臨時国会が閉幕し2025年が終わろうとしている。夏の参院選での自民党大敗、そして首相退任。現在は一議員として地元の鳥取と東京を往復する日々を送る石破茂前首相に敗北の真因、高市新政権が進める経済・外交政策、そしてこれからの日本のあり方について語ってもらった。(全2回の1回目)
「2秒で済む減税論」に負けた説得力
――首相を退任されてから、地元に戻る時間は増えましたか。
石破茂氏(以下、石破): そうですね。在任中の1年間は全く帰れませんでしたから、今はほとんど毎週帰っています。世の中にはいろいろな評価がありますが、休みの日にわざわざ投票所に足を運び名前を書いてくれた人、そしてまだ選挙権を持たない次の時代の人たち、そういう人たちに評価してもらえること、そしてやっぱり地元というのは大事ですね。
――2025年夏の参院選を振り返ります。結果として自民党は大敗しました。少し時間が経った今、敗因をどう分析されていますか。
石破: 私は「減税よりも給付だ」と申し上げ続けました。これを有権者に理解していただくのが非常に難しかったということですね。物価が上がると「消費税を撤廃せよ、食料品は半分にせよ」という主張は2〜3秒でできてしまう。
でも、消費税を全部つぎ込んでも社会保障費は足りない。借金でまかなえば財政が悪くなり、日本の信用はなくなっていずれ金利が上がったらどうしますか、通貨が危なくなったらどうしますか、そうなれば皆さんの暮らしに響くと。今、困っている人に早く手当てをすることが大事だ、といま説明しても1分はかかる。「減税ですよ、無駄を省けばお金は出てくる」と言ったら2秒ですよね。でも、耳ざわりのいいことばかり言っていると国は傾くと私は今でもそう思っています。その辺を理解してもらう説得力が、私には十分になかったということですね。
経済停滞が招いた「日本人ファースト」
――選挙戦では「日本人ファースト」という排外的な響きを持つ言葉も飛び交いました。
石破: やはり日本の経済的地位の低下があるのでしょう。日本の経済力が一番あったのは1990年代半ばです。そのころは「日本人ファースト」なんて言葉は聞かれなかった。そのあと1人当たりGDPは本当にものすごく落ちて、そうなると「やはりこれは外国が悪いんだ」「外国人が日本に来てどうするんだ」という話になってくる。企業の配当や利益に比べて賃金は大して上がらなかった。そうすると「日本人ファースト」というのが出てくる。日本がもう一度コストカット型の経済では伸びない。「だけど雇用や系列は守るから」ではなくて、もう一度日本が人口減る中でも経済を上げていくことというのは簡単じゃないですよ。でも、どんどん財政が悪くなって経済が強くなるなんて私はあり得ないと思います。
「おこめ券」政策への違和感
――高市政権は物価高騰対策として「おこめ券」の配布を推奨していますが、福岡ではそれを選択する自治体は今のところありません。国が地方の声を聞けていないようにも見えます。
石破: 今年の夏のメインの話題はコメ不足でしたね、コメがやたら高いって。コメはずっと生産調整をして値段を維持してきました。コメは需給が崩れるとポンと価格が上がったり下がったりして、それが現れたのが「令和の米騒動」だったと思う。だからやはり増産をしなきゃいかんのだと。需要については海外の人が日本のコメっておいしんだと思って買える経済力がついてきた。そうなるとまだ需要はあります。ならば増産に舵を切る、備蓄の体制を見直すということが大事じゃないかと思うし、私はそう思って政策を展開してきました。
けれど「コメの生産を増やすのではなくて、いかに価格を維持するか、そして他の作物をつくることに補助金出します、コメの値段は下がりません、税金でおこめ券配って自治体の負担も増えます」というのは一帯何だろうねと。自給率38パーセントって大変なことですからね。肥料とか農業に使う石油とかも外国に頼っているわけでしょう。だから防衛においては「安全保障だ、防衛力増強だ」とそれはそれでいいけれど、食料をどうしますかとまじめに考えると、自治体の負担を増やして「おこめ券」配布というのはどうなんだろうと思いますね。
――高市政権の鈴木農水相は「需要に合わせた生産調整」へ回帰する方針を示しています。
石破:いろんな意見がありますが、少なくとも我々の政権の時とは違うわけです。私なり、当時の農水大臣の小泉さんはなぜ増産に舵を切るのかという説明はかなり丁寧にしてきました。ですから、これを変えるということならば「なぜならば…」という説明をしてもらわないと「これまた変わるんじゃないの?」という話になる。あらゆる政策で説明責任が大事だと私は思っているんですね。食料の増産なんて簡単にできない。食料の自給も安全保障だと考えると、その場しのぎの政策というのはこれから先は進まないといかんのじゃないですかね。
――鈴木農水相の方針転換については説明不足?
石破:九州のコメ作りと東北のコメ作りは違うわけでね、その地域地域の生産者の方々のいろんな意見をちゃんと聞いて、丁寧なきめ細かい農政をやっていかなきゃいかんということでしょうね。鈴木さん(農水相)も農水省の出身だし、農政のプロだし、多くの理解を得る努力というのをしていかないといかんでしょうね。
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我が国のあり方について胸中を語る石破前首相。後編では高市首相が答弁した「存立危機事態発言」に対する率直な思いや、高市政権へのメッセージを紹介する。
