込んだ同紙は、同日の社説に「ベネズエラに正義を」と慎重な見出しを掲げ、記事はこう書き出している。
「世界中で、そして何よりもベネズエラ国内で、独裁者ニコラス・マドゥロの失脚を祝う声が広がっている。ドナルド・トランプ大統領が土曜日に彼を拘束した決断は、近年の大統領の行動の中でも最も大胆なものの一つであり、この作戦は戦術的に見て疑いようのない成功だった。次に問われるのは、この勝利が、同国を安定と繁栄へ導くのか、それとも元の木阿弥、あるいはそれ以上に悪い状況を招くのか、という点である」(ワシントン・ポスト紙 3日)
同紙は、マドゥロ政権が中国、ロシア、キューバ、イランに支えられながら国民を搾取してきた点を踏まえ、今回の作戦の成否は「その後の統治と民主的移行」にかかっていると強調する。困難を認めつつも、「祝福することも許される」と結ぶ論調は、戦術的成功を条件付きで評価したものといえる。
ニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストはいずれもリベラル派を代表する米メディアであり、これまでトランプ大統領に厳しい論調を競ってきた。それだけに、対外軍事行動という歴史的なテーマを前に、異なる評価を示したことは注目に値する。
特に、ワシントン・ポストが今回の作戦を一定程度肯定的に捉えたことは、「同紙は右傾化したのか」という疑問すら抱かせた。
保守系メディアが手厳しい批判
しかし、この問題を単純な「右か左か」で整理することはできない。むしろ、そのことを鮮明に示したのが、保守共和党寄りとされるワシントン・エグザミナーの論評だった。
同サイトは、「これはベネズエラでの逮捕劇ではない。無承認の体制転覆戦争だ」と題する論説で、今回の作戦を強く批判した。副大統領や国務長官が「法執行」と説明した点に触れつつ、トランプ大統領自身の言葉を丹念に追えば、実態は戦争行為にほかならないと指摘する。大統領が議会の承認なしに戦争を行うことは許されていない――この一点において、同サイトの論調は、ニューヨーク・タイムズ以上に厳しい。
最大のトランプ支持層が離反の恐れ
実際、政治の世界でも評価は割れている。
「トランプの衝撃的な新たな侵攻は、MAGA(アメリカ第一主義)を完全に吹き飛ばす危険を冒している」(ザ・デイリー・ビースト 3日)
ニュースサイト「ザ・デイリー・ビースト」は3日、こうしたタイトルの論評記事を掲載した。
MAGAは、二期目のトランプ政権誕生を支えたとされる、保守派の中でも最も結束の強い支持層だが、アメリカ第一主義を掲げ、第三国への軍事介入には強い拒否感を示してきた。今回のベネズエラ介入は、そうした最大の支持者層に背を向けるものだと、同記事は断じている。
「私たちは、膨大な犠牲と費用を払って、ようやくアフガニスタンとイラクから手を引いた。それなのに今、MAGA支持者の多くがほとんど関心を持たない、地図上で場所を示せないであろう別の国と、また新たな戦争を始めている」(ザ・デイリー・ビースト 3日)
さらに記事は、トランプ大統領の高齢化と判断力にも言及し、誰にも指図されることを拒む頑固さが目立つようになってきたと指摘する。潜在的な認知症の兆候として、理不尽な怒りが突発的に表れることがあるとも述べている。
「トランプがアメリカを愛していることに疑いはない。彼自身は正しいことをしていると信じているのだろう。そして、取り巻きばかりの閣僚たちは異論を唱えない。だが、トランプはもはやMAGAを最優先していない。そしてMAGAは、必ず離反する」(ザ・デイリー・ビースト 3日)
こうした指摘は、単なる人格批判というより、トランプ政権とMAGAの関係が変質しつつあることへの警告と読むこともできる。
ここから見えてくるのは、今回のベネズエラ介入をめぐる争点が、「保守対リベラル」という従来の構図では整理できないという現実だ。問われているのは、どの陣営が正しいかではなく、米国人がどのような国家像を思い描いているのか、という点なのかもしれない。
(ジャーナリスト 木村太郎)
